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【番外】騎士と騏驥の旅(4)
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結局、おかわりを二回して食事を終えると(美味しかったので仕方ない。ルーランは終始ニヤニヤしていた)、リィは火の前に陣取り、絶やさないように番を始めた。
結界を張っているため獣に襲われることは(多分)ないだろうが、灯りが発光石だけになるのは少し心許なかったからだ。
それに——。
(火を見ていると、なんとなく落ち着く……)
そんな理由もあった。
父を探してこうして方々を巡るようになって、いったいどれほど経っただろうか。
単純に「何年も経った」という以上の時間が過ぎたような気がしている。
当初は「見つけたい」「会いたい」と心から思っていたけれど、今は自分の気持ちもよくわからなくなっている。それが正直なところだ。
もう二度と会えないのでは……と思い始めているからかもしれない。
それに、会えたら会えたでどんな顔をすればいいのかわからない。
喜べばいいのか——怒ればいいのか……。
黒い騏驥のことを尋ねてもいいのだろうか?
それとも、それは訊かないほうがいいことなのだろうか……。
そもそもどうして姿を消してしまったのか。
それらの諸々を考えると——考えれば考えるほど、どうすればいいのかわからなくなって、会うのが怖くなってしまう。
会いたいのに——怖い。
けれど探さずにはいられないのだ。
(妙なものだな……)
ふうっと大きく息をつくと、リィはもやもやとする胸の中のつかえを投げ捨てるかのように、火に向けて枯れ枝を投げ込む。
ゆっくりと炎に包まれているそれをぼんやりと見つめていると、
「あれ、まだ寝てないの」
背後から土を踏みしめる音がしたかと思うと、ルーランの声がした。
振り向くと、彼は髪を結びなおすような仕草をしながらこちらに近づいてくる。着ているものがだらしくなく脱ぎかけなのは、「脱ぎかけ」ではなく「着かけ」だからだ。
食事の後、彼は一旦馬の姿になって周囲の警戒をしていたが、人の姿に戻ったらしい。
(見ればよかったな)
リィは思う。
昼間、さんざん彼に乗っていたから、もう馬の姿は見なくてもいいかと思っていたのだが……やはり見たかったかもしれない。
彼は気性に多々難があるものの、見た目はケチのつけようのない素晴らしさなのだ。人の姿の時だけでなく、馬の姿の時も。
いつどこでどんな角度から見ても惚れ惚れするような馬体をしている。
それに関しては、きっと誰も異論はないだろう。
普段は彼に厳しく接している(つもり)のリィも、元から馬が好きなためもあり、馬の姿のルーランを見るとついつい相好を崩してしまう。
馬格があって、均整がとれていて。胸前の深さといい堂々としつつも引き締まった腹といい、長すぎず短すぎずの背中といい真っ直ぐに伸びた脚といい首の角度といい……。どれだけ褒めても足りないほどだ。耳の先から蹄の先まで全て完璧だと言っていいだろう。
しかも立ち姿が美しいだけでなく、動けば目を瞠るほどのしなやかさがあって、いっそう引き付けられるのだ。緑がかった鹿毛という珍しい毛色も実に美しく艶があり、皮膚は薄く、ひとたび触れればずっと撫でていたくなるほどで……。
——そんなことを考えていると、いつの間にかじぃっと彼を見つめてしまっていたようだ。
傍らまで近づいてきたルーランが、クッと笑った。
「相変わらず俺のこと大好きだね。またじっと見てる」
「! ……見てない」
「そう?ま、いいや。一応報告しとくと、辺りは異常なし。獣の気配も魔術の気配もない。——ってわけで、さっさと寝ろよ」
「……わたしはいい。火の番がある。それよりその口調は——」
なんだ、と言い終えるより早く、
「は? そんなの俺がやるよ」
ルーランが被せるように言った。
眉を寄せるリィのことなど気にしていないかのように、彼は続ける。
「こういう時は、騏驥に任せて騎士は寝るもんだろ。俺らは寝る時間なんてほとんど必要ないんだから。あんたってホント騎士らしくないな」
からかっているのか、面白がっているのか、嬉しがっているのかわからない口調で言うと、どいてどいてというように手を動かす。
しかしリィは動かなかった。目を眇めて、ルーランを睨む。
「連れている騏驥がお前以外の騏驥ならそうしているだろうな」
「!? なにそれ。優しいな~」
ルーランは嬉しそうな顔になる。
リィはあきれたようにため息をついた。
「違う、逆だ。忘れたのか。以前お前に任せたら、勝手に火を大きくして大惨事になりかけただろう」
「? そうだっけ??」
「そうだ」
だから、自ら火の番をすることにしたのだ。こんな騏驥には危なっかしくて任せていられなくて。
しかし、ルーランはそんな過去などすっかり忘れたようで、「なんだあ、嬉しがって損した」となどとぼやいている。
リィは自分の頬が引き攣るのがわかった。
(どうしてこいつはいつもいつも自分に都合の悪いことは全部忘れるんだ……)
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