49 / 98
48 再遠征
しおりを挟む◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ダンジァ、もう少しゆっくり行こう。周りの騎兵たちと足並みを合わせたほうがいい」
<は――はい>
なるべく優しく、穏やかにそう伝えると、鞍下の騏驥はすぐに歩むスピードを緩める。
その反応の良さを褒めるように二度、三度と軽く首を叩いてやると、緊張のためか固くなっていたダンジァの動きが次第に柔らかなそれに変わる。
今回の遠征のパートナーである騏驥の素直さに、リィは鞍上でほっとしつつ小さく微笑んだ。
初めての実戦、それも遠征だからだろう。
普段から真面目な彼は一層緊張し、そのせいで動きも硬くなりがちなようだ。
きっとこうして宥めても、気付けばまたぎこちない動きになってしまうのだろうが、それは仕方ない。慣れの問題だ。
それでも次第に外の雰囲気に順応してきているし、こちらの指示は相変わらず忠実に守る。
少し急ぐときも今のようにゆっくりのときも、しっかりとした歩様で歩いているし、休むべきときには休み、きちんと食事を摂るといった、長旅への備えも自然と出来ている。
やはりいい騏驥だ。
歩くたびに揺れる、ダンジァの鹿毛色の鬣。
つやつやと輝いているそれを見ながら、リィは胸の中でひとりごちた。
よく手入れされている馬体からは、彼が調教師や厩務員からも大切にされ、期待されているのがよく伝わってくる。
まだ若い騏驥と初めての遠征ということで、リィの側にも少し不安があったが、この分なら杞憂に終わりそうだ。
(あれの初陣のときは大変だったからな……)
今までの遠征ではいつも一緒だった騏驥——ルーランとの初遠征のことを思い出して、リィは微かに苦笑する。
彼と初めて王都を離れ、遠征に出たのはもう随分前のことだが、あのときのことはまだはっきりと覚えている。
危険な騏驥として有名で、ほとんど誰も乗っていなかった彼だから、普段調教場で騎乗して調教をつけるときからして暴れて大変だったのだが、外へ出るとそれは一層で、御すのに相当手を焼かせられた。
すぐあちこちに行きたがって、道なりに歩かせるだけで一苦労で……。
いつどんなに暴れても必ず御せるようにと、ついつい手綱を強く握りすぎていたせいで、下馬した後もしばらくは手が強張ったままだった。
あまりルーランが暴れるもので、遠征中は、リィとルーランの周りには他の騎士も騎兵たちも誰も寄ってこなかったほどだ。
下手に近寄って巻き添えを食って、蹴られでもしたら堪らないと思ったのだろう。
懸命な判断だ。
そのぐらいルーランは暴れたし、協調性の欠片もなかった。
それでも、恵まれた体躯と運動神経を活かして縦横無尽に暴れられることが嬉しかったのだろう。
敵が現れてからの彼の働きは目を瞠るほどで、その遠征でリィは初めて誰もが認めるほどの戦功を上げることが出来たのだ。
『俺様のおかげだってことをちゃんと覚えておけよ』
偉そうに、自慢げに、そして嬉しそうに言っていたルーランの顔や声は、まだ胸に焼き付いている。
だが、今回の遠征に彼はいないのだ……。
彼との最後のやりとりを思い出すと、今も胸が軋むようだ。
リイは胸の中で密かに溜息をついた。
彼の馬房から去った、翌々日。
実はリィは、再び西の厩舎地区を訪れていた。
ルーランの馬房に行ったわけではなく、彼に会いに行ったわけでもない。
ルーランを管理している調教師からのたっての希望で、ジァンも交えて話す時間を持つことになったのだ。
要は——なんのことはない、ジァンは、ルーランが遠征に出ることを断った件をどこからか聞いたのだろう。
そのため、調教師に頼んでリィと直接会う機会を設けようとしたのだ。
想像通り、調教師の部屋で三人が揃うや否や、部屋の主は早々に席を外し、そこには二人だけになった。
途端、ジァンはすぐにリィに頭を下げた。
詳しいことは知れていないが、ルーランが遠征参加を断ったことは聞いた。
あなたがせっかく騎乗を希望してくれたのに本当に申し訳ない。
なんとか自分が説得するから、あいつに騎乗してもらえないだろうか——。
彼が語ったのは、そんな内容だった。
ジァンのことは、リィも騎士になる前、騎士学校の時代からその存在を知っていた。
育成施設におけるリードホースのように、厩舎で現役の騏驥たちの支えになっている特別な存在の騏驥。
一線を退いてはいるが元・王の騏驥であった影響力はいまだに大きく、調教師にも騎士にも顔が効き、騏驥との調整役として欠くことのできない存在なのだ、と。
そんな彼が自分の前で頭を上げていることに、リィは胸が痛むのを感じた。
今回のことは彼のせいではないのだ。
無論リィのせいでもない。そしてルーランのせいでも。
だからリィは彼を見つめて、なるべく淡々と話した。
今回のことは仕方のないことなのだ、と。
ルーランを責めるつもりはなく、むしろ彼の気持ちを理解できず、解きほぐせなかった自分が至らなかった。
遠征に参加できない理由も、それなりに辻褄が合うように医師に頼むつもりだから、むしろ仮病だとばれないようにこそ気をつけていてほしい、と。
リィがそう言うと、ジァンは本当に申し訳なさそうにまた頭を下げた。
だが、顔を上げると言ったのだ。
『あと一日。あと一日だけ待ってもらえませんか』と。
『遠征前で忙しいことはわかっています。代わりの騏驥を選ばなければならないなら、早い方がいいことも承知しています。けれどあと一日——』
明日まで判断を待ってもらえないか、と。
『説得します』
必ず。
ジァンは言った。
『ルーランだって、本当はわかっているはずなんです。どうすることが自分にとって一番いいのか。わかっているはずなんです。ただどうにも捻くれているというか……それを認めようとしないだけで』
ですからどうか——と。
だからリィは、彼の意を汲んで一日だけ待った。
無理だろうと思いながら、それでもジァンがこれだけ頭を下げているのだ、無下にはできなくて。
そして今、リィはダンジァの背の上にいた。
0
あなたにおすすめの小説
ヒールオメガは敵騎士の腕の中~平民上がりの癒し手は、王の器に密かに溺愛される
七角@書籍化進行中!
BL
君とどうにかなるつもりはない。わたしはソコロフ家の、君はアナトリエ家の近衛騎士なのだから。
ここは二大貴族が百年にわたり王位争いを繰り広げる国。
平民のオメガにして近衛騎士に登用されたスフェンは、敬愛するアルファの公子レクスに忠誠を誓っている。
しかしレクスから賜った密令により、敵方の騎士でアルファのエリセイと行動を共にする破目になってしまう。
エリセイは腹が立つほど呑気でのらくら。だが密令を果たすため仕方なく一緒に過ごすうち、彼への印象が変わっていく。
さらに、蔑まれるオメガが実は、この百年の戦いに終止符を打てる存在だと判明するも――やはり、剣を向け合う運命だった。
特別な「ヒールオメガ」が鍵を握る、ロミジュリオメガバース。
俺のファルハ 《黒豹獣人と俺》
大島Q太
BL
《黒豹獣人×異世界転移者》 マナトは子供を助けてトラックにひかれそうになった瞬間、異世界転移し、ついた先はジャングルの中だった。マナトを拾ったのは褐色の黒豹獣人ナミル。ナミルは俺を「ファルハ」と呼び甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。流されやすい主人公とそれを溺愛する原住民の話。
塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~【本編完結】
蕾白
BL
国境近くにあるその白い石の塔には一人の美しい姫君が幽閉されている。
けれど、幽閉されていたのはある事情から王女として育てられたカミーユ王子だった。彼は父王の罪によって十三年間を塔の中で過ごしてきた。
そんな彼の前に一人の男、冒険者のアレクが現れる。
自分の世界を変えてくれるアレクにカミーユは心惹かれていくけれど、彼の不安定な立場を危うくする事態が近づいてきていた……というお話になります。
2024/4/22 完結しました。ありがとうございました。
聖者の愛はお前だけのもの
いちみりヒビキ
BL
スパダリ聖者とツンデレ王子の王道イチャラブファンタジー。
<あらすじ>
ツンデレ王子”ユリウス”の元に、希少な男性聖者”レオンハルト”がやってきた。
ユリウスは、魔法が使えないレオンハルトを偽聖者と罵るが、心の中ではレオンハルトのことが気になって仕方ない。
意地悪なのにとても優しいレオンハルト。そして、圧倒的な拳の破壊力で、数々の難題を解決していく姿に、ユリウスは惹かれ、次第に心を許していく……。
全年齢対象。
ちびドラゴンは王子様に恋をする
カム
BL
異世界でチート能力が欲しい。ついでに恋人も。そんなお願いをしたら、ドラゴンに生まれ変わりました。
卵から孵してくれた王子様に恋をして、いろいろ頑張るちびドラゴンの話。(途中から人型になります)
心優しい第三王子×時々チートな働き者のドラゴン
表紙イラストはしけつ(ck2)さまにいただきました。ありがとうございます。
愛しの妻は黒の魔王!?
ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」
――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。
皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。
身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。
魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。
表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます!
11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる