77 / 157
75 身を焦がす
しおりを挟む⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
「その光景」を目にした途端、頭の芯が焼き切れたように熱くなって、胸の奥が一気に澱んだ気がした。
いかにも仲睦まじく、そして秘密めいた様子の二人。
シィンと、あのわけあり風の美女……。
二人はツェンリェンがいても、気にしていない様子で顔を寄せ合っている。
周囲から切り離されたように。特別な二人のように。
それだけでも足元がぐらつくようなショックで、ダンジァは近づくことも去ることもできない。しかも目を逸らすこともできないまま佇んでいると、直後、視線の先のシィンが楽しげに声を上げて笑った。
その笑みに、声に、胸が軋む。気づかず食いしばった奥歯が嫌な音を立てる。
(嫌だ……)
ここにいることが嫌だ。
そう思った途端、
——どこかへ。
どこかから声がした。
耳のすぐ側。否、内側からだったかもしれない。けれどそんなことはどうでもよかった。
どこかへ。
ここではないどこかへ。
彼らを見なくてすむどこかへ。
どこかへ行かなければ。
ダンジァは身体の中から湧いてくるかのような声に追い立てられるまま、急いでこの場を去ろうと試みる。
どこかへ。
どこかへ去るのだ。
早く。早く早く。
彼らを見ずに済むところへ。
でないと——。
しかし身体が、足がうまく動かない。
刹那。
『もしかしたら、殿下の花嫁探しを兼ねてるんじゃ——なんて噂されたりもしてるしね』
立ち竦むままのダンジァに、恐れていたことが起こる。
ユェンの声が、どこからともなく蘇ってくる。
その途端、一度は抑えつけたはずの気持ちが、一度は振り払ったはずの、見ないようにしたはずの気持ちが、しぶとく息を吹き返したように次々と飛び出してくる。
先刻よりもなお鋭利な棘を持って。
それは、全く無防備だったダンジァの心をズタズタに切り裂き、切り刻み、苛んでいく。
(どこかへ、行かないと……)
じくじく疼く胸の痛みを堪えながら、ダンジァは譫言のように繰り返す。
早くここから逃げないと。
こんな自分を見られたくない。
こんな自分に気づかれたくない。その前に。早く——早く。
しかし頭の中のそんな焦燥をよそに、身体は全く動かない。指ひとつまともに動いていないのではないだろうか。自分の自由になるものが何もない。
(どうして)
さっきまではあんなに——さっきはあんなに走れていたのに。
誰を恐れることもなく、何を恐れることもなく。シィンと共にならばなんでもできるとさえ思っていたのに——。
今は自分がどんな顔をしているのかさえわからない。
どうしてこんなことになってしまったのだろう?
さっきまではあんなに幸せで、達成感と充実感に満ちていて……。
それでも辛うじて視線を引き剥がし、せめて顔を背けようとした、その寸前。
「——ダンジァ」
不意に名が呼ばれた。
——呼ばれてしまった。
気づかれてしまった。
ツェンリェンだ。
恐る恐る目を向け直す。と、彼はこちらに向けていた笑みを、ふ、と訝しそうな表情に変える。
その変化に、ダンジァは背中が冷たくなる想いだった。
自分は、今、一体どんな顔をしているのか。
シィンとその傍の女性の親しげな様子を目の当たりにして、どんな。
なんとか表情を取り繕おうとするが、上手くいっているとは思えない。
できるなら今からでも逃げ出したいものを、もちろんそんなことはできず、むしろツェンリェンの声でダンジァの存在に気づいたらしいシィンがばっと勢いよくこちらを見る。
目が合って——けれどダンジァは思わず自らのそれを逸らしてしまった。
シィンの、キラキラとした瞳。それはこの世に二つとないほど美しく、それこそ、その名の通り星のようにいつも輝いている。
その目に見つめられることが嬉しかった。誇らしかった。喜びだった。
今までは。さっきまでは。
けれど今は、その澄んだ瞳に自分がどう映っているのかを想像すると怖くてたまらない。
しかもその双眸は、ついさっき、そこにいるその女性を見つめていたのではないのか。扇の陰で。隠れるように二人して。
(——だめだ)
ダンジァは、自分の思考が昏く濁っていくことに恐れを覚えた。
シィンが誰を見ようが何をしようが関係ないはずなのだ。
百歩譲って自分に騎乗しているときならともかく、そうではない彼がここで何をしていようが騏驥の自分には関係ないはずなのだ。
なのに自分は、彼の行動を「嫌だ」と思ってしまっている。
なぜそんなことを。どうして自分ではない相手を。
——そんなふうに。
ここは、彼が自分のためにわざわざ会いにきてくれた特別な場所のはずだったのに……。
——そんなふうに。
ツェンリェンとやりとりしているシィンを見ながら、ダンジァは回らない頭で思う。
今の自分が抱いている感情は嫉妬だ。そして悲しみ。どちらも、騏驥には相応しくないものだ。いや——違う。
騏驥だって嫉妬はする。王の騏驥がダンジァにそれを向けてきたように。ダンジァの周囲にいた騏驥たちが、騎士を取り合って喧嘩していたように。
けれど彼らと自分が違うのは、自分の方がより愚かだということだ。
自分は騏驥の立場を弁えておらず、だから嫉妬がいっそう恥ずかしくてみっともなくて、気持ちの持って行き場がない。
彼に感謝を伝えるつもりだった。
言葉で、声で、表情で、自分の全部で。
あなたに乗ってもらえて幸せです、と、周囲から褒められるこの結果を出せたのはあなたのおかげなのです、と。
彼に会えたなら、感謝を伝えるつもりだったのだ。
それなのに。
それなのに、今は——。
その人は誰ですか?
あなたにとってどんな人なのですか?
さっきは二人で何を?
今、胸の中に浮かんでくるのはそんな言葉ばかりだ。
まるで騎士であり王子である彼を問いつめようとするかのような、分不相応な言葉。
自らの下衆さにダンジァは大きく顔を顰める。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】竜を愛する悪役令嬢と、転生従者の謀りゴト
しゃもじ
BL
貴族の間で婚約破棄が流行し、歪みに歪んだサンドレア王国。
飛竜騎士団率いる悪役令嬢のもとに従者として転生した主人公グレイの目的は、前世で成し遂げられなかったゲームクリア=大陸統治を目指すこと、そして敬愛するメルロロッティ嬢の幸せを成就すること。
前世の記憶『予知』のもと、目的達成のためグレイは奔走するが、メルロロッティ嬢の婚約破棄後、少しずつ歴史は歪曲しグレイの予知からズレはじめる……
*主人公の股緩め、登場キャラ貞操観念低め、性癖尖り目、ピュア成分低めです。苦手な方はご注意ください。
*他サイト様にも投稿している作品です。
【本編完結済】神子は二度、姿を現す
江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結
ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。
死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが
神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。
戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。
王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。
※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。
描写はキスまでの全年齢BL
箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜
真木もぐ
BL
「他人に触られるのも、そばに寄られるのも嫌だ。……怖い」
現代ヨーロッパの小国。王子として生まれながら、接触恐怖症のため身分を隠して生活するエリオットの元へ、王宮から侍従がやって来る。ロイヤルウェディングを控えた兄から、特別な役割で式に出て欲しいとの誘いだった。
無理だと断り、招待状を運んできた侍従を追い返すのだが、この侍従、己の出世にはエリオットが必要だと言って譲らない。
しかし散らかり放題の部屋を見た侍従が、説得より先に掃除を始めたことから、二人の関係は思わぬ方向へ転がり始める。
おいおい、ロイヤルウエディングどこ行った?
世話焼き侍従×ワケあり王子の恋物語。
※は性描写のほか、注意が必要な表現を含みます。
この小説は、投稿サイト「ムーンライトノベルズ」「エブリスタ」「カクヨム」で掲載しています。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
ヒールオメガは敵騎士の腕の中~平民上がりの癒し手は、王の器に密かに溺愛される
七角@書籍化進行中!
BL
君とどうにかなるつもりはない。わたしはソコロフ家の、君はアナトリエ家の近衛騎士なのだから。
ここは二大貴族が百年にわたり王位争いを繰り広げる国。
平民のオメガにして近衛騎士に登用されたスフェンは、敬愛するアルファの公子レクスに忠誠を誓っている。
しかしレクスから賜った密令により、敵方の騎士でアルファのエリセイと行動を共にする破目になってしまう。
エリセイは腹が立つほど呑気でのらくら。だが密令を果たすため仕方なく一緒に過ごすうち、彼への印象が変わっていく。
さらに、蔑まれるオメガが実は、この百年の戦いに終止符を打てる存在だと判明するも――やはり、剣を向け合う運命だった。
特別な「ヒールオメガ」が鍵を握る、ロミジュリオメガバース。
吸血鬼公爵の籠の鳥
江多之折(エタノール)
BL
両親を早くに失い、身内に食い潰されるように支配され続けた半生。何度も死にかけ、何度も自尊心は踏みにじられた。こんな人生なら、もういらない。そう思って最後に「悪い子」になってみようと母に何度も言い聞かされた「夜に外を出歩いてはいけない」約束を破ってみることにしたレナードは、吸血鬼と遭遇する。
血を吸い殺されるところだったが、レナードには特殊な事情があり殺されることはなく…気が付けば熱心に看病され、囲われていた。
吸血鬼公爵×薄幸侯爵の溺愛もの。小説家になろうから改行を増やしまくって掲載し直したもの。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる