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22 帰るまでがお出かけです
しおりを挟むルーランは相変わらず師を見つめている。
圧するわけではなく、しかし真っ直ぐに。
彼がこの件についてそんなに興味があるとは思えなかったが……だとすれば、もしかしたらこちらを気遣ってくれているのだろうか。
リィは思う。
(相変わらず、よくわからない奴……)
言うことを素直に聞き、従う従順さとは無縁なのに、こうした局面ではなぜか意を汲んだ言動をしてくれる。
こちらが想像もしていなかった形で、期待以上に。
と——。
しばしルーランと見つめ合っていた師の視線が、ふっとリィに移る。
だがそれは、ルーランを、連れてきた騏驥を抑えられていない騎士に対する視線ではなかった。
咎めるようなものでも怒っているようなものでもなく、師はリィを見つめて考え事をしているようにも思えた。
(私……? 私が何か……?)
ルーランではなく、自分自身が何を妙なことを言ってしまっただろうか?
リィはにわかに不安になったが、直後、師はふっと微笑んだ。そして「気にするな」というように緩く首を振ると、再びルーランに目を戻す。
そして、言った。
「騏驥の気持ちはわかった。不安になるのも理解できる。だが、少し待て。二人から話を聞いただけではあまりに知れる事が少ない。魔術が関わっているであろうことまでは推測できても、残念ながら儂にもそこまでしかわからぬ」
「……」
「気をつけよ、としか言えぬのは儂も不本意だが」
「じゃあ、もし次にこんな事があったときはどうしろと? 何に気をつければいいんだよ」
怒っているわけではないのだろう。しかしややぶっきら棒にルーランは言う。
向かいのルュオインも深く頷いた。
「私も魔術には疎い身です。騎兵のほとんどがそうでしよう。もしまたなにか
起こった時、私は隊長として何をすれば?」
今のところ、直接的な大きな被害はないとは言え、気味の悪い事象が続けば当然皆が不安になる。
それは決していいことではないだろう。
リィも肯くと、せめて対処の方法だけでも知れれば、と師を見る。
師の視線が、ルーランに、ルュオインに、そしてリィに向けられる。
しかし——。
その首は静かに横に振られ、口は二度と開かれることはなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「こういうのを『無駄』って言うんだろ? 無駄足とか無駄骨とかさ」
師の部屋からの帰り道。
背後から聞こえてくる声に、リィは眉を寄せる。
傍を歩くルュオインは笑っているが、だからといって好きにさせていると、ルーランはここが外だということも構わず、師の名を出して悪口を言いそうだ。
そう、危惧したのとほぼ同時。
「散々勿体ぶっておいて『やっぱり言わない』ってなんだよ。だから魔術師ってのは——」
「そのぐらいにしておけ」
案の定、さらに増していく文句に、リィは肩越しに僅かに振り向いて注意する。
伝わってくるのは、隠そうともしていない不満の気配だ。
リィはため息をついた。
「お前の気持ちは分からなくもない。だから、そのぐらいにしておけ」
「分かるんなら文句ぐらい言わせ——」
「後で聞いてやる、と言ってるんだ。誰が聞いているかわからないところで迂闊なことを言うなと言っている」
「……ハイハイ」
ほんとに聞くんだろうな、と念を押すようにポツリと言った声は聞かなかったことにして、リィ前に向き直る。
まあ——彼の気分や言いたいこともわからなくはないから、愚痴を聞くぐらいの事はしてやろうと思っている。
勝手についてきたとは言え、彼のおかげでルュオインに会えたのは事実だ。まさか、こんな結果になるとは思っていなかったけれど。
と、それまで黙って隣を歩いていたルュオインが、ふと口を開いた。
「まあ、今回のことについては僕も驚いたよ」
話し相手がリィだけになったからか、いつもの彼の気軽な一人称に変わる。
「カドランド師と言えば、魔術研究にかけては第一人者として知られているからな。話してすぐさま謎を解いて貰えるとまでは思っていなかったけれど、まさかほとんど何も答えてもらえないとは……」
「……第一人者ってのが間違いなんじゃねえの」
背後からルーランが口を挟んでくる。
リィは振り返って睨んだが、彼は明後日の方を向いて知らん顔だ。
(この……)
リィがこめかみを震わせているとルュオインが苦笑した。
「さっきまでの遣り取りだけなら、そう思うのも無理はないだろうね。でも師が魔術に詳しいことは間違いないし、自身が相当の魔術師だということも周知の事実だよ。だからまあ——たしかに情報が少ないことは事実だとしても、それでも思うところがあっての沈黙、なんだろうね」
死人が出たわけでもないから、そんなに大事になると思ってなかったんだけど、と続けるルュオインに、リィも深く肯く。
それに……。
リィはこうして帰宅の途についている間も、ずっと気になっている事があった。
師と目が合ったことだ。こちらを見ていたことだ。
あれは一体、なんだったのか。
たまたま、だろうか。
思い返しても特に失礼なことをした覚えはないし、言った覚えもない。
何かあるとすればルーランの事かもしれないが、そういう気配ではなかった気がするのだ。
(気にしすぎ、だろうか)
相手が師だから、そしてあのタイミングだったか気にしすぎているだけで、深い意味はなかったのかもしれない。
たまたま——たまたまふとこちらを見ていただけで……。
「ただ、そうなるとちょっとまずいかもな」
と、一人考えに沈みかけていたリィの耳に、ルュオインの困ったような声が届く。見れば、彼は気まずそうに頭をかいていた。
「いや、実はもう遠征の時の報告書を上げていて……そこに色々と、な」
「ああ……」
なるほど。
リィはルュオインが困惑している理由が解った。
師からはこの件について距離を置くように言われたが、彼が遠征したのはリィよりも前。ということは既にその件について報告をしてしまっている、というわけだ。
しかも彼は彼なりに調べたと言っていたから、きっとそうした内容も——今回に限らず奇妙な事が続いているという推測も織り込んだのだろう。
つまり、既に少々関わってしまっている、というわけだ。
とは言え、それは致し方ないだろう。
リィがそう言うと、彼は「まあな」と苦笑した。
「まさかそっちでもそんな変な事が起こってるとは思ってなかったし……。あとはまあ、この後は何も起こらないことと……師が何かしら納得のいく答えを示してくれることを願うばかりだな」
「そうですね……」
リィは肯く。
納得のいく答え。
確かにそれが示されれば、こちらを見られていたことも「気のせいだった」と安堵できる。
あの状況でたとえ偶然にせよしばらく目が合えば、どうしても「自分に何かあるのではないか」とドキドキしてしまうから。その動揺は、現に今でも続いている。
「——じゃあ、俺はここで。今日は驚いたけど会えてよかった。またゆっくり話でも。あ、その時は普通の世間話をな。もしくは——少々色っぽい話でもいい」
「…………?」
意味深に笑いながら見つめられ、リィは首を傾げる。
(————!)
数秒経って、彼が何を言わんとしたのか理解した。
そのリィの仕草に、ルュオインが声を上げて笑う。
「その様子じゃ、相変わらず浮いた話は『何もなし』か」
「……必要ありません」
「『そういうこと』は、必要か不必要か、って話じゃないものなんだよ。無理に誰かと特別な関係になれとは言わないが、心身ともに親しくできる相手がいれば、いい事だってたくさんある。日々の生活は潤うし、なんなら遠征から無事に帰るための原動力にもなるぞ」
「……」
そんなことを原動力にしているのか、とリィは苦笑する。
彼の言いたい事はわかるのだ。
大切な相手がいれば、特別な相手がいれば、それはとても幸せな事だろうから。
そして昔は——まだ父がいた頃は、それを身をもって知っていた。どちらの立場も。
リィは両親から「お前私たちの宝物」と言われていたし、リィにとってもまた両親は大切で、特に父は、尊敬できる世界一素晴らしい父だった。
けれど。
その幸せは過去の話だ。
今はもう無く、果たしてそれが本当のことだったのかもわからなくなり、そしてリィは、新たに誰かを求める気持ちもない。
なくても生きていけると気づいたからだし、自分はもう誰かにそんなふうに思ってもらうことはないだろうと気づいたからだ。
「……私と親しくしたい者などいませんよ」
リィが言うと、ルュオインは僅かに首を傾げる。
ややあって、ポンとリィの肩を叩いた。
「ま、それでも『そうなる」ときは『そうなる』ものだからな。『そんなもの自分には必要ない』『自分は誰も好きにならない』『誰からも好かれない』と思っていても、恋に落ちる時は落ちる。自分じゃどうしようもないものだよ」
「それは……怖いものではないのですか?」
自分ではどうしようもないもの、なんて。
と、ルュオインは目を細めて笑った。
「怖い——こともある。でもそれも含めて幸せだと思うようになる」
「……」
「ま、要は『悪いものじゃない』ってことかな」
「……」
わかるような、わからないような、だ。
(やはりわたしには必要のないものだな)
リィは胸の中でそう決めると、「それでは」と改めて挨拶をしてルュオインと別れる。
(この後はルーランを厩舎に送り届けて……)
そしてすぐに、これからのことへ考えを向けた。
色恋沙汰よりも、今はもっと大切なことがある。
もっと手柄を上げ、誰にも文句を言わせないような立派な騎士になることだ。
父の不名誉な噂さえ打ち消せるほどの、そんな騎士に。
そのためには、それ以外のことを気にしている暇などない。
(送り届けて……その後は……)
明日以降に予定されている調教のプランを練る必要がある。いつもの調教加えて、やってみたいこともあるのだ。
獣医に貸してもらっている本も読んでおきたい。
本といえば兵法について調べておきたいこともあったが城の書庫は今の時期解放されていただろうか……。
歩きながら考えていると、次々とやりたいこと・やらなければならないことが浮かんでくる。
(ああ——そう言えばルーランの遠征後の体調検査の結果も……)
そう、思った時。
「!」
(そうだ! ルーランは……!)
忘れてた!
リィは息を呑む。
すっかりその存在が頭から抜け落ちていた。
ルュオインにあんな話をされたせいで気が散ってしまったのだろうか。
慌てて、ちゃんと付いてきているだろうかと振り返る。
と——。
適正な距離である二歩ほど後ろに、その姿はあった。
ただし、その気配は明らかに不満そうだ。
目が合うと、彼はその整った顔を一層魅力的に見せる笑顔を浮かべる。
そして、言った。
「——やっと思い出してくださったようで」
滑らかな心地良い美声で——しかし皮肉たっぷりの口調で。
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