37 / 153
37 藪の外
しおりを挟む
田植えシーズンが近づくと思い出す、私が小学1年の時の話。
道路の新設の為に、自宅(透明人間?の居た家)の立ち退きと引っ越しを翌年に控えていた。
私は幼い割に、翌年にはこの家との別れになる事を理解し、『来年にはこの庭の梅の花が見れないんだな』などと、日々感慨深く過ごしていた。
田植えの終わった5月。友人:チカが遊びに来た時に『家の周りを探検しよう!』と思い立った。
自宅の西側は屋敷林に覆われ、そのすぐ隣は水田である。だが、水田と藪の境目は畔が無く曖昧となっていたので、『水田の水は、一体何処まで屋敷林の内部を侵食しているのか?』を確かめたいと思ったのだ。
確認の手筈は、1人が水田の畔の上を伝い、もう1人が屋敷林内部から進行し、行ける所まで行ってみるという、子供らしい荒唐無稽な作戦だった。
乗り気じゃないチカを何とか説得し、すぐに実行に移した。
屋敷林の奥行きは、10メートルも無いくらいだったと思う。しかも工事の為に下草や大きめの樹木は除去済みで、木々の間からうっすらと水田が見えていた。
なので、例え7歳児でも遭難しないし到達不可でも無い。安全面も抜かりなかった。
まずチカに、水田側から屋敷林に到達している畔の上に行ってもらい、私は自宅から長靴(自分の長靴を準備出来る私がぬかるんでるだろう藪ルートで)を履いて、畔の上のチカが見える屋敷林側から進行を開始した。
「ねえ、靴濡れてきたんだけど!」
歩き始めてすぐ、藪の向こう側からチカが文句を言った。
「分かったー! じゃあそこで待ってて、あたし行くから!」
私は枝葉を掻き分け進んだ。進んで3,4メートル程行くと、もう足元が湿っぽくなってきた。
(こんなに家の近くまで水が来てるのか、思った以上だな)
「ねえ! いつまで待ってたらいいの!?」
チカは怒り始める。
「いま行くとこ! 待ってて!」
足をぬかるんだ地面から抜くのに手間取りつつ、進行方向を見るとチカの姿が見えた。私は声を上げた。
「こっちから見えるよ! チカちゃんからあたし見える?」
藪の中の私とは対照的に、明るい空の下、畔の上のチカは平均台を歩くように、両手を広げバランスを取りトコトコこちらへ進んでいる。
(何だ進んでるじゃん。作戦成功かも?!)
もう少しで合流するか、その時だ。
「何やってるの?!」
怒声に振り向くと、藪を掻き分けた母が後ろに立って居た。母は続けた。
「折角チカちゃん遊びに来てくれたのに、ほったらかして!」
私は目を疑った。母の後ろには、たった今まで目の前に近づいて居た筈のチカが居た。私は慌てて戻った。
「チカちゃん? さっきまで向こうに居たのに」
「いつまで待っても来ないから、こっち来たんだよ。呼んでるのに、こっち向いてくれないし!」
チカの話では、途中で私のスタート地点へ戻って来て、藪の中の私を呼んだのに見向きもしなかったという。何度も呼んでいると、何事かと母が出て来たらしい。
私は納得がいかなかった。
「えー? チカちゃん、もうすぐ藪ってトコまで進んで来たじゃん! 目の前まで来てたのに」
「行ってないよ、ちょっと進んだら靴濡れたんだもん。そこでやめたもん!」
では、あのスイスイ進んでいたのは誰だったのか。誰か他の近所の小学生がふざけていたのか。
でも、枝葉の隙間から見えたあの姿は、間違いなくチカだった。
でも思い返すと…。藪の中から見えた彼女は、燦燦と日光が降り注ぐ水田の畔の上を歩いていたが、その日は肌寒い曇天だった。
子供の頃の、未だに解せない思い出である。
道路の新設の為に、自宅(透明人間?の居た家)の立ち退きと引っ越しを翌年に控えていた。
私は幼い割に、翌年にはこの家との別れになる事を理解し、『来年にはこの庭の梅の花が見れないんだな』などと、日々感慨深く過ごしていた。
田植えの終わった5月。友人:チカが遊びに来た時に『家の周りを探検しよう!』と思い立った。
自宅の西側は屋敷林に覆われ、そのすぐ隣は水田である。だが、水田と藪の境目は畔が無く曖昧となっていたので、『水田の水は、一体何処まで屋敷林の内部を侵食しているのか?』を確かめたいと思ったのだ。
確認の手筈は、1人が水田の畔の上を伝い、もう1人が屋敷林内部から進行し、行ける所まで行ってみるという、子供らしい荒唐無稽な作戦だった。
乗り気じゃないチカを何とか説得し、すぐに実行に移した。
屋敷林の奥行きは、10メートルも無いくらいだったと思う。しかも工事の為に下草や大きめの樹木は除去済みで、木々の間からうっすらと水田が見えていた。
なので、例え7歳児でも遭難しないし到達不可でも無い。安全面も抜かりなかった。
まずチカに、水田側から屋敷林に到達している畔の上に行ってもらい、私は自宅から長靴(自分の長靴を準備出来る私がぬかるんでるだろう藪ルートで)を履いて、畔の上のチカが見える屋敷林側から進行を開始した。
「ねえ、靴濡れてきたんだけど!」
歩き始めてすぐ、藪の向こう側からチカが文句を言った。
「分かったー! じゃあそこで待ってて、あたし行くから!」
私は枝葉を掻き分け進んだ。進んで3,4メートル程行くと、もう足元が湿っぽくなってきた。
(こんなに家の近くまで水が来てるのか、思った以上だな)
「ねえ! いつまで待ってたらいいの!?」
チカは怒り始める。
「いま行くとこ! 待ってて!」
足をぬかるんだ地面から抜くのに手間取りつつ、進行方向を見るとチカの姿が見えた。私は声を上げた。
「こっちから見えるよ! チカちゃんからあたし見える?」
藪の中の私とは対照的に、明るい空の下、畔の上のチカは平均台を歩くように、両手を広げバランスを取りトコトコこちらへ進んでいる。
(何だ進んでるじゃん。作戦成功かも?!)
もう少しで合流するか、その時だ。
「何やってるの?!」
怒声に振り向くと、藪を掻き分けた母が後ろに立って居た。母は続けた。
「折角チカちゃん遊びに来てくれたのに、ほったらかして!」
私は目を疑った。母の後ろには、たった今まで目の前に近づいて居た筈のチカが居た。私は慌てて戻った。
「チカちゃん? さっきまで向こうに居たのに」
「いつまで待っても来ないから、こっち来たんだよ。呼んでるのに、こっち向いてくれないし!」
チカの話では、途中で私のスタート地点へ戻って来て、藪の中の私を呼んだのに見向きもしなかったという。何度も呼んでいると、何事かと母が出て来たらしい。
私は納得がいかなかった。
「えー? チカちゃん、もうすぐ藪ってトコまで進んで来たじゃん! 目の前まで来てたのに」
「行ってないよ、ちょっと進んだら靴濡れたんだもん。そこでやめたもん!」
では、あのスイスイ進んでいたのは誰だったのか。誰か他の近所の小学生がふざけていたのか。
でも、枝葉の隙間から見えたあの姿は、間違いなくチカだった。
でも思い返すと…。藪の中から見えた彼女は、燦燦と日光が降り注ぐ水田の畔の上を歩いていたが、その日は肌寒い曇天だった。
子供の頃の、未だに解せない思い出である。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる