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76 焦がす者、焦れる者
しおりを挟むそうしていると、いったいどんな話をしたからなのか、シィンはツェンリェンをこの場から立ち去らせようとするかのように、彼の肩や腕をグイグイと押し始める。それもかなりの強さ——そしてかなりの執拗さだ。
挙句、
「とにかくもう——いいからお前たちは早く出て行け」
急かすようにそう声をあげると、さらに強く押し、結局彼らを追い返してしまう。
すれ違うとき、ツェンリェンは片腕に女性を抱いたまま、チラリとこちらを見た。目が合い、びくりとダンジァが慄くと、ツェンリェンは微かに眉を寄せてダンジァを見つめた。——ように見えた。
意味を取りかねる貌に、ダンジァの戸惑いが深くなる。
それに——あの、女性。
やはり顔はしかとわからないままだが、ツェンリェンと一緒に出て行ったなら、彼女はシィンとは無関係なのだろうか? ツェンリェンとの方が親しいのだろうか。
いやしかし、シィンとも互いに見知っている様子だ。むしろそれ以上の仲のようだった。顔を寄せ合う事にも抵抗のない関係……間柄。昔からの知り合いだろうか。シィンともツェンリェンとも知り合いなら、想像するまでもなく高位貴族の令嬢だろう。もしくはやはりどこかの国の姫君か……。
どれほど考えたところでダンジァには正解などわからないと言うのに、考えることが止められない。そんな下世話で嫉妬深い自分にますます嫌気が差し、眉を寄せていると、
「——ダンジァ」
シィンが呼ぶ声が届く。
(ああ……)
もう逃げるわけにはいかない。
いつもなら、より彼の近くに、思っていた。なるべく近くに、なるべく側に、と。けれど今は近いことが苦痛だ。どれだけ歩いても彼に辿り着かなければいいのにとさえ思ってしまう。
ダンジァは絶望的な思いに駆られながら、シィンの側へ近づいていく。
せめて彼の前では冷静でいられますように——恥知らずなことを口走りませんように——醜い顔を見せずにいられますように——。
そう願いながら。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
「…………」
念願叶い騏驥との再会を果たしたというのに、シィンの気持ちは浮かなかった。
理由など決まっている。
その会いたかったはずの騏驥が、なんとなく様子がおかしいからだ。
目が合ったのにこちらへやってこなかったことからして「おかしいな」とは思った。いつものダンジァなら、ツェンリェンがいようが誰がいようが、彼らに配慮しつつもシィンの側にやってきていただろうから。
とはいえ、大会中はいつもと気持ちの持ちようも違うだろうし、しかも今は走った後。まだ気持ちが昂っていて、人が多いと疲弊するかなと思ったから、ツェンリェンたちは下がらせた。
……二人きりになりたかったという思いもあって。
(待機場所の部屋の中なので、厳密に言えばもちろん他の騏驥たちも居はするが、とりあえず周囲から人を遠ざけたかったのだ)
気づけばユェンも場を外してくれたし、さあこれで二人きりだ! とシィンは期待にワクワクしていたのに……。
(なんなのだ、いったい……)
シィンは手元の飲み物を呷ると、きつく眉を寄せた。
一緒にレースを戦って、勝った後だ。今までよりもっと親しくできるだろうと——親密でいられるだろうとウキウキしていたのに、それは全く期待外れ。それどころか、ダンジァは以前よりもなんとなく余所余所しいのだ。
さっきのレースの様子をいくら褒めても、彼はそつなくお礼の言葉を言うばかりで、シィンはなんだか寂しくなってしまった。
礼儀は弁えているし、むしろやりとりは丁寧だが、だからなおさら「壁」というか、彼からの遠慮が感じられて、もどかしくて堪らない。
こんなに距離をとる騏驥ではなかったはずなのに。
王子だと知った時よりもなお余所余所しい態度に、シィンは柳眉を寄せずにはいられなかった。
長椅子に並んで座っている二人の距離は、さっきここへきたときのそれよりも近い。なのにどうしてか、気持ちは——心は遠くなってしまっているような気がする。
「…………」
なんなのだ、これは。
「——ダンジァ」
とうとう堪りかね、シィンは傍の騏驥を呼んだ。身体ごと彼を向き、改めて、はっきりとした声で。
じっとしていても埒があかない。それにうじうじと考えてしまう自分は嫌だったから。
すると、近くから呼んだせいなのか、それともそれ以外に理由があるのか、ダンジァがびくりと震える。こちらに向くものの、その目は遠慮がちに伏せられている。
その様子にも、シィンは唇を尖らせた。
自分の側に彼を座らせたのはシィンだ。隣に座っていいと言ったのはシィンだ。
「畏れ多い」と遠慮しようとするダンジァに「いいから」と半ば強引に。
彼だけ立たせているのも、ましてや跪かせることも違う気がして。
それなのに……。
なのに彼は、自分の近くにいることを、横にいることを嫌がっているような素振りを見せて……。
(なんなのだ)
その態度を怪訝に——そして不満に思いつつ、しかし呼んだはいいものの、考えてみれば続く言葉がなく、仕方なく、シィンは「何か飲み物を」と命じる。
お前も飲め、と付け足すと、ダンジァは「かしこまりました」とすぐさま反応する。
丁寧に渡される玻璃を受け取ると、冷えた飲み物を一気に飲み干した。果実の風味だ。でもなんだか味がしない。
シィンは、同じように飲み物を口に運ぶダンジァをチラリと見つめる。
大人びた頬のライン。自分とは違う、男っぽい横顔。
水を浴びたからか、長い髪は先ほどまでのようにきちんと結い上げられてはおらず、緩く結ばれているだけだ。けれどその無造作さは、却って彼の造形の美しさを際立たせているようにも思える。
まったく……惚れ惚れするような美丈夫ぶりだ。
今までは、自分の見た目も人の見た目もどうでもよかったのに、今は、彼の貌ならいつまでも見ていられると思うし見ていたいと思うようになっている。
なのに……。彼は、なんだか自分を避けている。
シィンは、むぅ、と眉を寄せると、「もう一杯」と飲み物を取るように言う。
彼の騏驥は、いそいそとシィンの命令に従う。けれど彼はこちらをきちんと見ようとしない。
自分の側にいるのが嫌だと思う者など、いないはずではないのか。
むしろ、もっと側に行きたい、もっと近くにいたい——と、誰もがそれを望んでいると思っていた。
たとえそれが「王子」という立場ゆえのことだったとしても(ほとんどの理由がそうだろう)、自分を避けるものなどいないと思っていたのに。
なのにどうしてよりによって彼が——自分が唯一望む者が自分を避けようとするのか。
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