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64 呼
しおりを挟むどのくらい経っただろうか。
それまで聞こえていた周囲の音が、段々と小さくなっていく。
石の効力が切れたのだ。
ルーランはゆっくりと目を開けた。
何も、聞こえなかった。
手がかりになりそうなものは、なにも。
思わずため息をついた。
馬の姿で、魔術の助けを借りて手がかりを探す。
今のルーランにできる最大限のことをしても、成果はなかったということだ。
再びため息を吐きそうになり、寸前でルーランはそれを止めた。
まだ、終わったわけじゃない。
ダンジァの記憶からいけば、捜索の範囲は間違っていない。
記憶に誤りがあるかもしれないという可能性は、もう排除した。
彼だって、リィが選んだ騏驥なのだ。
肝心なところで過ちを犯すような真似はしないはずだ。
(とはいえ、な)
とはいえ、魔術が絡んでいるとなると少し話は変わってきてしまう。
ダンジァの記憶。
共有してみたそれは、ひどい混乱状態だった。
途中までは普通だったのだ。
緊張しながらも平常心で、問題なく与えられた仕事をしていた。素直に、忠実に。
だが。
ある時から、その記憶が歪になり始めた。
まるで綺麗に描かれるはずの絵画にベタベタと泥を塗られていくかのように、雑音が混じり、全く関係のない、誰のものかもわからない記憶が次々と挿入され始めた。それも随分とタチの悪い、恐怖や苦痛の記憶だ。
そのせいでダンジァは混乱し、普通ではいられなくなり……。
挙句には、とても聞いてはいられないような、やかましいような酷く不快な音が聞こえてきたようだ。
彼の記憶の中の彼は、その苦痛に繰り返し悲鳴を上げ、そうでない時は放心していた。
馬の姿を保てなくなったのもそのためだろう。
つまり彼は、何かしらの外的な要因で——それもリィにはわからないような仕組みによって、感情や集中を乱されて騏驥としての務めを果たせなくなったようなのだ。
となれば——。
その原因は「輪」への干渉のためとしか思えない。
騏驥の「輪」に影響を及ぼす魔術のせいだ、と。
「塔」の魔術師以外でそんな芸当ができる奴がいるのかは知らないが、リィが応戦できないと判断したのだから相当なものだったのだろう。
だとすると、この「何も手がかりが得られない」状況も、魔術のせいという可能性もある。
ダンジァが運ばれてきたとき、「塔」から来ていた魔術師たちがそうだったではないか。
見えているのに、見えづらい。
そんな奴らだった。
ならばここの風景だって本当は違うものを見せられている可能性がある。
「さて、どうするか」
まず一つ。もう一度、辺りを走り回って探す方法がある。
だがこれは時間がかかりすぎるだろう。
だとすれば。
ルーランは再び人の姿に変わる。
小さな袋の中から、石を取り出す。小さなもの、もっと小さなもの、赤いもの青いもの……一つ、二つ。三つ、四つ。五つ……。
『絶対に、無茶しないで』
ニコロは言っていた。
医師の顔で。「絶対に絶対に」と念を押していた。
彼を脅して、恩を仇で返して結界を越えたような騏驥に対してまで、心配顔で。
ダンジァの記憶を共有して、ルーランが知ったことは幾つかあった。
変化が上手くできなくなったことに対する混乱や動揺はもちろんのこと、リィと離れざるをえなかったときの苦しさ。
そして彼らが対峙していた賊についてだ。
タンジァの記憶では印象の違う二人がその他大勢を率いていたようだ。つまりその二人が首謀ということだろう。ルーランにもそう思えた。
が。
そこに黒い影が見えたことがルーランには引っかかっていた。
ダンジァは意識していなかったのかとくに気に留めていなかったようだが、ルーランはそれこそが気になった。
黒い影。
まるで黒い騏驥のような影……。
考えすぎなのかもしれないが、ルーランにはそう感じられたのだ。
リィと「黒い騏驥」との因縁を知っているからなのかも知れないけれど。
だがルーランは、その件は口にしなかった。
「黒い騏驥」といえば、リィについてはまず父親のことが挙がる。
迂闊なことは口にできないと思ったためだ。
ただ、それ以外についてはルーランは探り当てた情報を全て詳らかにしたから、騎士会はその内容を元にリィの捜索に出ることになったようだった。
が。
ルーランはそんなものを待っていられなかった。
捜索に加えてもらえる保証もないのだ。
だから一人で結界を越えた。
すぐさま、その日の夜に。
厩舎地区に、そして王都に張られている結界を。
『脅迫されたとでも言えばいい』
ルーランがそう言うと、ニコロは泣きそうな顔をした。泣きそうな顔で『いやだよ』と言った。だからルーランは笑って続けた。
『全部俺のせいにしていい。しろ。その代わりにここから出せ』
『だからって。こんなのじゃ、たとえリィを助けられたとしても君はどうなるか』
『いいんだよ』
『ルーラン!』
『いいんだよ、そんなことは』
どうせ、リィ以外に乗ってもらう気はなかった。どうなってもいいと思っていた。
ただルシーのことだけが気がかりで、ダラダラと生き長らえていたようなものだ。だったら。
だったら——。
助けた後のことなんかどうでもいい。
助けられたら、俺のことなんかどうでもいい。
『あんたが言ったんだろ。「肝心なのはそれからどうするか」だ——って』
以前、ニコロが言った言葉を引き合いに出すと、彼は『だからって!』『こんな時ばっかり!』と怒りも露わに睨みつけてきた。
医師を相手に自分の命を軽視した発言なんて、酷いことをしているなと我ながら思ったが、仕方がない。
本当のことだ。
それに、もう手段を選ぶ気もなかった。
そして結局——。
ルーランは王都を出たのだ。
偽装で誤魔化せるのはせいぜい二日。
それを過ぎれば脱走とみなされて、いつ捕まえられ殺されても文句は言えない。
いや、それどころか。
「輪」に何かしらの魔術を使われて、下手すればその場で首や手足か千切れ飛ぶ可能性だってある。そのことも承知の上で。
(上等だ)
掌の上で幾つもの石を転がし、弄びながらルーランはひとりごちる。
タイミング悪くリィの前でそんな姿を晒す事にさえならなければ、どうなろうが構うものか。
「気をつけるのはそれだけなんだよな」
呟くと、なんだか笑いが漏れる。
追い詰められているはずなのに、ワクワクしている。
命がかかっているのに、高揚している。
『お前は事態がややこしくなればなるほど生き生きするな』
以前、リィが言っていた台詞だ。
当時は笑って返事をしなかったけれど、今なら確かに、と応えてやってもいい。
混戦。混乱。
そんな時こそが、俺が力を発揮できる時だ。
ルーランは掌いっぱいのジェムをぎゅっと握りしめた。
影響し合って放たれる熱が、光が、夜の中で生き物のように蠢く。
助けを求める声が聞こえるのを待つなんて。
彼の気配を探るなんて。
そんな悠長なこと、やってられない。
「俺は待つのが嫌いなんだよ」
“待て”なんてやってられるか。
指に力を込めると、石同士が共鳴し合っているのか、唸るような音を立て始める。
力を孕み、より大きくし続け、しかしその制御を失いつつある音。よろしくない傾向への音だ。
けれどそれを、ルーランはさらにきつく握りしめる。
いい音じゃないか。
掌が焼けるような感覚がある。にも構わず一層強く握りしめると、ルーランは彼の騎士を呼んだ。
「——リィ」
届く。
絶対に届く。
そう確信しながら。
「リィ」
呼ぶと、そのたび胸の中は掌より熱くなる。口の中に甘さが満ちる。
届かないわけがない。
俺の騎士。
俺が今ここで生きているのに、彼が失われているはずがない。
「リィ——」
どんな魔術より強く。深く。
ルーランは彼の騎士を呼ぶ。
繰り返し。繰り返し。
手の中で石が光を増し、熱を増し、唸りを増した。
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