【花鳥風月 花国の巫女と月の補佐官】決められた婚約よりも運命の出逢いを選ぶなら

桜以和果

文字の大きさ
6 / 6

また、春に咲く(2)

しおりを挟む
 その日、結霊神殿の境内には、柔らかな春の光が差し込んでいた。風は穏やかで、香の煙がゆるやかにたなびき、舞の広庭には巫女たちの衣擦れの音が響いていた。
 巫女たちが、各国それぞれの衣をまとい、鳥国の舞師たちの指導のもと、舞の練習に取り組んでいるのだ。
 円を描くようにゆっくりと歩を進めながら、幾度も型を繰り返している。

 中心では、霧羽が静かに巫女たちの動きを見守っていた。
 鳥国からの使節のひとりである霧羽は、中性的な姿と優雅な物腰で、いつも淡く笑みをたたえている。美しいが、まるで何もかも見透かしているように思える雰囲気だ。
 今も、風の流れや足運び、袖の動きまで、一つひとつを見逃さぬように目を凝らしている。その姿は、どこか神事の予兆を読む鳥のようで、近寄りがたい気配を纏っている。

 花鈴は、その様子を遠くから見ていた。

(懐かしい……)

 心の中でそっとつぶやく。若い巫女たちの舞う姿が、かつての自分と重なる。
 初めて神殿で舞を学び、四霊祭という大舞台に立つことに、心を躍らせると同時に緊張で震えていたあの頃の記憶。
 
(四年前、この場所で)

 甘酸っぱいような思いが、じわりと胸を満たす。
 そのとき、懐かしい香りを乗せて風が吹いた。
 
 髪飾りが微かに揺れる。
 気づけば、彼女はふわりと衣を翻していた。

 一歩——。
 袖が風をはらみ、薄い衣がふわりと揺れる。

 また一歩——。
 静かな旋回。足元で、舞い落ちた花びらが小さく舞い上がる。

(そう……こんなふうに……)

 風に溶け、光にほどけるように。
 でも今は、誰かに見せるためでも、巫女としての務めでもない舞い。
 心の中に残る旋律に促されるかのように。

 降り注ぐ陽光はまばゆく、けれど優しい。

「……あ……」

 ふいに我に返った。
 頬が熱い。胸がどきどきしている。
 辺りには誰もいないはずだった。
 けれど、どこからか微かな気配を感じるような……気がしてしまう。

(……誰かに、見られていた?)

 恥ずかしさに胸がざわめく。
 花鈴はそっと辺りを伺うと、ややあって、そーっとその場を離れる。
 誰にも見られていない……と思う。
 それでも、四年前を想い、その想いに浮かされたように思わず身体が動いてしまったことが、無性に恥ずかしくて堪らない。
 頬の熱さを冷ましたくて、花鈴はそそくさとその場を離れた。


◇  ◇  ◇


「ああ、補佐官どの。探しておりました。どちらにいらしたのですか? 儀式の手順についての確認書が届いたのですが、こちらの意図とは少々異なっておりまして……」

 月国の宿舎近くの回廊。
 やや息を切らした官吏の声に、玲真は足を止めた。
 気づかれぬようにひとつ息を吐き、胸のざわめきを押し込める。

「そうか……では、見てみよう」

 差し出された巻物を受け取りながら、視線だけは書面に向ける。けれど、心はまだ先ほどの光景に囚われていた。

 あれは、ほんの偶然のひと場面だったはずだ。
 迷い込んだ神殿の裏手、思いがけず目にした——あの、優雅な愛らしい舞い。

(あれは……)

 ふわりと風をはらんで揺れる衣。
 舞い落ちる花びら。
 それは確かに、どこか懐かしい気配を纏っていて……。

(あの巫女は——まさか……)

「補佐官どの?」

 官吏の声に、玲真は慌てて巻物に目を戻した。

「……なるほど。確かにいくつか文言の修正が必要だな。神器の取り扱いは、殿下にもご確認いただくべきだろう……」

「左様ですか。では国に戻ったときに補佐官どのの方から……」

「ああ。だがもう少しこちらで吟味してからにしよう。場合によっては月詠の吟誦も必要になるかもしれない」

「かしこまりました。ではわたくしもお手伝いを……?」

「ああ、頼む」

 書類を巻き直し、部屋へ向けて歩きながら、玲真は改めて神殿の回廊を見渡した。

 今回、玲真がこの神殿を訪れているのは、祭りが執り行われるにあたっての折衝役としてだ。
 当日まではまだ日があるが、準備が進むにつれ、過去のしきたりとの相違の確認や各国のやり方との調整が必要になる。
 
 祭りを取り仕切っているのは花国とはいえ、他の三国にも任されている役割があるのだ。その役割のため、月国からは、官吏たちのほか記録官や月詠、記憶術師といった者たちが自国とこことを行き来しており、今回は玲真がその役割なのだった。

 そして四年ぶりのこの地は、記憶のままの荘厳さを保ちつつも、いくつもの変化が混じっていた。
 見た覚えのない石が据えられていたり、霊脈の結界が位置を変えていたり……。
 だから、道を間違えた。
 それだけのはずだった。

(……だが、あの舞は)
 
 ここには多くの巫女たちが集まっている。
 けれどあの巫女の姿は、舞の練習をしていた集団とは違っていた。
 ひとりきりで、誰に見せるわけでもなく舞っていた。

(……あれは……)

 脳裏を、先刻目にした光景がよぎる。

 白い袖が、揺れる。
 春の香りの中で、静かにたおやかに、そして鮮やかに舞っていた少女。

 その印象は、一つの記憶を呼び起こす。
 美しくて、どこか懐かしくて。

(もしや……)

 祭りまで、あと十日あまり。
 過去と未来のあいだに、かすかな風が吹き始めていた。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!

野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。  私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。  そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。

無能と蔑まれ敵国に送られた私、故郷の料理を振る舞ったら『食の聖女』と呼ばれ皇帝陛下に溺愛されています~今さら返せと言われても、もう遅いです!

夏見ナイ
恋愛
リンドブルム王国の第二王女アリアは、魔力を持たない『無能』として家族に虐げられ、厄介払いとして敵国ガルディナ帝国へ人質に送られる。死を覚悟した彼女だが、あまりに不味い帝国の食事に耐えかね、前世の記憶を頼りに自ら厨房に立つことを決意する。 彼女が作った温かい家庭料理は、偶然離宮を訪れた『氷の皇帝』レオンハルトの孤独な心を癒していく。やがてその味は堅物騎士団長や宰相をも虜にし、食べた者を癒す奇跡から『食の聖女』と讃えられるように。 価値を知った故郷が「返せ」と言ってきたが、もう遅い! これは、料理で運命を切り開き、最強皇帝から世界一甘く溺愛される、美味しい逆転シンデレラストーリー。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
【3月中ーー完結!!】 私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 二十年の裏切りの果て、その事実だけを抱え、離縁状を置いて家を出た。 そこで待っていたのは、凍てつく絶望――。 けれど同時に、それは残酷な運命の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と縋られても、 死の淵を彷徨った私には、裏切ったあなたを許す力など残っていない。 「でも、子供たちの心だけは、 必ず取り戻す」 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔い、歪な愛でもいいと手を伸ばした彼女が辿り着いた先。 それは、「歪で、完全な幸福」か、それとも――。 これは、"石"に翻弄された者たちの、狂おしい物語。

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、すれ違いの末に離れ離れになった夫婦の物語。 再会したとき、二人が選ぶのは「離婚」か、それとも「再構築」か。 妻を一途に想い続ける夫と、 その想いを一ミリも知らない妻。 ――攻防戦の幕が、いま上がる。

【完結】シロツメ草の花冠

彩華(あやはな)
恋愛
夏休みを開けにあったミリアは別人となって「聖女」の隣に立っていた・・・。  彼女の身に何があったのか・・・。  *ミリア視点は最初のみ、主に聖女サシャ、婚約者アルト視点侍女マヤ視点で書かれています。  後半・・・切ない・・・。タオルまたはティッシュをご用意ください。

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

処理中です...