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【番外】騎士と騏驥の旅(3)

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「さて——そろそろ食べられるかな」

 すると、いつの間にか寝床の用意を終えたらしいルーランがリィの隣に腰を下ろしてくる。
 手には、汁物をかき混ぜ、注ぐための道具。さらには、二人の前には食器と匙が二揃え、ちゃんと並べられている。
 一体いつの間に作ったのか……。

「……器用だな」

 リィが言うと、ルーランは「まあね」と笑う。
 ややあって、

「はい、どうぞ」

 目の前に、汁物の入った椀が差し出された。いい香りだ。お腹がぐぅ、と鳴る。
 リィがますます赤くなると、ルーランがにやりと笑った。

「痩せ我慢もここまで、ってことだな」

「べ、別に痩せ我慢なんかしてない。お腹が空いてないなんて言ってないだろう」

「宿に泊まってればもっと早くメシにありつけてたけどね~」

「『ここまで来たら仕方がない』んだろう? わたしもそうだ」

 そして「いただきます」と口早に言って汁物を口に運ぶと、その滋味あふれた深い味わいに瞬く間に虜になる。温かいからなおさら美味だ。
 てっきり、冷たい携帯食でお腹を満たすだけになると思っていたのに。

「……美味しい」

 半分以上をほぼ一気に——無言で食べ、ようやくほうっと息をついてリィが言うと、ルーランは「そう」と嬉しそうに目を細める。
 彼の思い通りになっているようでなんとなく悔しくもあるが、美味しいものは美味しいのだから仕方がない。
 ルーランの料理の腕は知っていたが、材料に乏しい屋外での野営の食事さえこんなに美味しく作るなんて。 
 彼を自分の騏驥にしてから結構経つ気がするが、まだまだ知らないことがあるようだ。

 ちら……と様子を伺うと、微笑んでいるルーランと視線が絡む。

「お——お前も食べろ」

 リィは仄かに頬を染めながら言った。
 自分だけが夢中で食べているなんて恥ずかしい。

 するとルーランは、そんなリィの心中を知ってか知らずか「そうだね」と軽く頷き、自分の椀にも注いで食べ始める。

「ん、美味い。さすが俺」

 軽口を叩きながら食べているその横顔は、端整と言って些かの差し支えもないものだ。
 形の良い鼻梁、男らしい頬のライン。失われた右目を隠すかのような長めの前髪も、むしろ神秘的で魅力の一つとも思えるほどだ。
 いつもは見目の良さよりも、騏驥とは思えないような人を小馬鹿にした態度の方ばかりが目につきがちだが、今はそんな気配は鳴りを潜め、彼が本来持つ格好の良さが際立っている。
 パチパチと音を立てて燃え、揺れる火に照らされているためもあってか、なんとなく幻想的な雰囲気もあり、普段よりも一層目を奪われる。
 もう何度も見ているのに——いつも見ているのに、いつまでも見ていたいと思ってしまう。
 そして、見るたびまた惹かれてしまって……。

 気づけば頬が熱い。
 
(っ……)

 リィはそれを誤魔化すように、ルーランから慌てて視線を逸らそうとする。
 しかしそのとき。

(……?)

 なんとなく引っ掛かりを——戸惑いを覚え、リィは二度、三度と瞬きした。
 目に映っているのはルーランのはず……なのに、なぜか”そうじゃない”ような気がしたのだ。
 まるで別人のような……?
 いや、そうじゃない。別人じゃない。けれど”今”のルーランとは少し違っているような……。

(“今”?)

 どういう意味だ?

 突拍子もない考えが再び頭をよぎりそうになり、リィは咄嗟に首を振った。

 今日はどうしたのだろう。
 ルーランに指摘されたように、もしかして本当にとても疲れているのだろうか?

「リィ?」

 呼ばれてはっと我に返る。ルーランが不思議そうにこちらを見ていた。
 いつもの——良く知る彼の貌だ。……多分。
 リィは思わず胸元を掴んだ。

 得体の知れない怖さで、胸がどきどきしている。
 そんな気持ちが態度に出たのだろうか。ルーランは訝しそうに首を傾げ、じっと見つめて来た。
 片方だけの、蜂蜜色の瞳。
 何を言われるのかわからなくて、つい身構えてしまう。

 だが、そんな風に警戒するリィに聞こえて来たのは、

「どしたの。食い足りないなら、まだあるぜ」

 拍子抜けするほどの、なんでもない言葉だった。
 揶揄うような声。これも、いつものルーランだ。

「っ……い、いや。足りなくは、ない」

 リィは、いくらか警戒を解きつつ応えた。

「ただ……」

「『ただ』?」

 小首を傾げて復唱するその姿は、間違いなくルーランだ。リィのよく知る騏驥。
 リィはふぅっと安堵の息をつくと、

「……なんでも、ない」

 ポツリと答えた。

「なんでもない。ただちょっと……」

 感じた違和感を上手く表す自信がなく、リィは言葉を濁す。
 すると、それをどう受け取ったのか、ルーランが愉快そうにと笑った

「なんだよ。俺の作った料理がすごく美味くて見直して惚れ直したならそう言えばいいのに。素直じゃないなあ」

「っ……違っ……!」

「夢中で食ってたもんな。そんなに気に入ってくれたんなら、また作ってやるよ。宿に泊った方が楽で良いけど、飯作るたびに見とれられるのは悪い気がしないしね」

「う、う、自惚れるな!」

「事実じゃん。あんたさっきから俺のこと『こいつなんて男前なんだろう』って顔で見てたよね?」

「見てない!」

「えー。今さら照れなくていいのに」

 揶揄うように笑いながら言われ、リィは耳まで真っ赤になる。
 ルーランから顔を背けるようにしながら食事を再開すると、

(やっぱり、こいつはこいつのままだ!)

 胸の中で、強く、そう呟いた。

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