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45 騎士庭
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王城の程近く。訪れた騎士庭は、前庭や中庭の至る所に季節の花が咲き、また、館内のあちこちにそれらの花々が飾られた、華やかな場所だ。
窓という窓が開け放たれているからか、建物の中にいても風がよく通り、心地がいい。
これで、本当に風通しがよければ王都の中でも指折りの憩いの場になっただろう。
だが、実際は麗々しくも重厚感のある端正な佇まいか示すように、これでもかというほど見えない圧の感じられる、息のし辛い場所だった。
開放的に見えて、中に入ればまるで違う。
古めかしい調度の一つ一つや、館のあちこちに飾られている肖像画の一枚一枚から「騎士」という存在の重みとそれが醸し出す特殊性が嫌というほど伝わってくる。
現在は石造りの三階建ての館となっているこの場所だが、名前の通り、もともとは屋外だった。
昔々——この国が騎士と騏驥によって、周辺国の間でその存在感を増していたころ、たびたび騎士たちが集まり親交を深めていたのが、王城の庭の一部だったここなのだ。
現在の名前は、その事実に由来している。
騎士たちが集う場所――つまりは騎士の所属する騎士会の館として。
だからここは、議会や老院の面々や魔術師ですら簡単には足を踏み入れられない。
騎士でもある王は別だが、魔術師の中の魔術師たちである「塔の十杖」であっても、相応の理由と許可がなければ立ち入れない、ということになっている。
まさに騎士による騎士のための場所なのだ。
しかし、そんな騎士たちの館といっても、役職を持っている者はともかく、リィのような若輩者は——しかも父のこともあって歓迎されていない者は、普段はほとんど来ることのない場所だ。
下知や報告は全て王城で行われるし、裁決も城の裁決室で行われる。
にもかかわらず、今日リィがここへ足を運んだのは、リィの住む屋敷に騎士会からの使者がやってきたからだ。
明日、騎士庭へやってくるように、との伝令を携えて。
こんなに急な、しかも使者を立てての呼び出しは滅多にないことで、戸惑わずにはいられなかった。だが、返答の選択肢に「否」はなく、本日、こうしてやってきたのだった。
(一体何の要件なのか……)
準礼装の慣れない格好で廊下を歩きながら、リィは小さく首を傾げて考える。
突然のことだったからか、昔から仕えてくれている執事もばあやも驚いていた。
今日、出かけるときも随分心配そうな顔で見送ってくれていたっけ……。
遠征先での出来事と、その後の裁決の件でただでさえ心配をかけてしまったのに……と思うと、リィの表情は自然と曇る。
幼いころから世話を焼いてくれている執事とばあやは、今や本当の祖父と祖母のようにも思っているのだ。
父がいなくなったときも本当に親身になって支えてくれた。
騎士になってからは、怪我をするたびハラハラさせているから、もうあまり気を揉ませたくはないのだが。
(遠征の件は既にわたしにもルーランにも処分が下されているが……)
それとは別に——もしくはそれにかこつけて、何かしらの釘をさされるのだろうか。
それとも……少しずつ進めている例の計画について、何か横槍を入れられるのだろうか。
いずれにしても、わざわざの呼び出しだ。
いい話だとは思えない。
そもそも父の件があってからというもの、重鎮たちからは風当たりがきついどころの騒ぎではない。
考えれば考えるほど、眉間に皺が寄ってしまう。
リィは零しかけた溜息を噛み殺し、指示された部屋を目指して歩を進める。だがその足取りはどうしても重くなる。
加えて、時折すれ違う騎士たちからちらちらと視線を向けられのも煩わしい。
彼らの視線は無言のまま雄弁に物語るのだ。
どうしてあの息子がここに顔を出しているのか。
騎士による騎士のための場所。
そんな騎士庭に、騎士としてあるまじき失態を犯した父を持つあいつが、どうして——。
——そんな、無言の非難を。
それらに晒されるたび、リィは「誰も好き好んで来ているわけではないのだ」と言ってやりたくなる。
こっちだってお前たちに会いたいとは思っていない、と。
昔、父に連れられてここを訪れた時は、庭や館の荘厳さに感激するとともに、こんなに素晴らしい場所に堂々と出入りしている父を誇らしく思い、憧れたものだった。
周りの騎士たちも、始祖の血を引く騏驥に選ばれた騎士である父を、尊敬の目で見ていたように思う。
父親が周囲から敬意を払われているかどうか——そうした雰囲気は、子供でも肌でわかるものだ。
だが、今は。
その父が騏驥と共に消えた今では、リィに向けられる視線は蔑みのそれだ。
でなければ、手柄のために問題ある騏驥に乗っていたものの、その騏驥せいで大層な苦労をしている哀れな騎士に対するそれ。
いずれにせよ、好意的なものではない。
もう慣れてしまったとはいえ、不快なことに変わりないが、俯けばその視線に負ける気がして、リィはグッと顔を上げる。
そのまま、館の最上階に辿り着き、取り次ぎをしている従騎士に来訪を告げると、控えの間に案内される。
一人になると、リィはようやく一つ、息をついた。
まったく——肩が凝る。
「それにしても、ここまで勿体ぶるとは……」
いったいどういうことだろう?
つい独り言が溢れる。
説教をするために呼び出しただけにしては、随分大仰だ。
かといって、裁決が終わっている以上、これ以上の処分を下すことはできないはずだ。
戸惑いながらも、他にすることもなく、リィは部屋の中をうろうろとしながら待つ。
控えの間といっても、さすがは騎士庭の一室、部屋の調度は見事なものばかりだ。
さりげなく置かれている長椅子一つとっても、細部まで様々な光石や貴石を使って細かい意匠が施されている。
おそらく、座り心地も抜群なのだろう。
(もっともリィにとっては騏驥の背の上以上に座り心地のいい場所はないのだが)
館のあちこちに飾られていた花はここでもその美麗な姿を誇り、芳香を振りまいている。
そしてその花々を引き立たせる花器の立派さは言うまでもない。
おそらく西の地方の焼き物だろう。希少な光石を用いて作るという独特の白さと滑らかさだ。しかも大人が両腕で抱えるほどの大きさがある。この大きさならどれほどの価値があるのか想像も付かない。
ここは、つまりそういう場所なのだ。
土埃にまみれ、矢の雨が降り、血の香りがする中、騏驥と共に必死で戦う前線の騎士が来ては浮き上がるような、そんな場所。
現役ではあっても、滅多に騏驥には乗らず戦いに赴くこともなく、遠征に出ることもなく、王都の警護「のみ」を生業としている騎士たちのための場所だ。
社交と、政治のための……。
そうしていると、とりとめのない思いが次々頭の中を巡っては消えていく。
ルーランのこと、ルシーのこと、新しい騏驥であるダンジァのこと……。
諸々の問題が静かに両肩に降り積もっていくような気がして、リィはつい溜息を吐いてしまう。
そのときだった。
微かな音がしたかと思うと、リィが案内された扉とは違う扉が開かれる。
さっきの従騎士が再び姿を見せ、「どうぞ」と促す。
足を踏み入れた隣室には、すらりと背の高い一人の騎士が立っていた。
騎士たちを束ねる騎士会の重鎮の一人、タンセ卿だ。
年はリィの父親より上。騎士らしく隙がない気配でありながら笑みをたたえた穏やかな面差しは、いかにも高位の貴族然としている。
真意が窺えない雰囲気も貴族らしいといえば貴族らしいのだろう。
リィが型通りの挨拶をすると、彼は柔らかな——奥の見えない微笑みを向け、呼び出したことにも待たせたことにも触れず、「早速だが」と切り出してきた。
「貴殿に頼みがある。いや——ここは正直に言うとしようか。命令だ」
「?」
命令?
そのためにわざわざここに?
リィは小さく首を傾げた。今までも何度となく命令を受けたことはあるが、こんなに回りくどいことはなかった。
どういうことだろうかと訝しむリィに、卿は変わらぬ穏やかさで続けた。
「内容は明快だ。那椅国遠征の応援に向かってもらいたい」
「!?」
リィは驚きに息を呑んだが、卿は構わず「そうだ」というように頷く。
それを見ながら、リィはようよう口を開いた。
「ですがわたしは今……遠征には……」
しかし、そんなリィの前で、卿は微笑んだまま首を振った。
「その件は、問題なく処理されるだろう。貴殿がこの命令を承知しさえすれば」
「…………」
「こちらも貴殿の現状は把握している。その上での命令なのだ。となれば、遂行のためには制裁が解かれるのは当然のこと。裁決委員にも議会にも文句は言わせぬ。もちろん塔にも」
淀みのない口調で卿は言うが、リィの胸の中ではますます訝しさが膨らんでいく。
思い切って、リィは言った。
「一つ伺ってもよろしいでしょうか」
「内容によるが」
「どうしてそこまでして、わたしを遠征に?」
「自由の身に戻るのは不満だと?」
「そうではありません」
微かに嘲るような口調を感じさせる卿に、リィは苛立ちを覚える。
ああもう——持って回った「貴族らしい」面倒な言い回しは苦手なのに。
リィは息を整えると、まっすぐに卿を見つめて言った。
「騎士としての全ての権利を取り戻せるというなら、不満のあろうはずがありません。ですが、どうしてわたしなどにそこまでして下さるのかを伺いたいのです。どうしてそうまでして、わたしを遠征に出したいのかを。他の騎士では、なにか問題が?」
「……いや……」
卿は微かに首を振る。暫く黙ると、やがて、小さく苦笑した。
「そうではない。他の騎士たちに問題がある/ないというよりも……みな、遠征に二の足を踏んでいるというわけだ。羅々国への遠征があんなことになり、那椅国側もいやに長引いている。なにかありそうな、そんな遠征の応援に向かうのは嫌だ——とな」
「…つまり……」
リィは自分が不機嫌になっていくのがわかった。
「つまりは、『誰も行きたがらないからお前が行け』と……そういうわけですか。その代わり、ルーランの件で科せられた罰はなかったことにするから、と」
「さすがに理解が早い。まあ……そういうわけでここまで来てもらったというわけだ。こうした話は、内々に済ませたいものだろう?」
目を細めて微笑みながら、卿は言う。
リィはますます自分が不機嫌になるのがわかった。
騎士である以上、命令されれば従う。リィにとってはそうした仕事を一つ一つこなすことが自分のためであり、家名のためでもあると信じているから。
だがこの命令は……。
(要するに、能力でも適正でもなく「都合良く使える」という理由で選ばれたわけだ)
それもまた騎士の使われ方の一つではあるが、今回はそれに加え、こちらが断りづらいと解っていてのことだ。
そういう扱われ方は、流石にいい気がしない。
卿が苦笑する声がした。
「なにを躊躇う? 悪い話ではないだろう。貴殿は騎士としての権利と自由を取り戻し、騏驥の謹慎も解かれよう。それに、最近は色々と忙しなく走り回っている様子。遠征に出て手柄を立てておいた方が、後々のためにもいいとは思わぬか」
「…………」
お前の動きはちゃんと把握しているぞ、と言わんばかりのいいようだ。
しかもそれを取引の材料にしようとする。
リィはますます不愉快になるが、それすら想定している顔で卿は続ける。
「そんなことはない方がいいが……不幸にして塔や議会と揉めることになった場合、味方が必要ではないか? 我々は同じ騎士として、貴殿を助けることもできる……かもしれぬ」
リィは卿を見つめ返した。
確かに彼の言うことは正しい。正しいが——それを餌に煽られて後先考えずに飛びつくことが得策とも思えない。
「……もう一つ伺いたいのですが」
「引き受けるなら」
「その前に伺いたいことです。このような話が持ち上がるということは、那椅国侵攻は、実は上手くいっていないということなのですか? そうした話はまったく聞こえて参りませんが、これほど長引き、更なる騏驥の遠征を希望し、しかも、その遠征に誰も行きたがらないというのは……」
「それを問うということは、命令に従うと判断してよろしいな? リィ殿」
「っ——」
憤りのあまり危うく上げかけた声を堪える。
と、卿は、リィのその沈黙を「了承」と判断したのだろう。穏やかな白い貌に皺を刻みながらにっこりと笑った。
「懸命な判断だ」
「いくつか、約束を取り付けてからの出発になりますが」
ただで引き下がるわけにはいかず、リィも言い返す。卿の片眉が、微かに動いた。
「裁決結果に便宜を図るよう働きかけると申したが……それでも足らず条件を出すか」
一瞬、卿の双眸を昏さが過ぎったが、すぐにそれは消え、彼は笑顔で「わかった」と頷いた。
「なんなりと言うがいい。応えられる限り応えるとしよう」
「ありがとうございます」
やれやれとリィは胸の中で息をつく。
やっぱり自分はこういう駆け引きに向いていない。
騎士の評価が、実際のところ騎乗技術の善し悪しだけではないというのはわかっていたが、こうもあからさまだとやはり疲れる。
もちろん、腕のいい騎士は周囲から一目置かれるし、良質の騏驥も集まってくるのだが、地位や身分、政治力や交渉力で調教師たちと親しい関係を築き、結果、いい騏驥を集めて手柄に結びつける騎士がいるのも事実なのだ。
そして、そうした面に長けた騎士たちのおかげで、騎士がただ、塔や議会に「使われる」だけの便利な立場におかれずに済んでいるのもまた事実なのだ。
彼らが、塔や議会と折衝し、均衡を保ってくれているおかげで。
リィとしても言いたいことは色々あれど、これで再び騎士としてなんの制限もなくなることは喜ばしい。
騎士学校での再訓練も嫌ではなかったけれど、調教場でちまちまと乗っているばかりではつまらなくて、身体がうずうずしていたから。
それに、ルーランの謹慎が完全に解けることにもほっとする。
あれは、狭いところに留め置く騏驥ではない。
「——さて。それでは貴殿の希望を聞くとしようか。それとも、那椅国の現状から話した方が?」
と——。
卿がおもむろに言葉を継ぐ。
リィは腹を括った。
この際、自分の気持ちは置いておく。
そんなものは見ないことにして、ただ騎士として、この機会に得られるものを得るだけだ。
リィは卿を見つめると、「那椅国遠征の現状をお教え下さい」と毅然とした声音で応えた。
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