雨音の記憶、君の影

金森しのぶ

文字の大きさ
26 / 30

第26話 ありがとうの歌

しおりを挟む
朝の光がやわらかく窓辺を照らす。
発表会の当日、咲良は少し早く目覚めていた。
窓を開けると、初夏の風がカーテンをやさしく揺らし、鳥のさえずりが静かに響いている。

「今日が本番だね」
リビングで朝食をとりながら、母が静かに声をかけてくれる。
咲良は深呼吸し、「うん。ちょっと緊張してるけど、楽しみ」と素直な気持ちを伝えた。

母は咲良の手を握り、「大丈夫。きっとあなたなら伝わるよ」とやさしく微笑む。
その手のぬくもりが、咲良の背中をそっと押してくれた。



学校に着くと、健太が待っていた。
「咲良ちゃん! 今日はいよいよだな!」
健太の声はどこかいつもより張りがあった。

奏人もすぐにやってきて、ノートに「大丈夫、楽しもう」と力強く書いて見せる。

三人で並んで音楽室へ向かう。
窓から入る朝日、廊下の足音、遠くで聞こえる友達の笑い声。
全部が今日を祝福してくれているようだった。

「本番前にもう一回だけ練習しよう!」
健太の掛け声で、三人はピアノの前に立つ。

奏人が静かに伴奏を始め、咲良が歌詞を確かめながらメロディを口ずさむ。
健太はリズムを取りながら、みんなの声がひとつになる瞬間を感じていた。

練習を終えると、咲良がそっとつぶやいた。
「“ありがとう”って、なんだか不思議な言葉だね。言うだけで気持ちがあったかくなる」

「そうだな。オレ、これまで家でも学校でも、いっぱい助けられてきたんだって思った」
健太が少し照れくさそうに笑う。

奏人も「ぼくも、咲良ちゃんや健太がいるから、毎日がんばれる」と手話で伝えた。

「今日は、みんなに“ありがとう”が届くといいね」
咲良がそう言うと、三人は小さくうなずき合った。



発表会の時間が近づくにつれ、体育館にはにぎやかな声が響き始めた。
各クラスのグループや合唱、ソロ演奏のリハーサルが続く。

咲良たちは順番を待つ間、客席の後ろで小さく円になって手を重ねた。

「絶対大丈夫!」
健太が元気よく言う。

「うん、楽しもう」
咲良は深く息を吸った。

奏人も、静かに「だいじょうぶ」と声に出した。

自分たちの番が近づく。
先生が「三人組、準備してね」と声をかけてくれる。

「いこう!」
健太の合図で、三人はステージへ。



舞台の上。
たくさんの視線と拍手、そして温かい空気が包み込む。

奏人がピアノの椅子に座り、咲良と健太が並ぶ。
咲良は目を閉じ、耳で会場の空気を感じる。
健太が「それじゃあ、“ありがとうの歌”です!」と少し緊張した声で言うと、客席から応援の声が飛ぶ。

ピアノの前奏が始まる。
咲良がゆっくりと歌いだす。
「ありがとう、ありがとう、みんなに――」

会場は静かに、やさしく音に包まれる。
奏人の指が鍵盤をなぞり、健太の手拍子がリズムを刻む。

二番は健太が歌い、三番は三人で声を重ねる。

「ありがとう、ありがとう、ここにいる奇跡に――」

クラスメイトが自然に手拍子を始め、先生も涙ぐみながら見守っていた。

最後のフレーズを歌い終えた瞬間、大きな拍手が体育館いっぱいに広がった。

咲良の目には自然と涙が浮かんだ。
「みんなの“ありがとう”が、ちゃんと届いた気がする」

奏人も健太も、ほっとした顔で笑った。



発表会が終わると、クラスメイトが「すごくよかった!」「元気をもらったよ!」と声をかけてくれる。
先生が「みんなに伝わったよ、“ありがとう”の気持ち」とやさしく言ってくれた。

咲良は少し照れながらも、「私も、みんなにありがとうって言いたい」と返した。

家に帰ると、母が玄関で待っていた。
「見に行ったよ。とても素敵だった」
母は咲良をぎゅっと抱きしめた。

「ありがとう、お母さん。私、これからも“ありがとう”を大事に生きていきたい」

母は微笑んで「それが一番だね」と言った。



その夜、咲良はベッドの中で静かに思った。

“ありがとう”は、言うたびに世界を温かくしてくれる。

——音楽も言葉も手話も、すべては“ありがとう”につながっている。
——明日もまた、仲間とともに、感謝を胸に歩いていこう。

季節はゆっくりと進みながら、咲良たちの物語にまたひとつ、優しい音が刻まれていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Blue Moon 〜小さな夜の奇跡〜

葉月 まい
恋愛
ーー私はあの夜、一生分の恋をしたーー あなたとの思い出さえあれば、この先も生きていける。 見ると幸せになれるという 珍しい月 ブルームーン。 月の光に照らされた、たったひと晩の それは奇跡みたいな恋だった。 ‧₊˚✧ 登場人物 ✩˚。⋆ 藤原 小夜(23歳) …楽器店勤務、夜はバーのピアニスト 来栖 想(26歳) …新進気鋭のシンガーソングライター 想のファンにケガをさせられた小夜は、 責任を感じた想にバーでのピアノ演奏の代役を頼む。 それは数年に一度の、ブルームーンの夜だった。 ひと晩だけの思い出のはずだったが……

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

不遇の花詠み仙女は後宮の華となる

松藤かるり
恋愛
髙の山奥にある華仙一族の隠れ里に住むは、華仙術に秀でた者の証として花痣を持ち生まれた娘、華仙紅妍。 花痣を理由に虐げられる生活を送っていた紅妍だが、そこにやってきたのは髙の第四皇子、秀礼だった。 姉の代わりになった紅妍は秀礼と共に山を下りるが、連れて行かれたのは死してなお生に縋る鬼霊が巣くう宮城だった。 宮城に連れてこられた理由、それは帝を苦しめる禍を解き放つこと。 秀礼の依頼を受けた紅妍だが簡単には終わらず、後宮には様々な事件が起きる。 花が詠みあげる記憶を拾う『花詠み』と、鬼霊の魂を花に渡して祓う『花渡し』。 二つの華仙術を武器に、妃となった紅妍が謎を解き明かす。 ・全6章+閑話2 13万字見込み ・一日3回更新(9時、15時、21時) 2月15日9時更新分で完結予定 *** ・華仙紅妍(かせんこうけん)  主人公。花痣を持つ華仙術師。  ある事情から華仙の名を捨て華紅妍と名乗り、冬花宮に住む華妃となる。 ・英秀礼(えいしゅうれい)  髙の第四皇子。璋貴妃の子。震礼宮を与えられている。 ・蘇清益(そ しんえき)  震礼宮付きの宦官。藍玉の伯父。 ・蘇藍玉(そ らんぎょく)  冬花宮 宮女長。清益の姪。 ・英融勒(えい ゆうろく)  髙の第二皇子。永貴妃の子。最禮宮を与えられている。 ・辛琳琳(しん りんりん)  辛皇后の姪。秀礼を慕っている。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

《完結》《異世界アイオグリーンライト・ストーリー》でブスですって!女の子は変われますか?変われました!!

皇子(みこ)
恋愛
辺境の地でのんびり?過ごして居たのに、王都の舞踏会に参加なんて!あんな奴等のいる所なんて、ぜーたいに行きません!でブスなんて言われた幼少時の記憶は忘れないー!

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

処理中です...