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第1巻 犬耳美少女の誘拐
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人は誰しもが裏の顔を持っている。
真面目で誠実という言葉が当てはまるこの俺でさえも、表と裏の顔を使い分けている。
世界は綺麗なものばかりじゃないし、かといって汚れたものばかりでもない。
あくまでも世界は中立の立場にいる。
それを決めるのは俺達だ。
自分がどう思い、どう感じるか。
世界という支配できない大きな領域に手を伸ばし、答えを求める。返ってくる返事はいつもこうだ。
〈世界は支配されるのを待っている〉
***
ヴィーナスが食堂に戻ってくるまで、それほど時間は掛からなかった。
「大変なの! クロエが……クロエがどこにもいないわっ!」
食堂に響くヴィーナスの可憐な声。
メイド達の様子を見ても明らかだった。
バタバタと焦るように動き回っており、必死にクロエを捜している。
クロエ専属のメイドであるハーフエルフのシーアが、顔を真っ青にしてウィルのところまで走ってきた。
『クロエ様は……つい1時間前までいらっしゃいましたが……突然、何者かに連れ去られて……』
俺と双子も立ち上がり、ウィルの座っているテーブルに移動する。
張り詰めた空気。
冷静沈着なウィルでさえも、額に一滴の汗が光っていた。
「どうしてすぐに報告しなかったんだい?」
ウィルが聞く。
責めているような感じはない。落ち着いて、優しい声で問うた。
「わ、私、頭がぼーっとしておりまして……」
「なるほど。頭がぼーっと、ね」
「本当なんです! どうか、信じてください……ウィル様……」
神にすがるような目でウィルを見つめるシーア。
彼女からしてみれば、この失態は自身のクビがかかったものになるのかもしれない。
俺の見解では、ウィルがそんなことをするとは思えないが。
「勿論信じるよ」
はっきりと告げたリーダーの声に、思わず惚れる。
俺がシーアと同じ立場だったら、ここでウィルに落ちていたところだ。小さな拳を強く握り締め、その瞳は責任感に燃えている。
「全ては管理できなかった僕の責任だ。ハル、シーアを部屋に運んで、休ませてあげて欲しい。多分熱がある。そしてアル、キミはロルフと一緒に行動するように」
ウィルからの指示が飛んだ。
ハルは文句を言うことも忘れ、シーアに寄り添って部屋に動き出す。
アルだって緊張感は持っているらしい。
ここまで素直に指示に従うアルを初めて見た。
「ロルフ、本拠地は任せた」
凛々しい表情のウィルに、意見する者はいない。
その後ウィルはメイド達にも的確な指示を出し、クロエのことは全て自分に責任があるとして謝罪した。みんな首を横に振っていたが、今はいろいろ言っている時間なんてない。何者かに誘拐されたのか、それとも自分で姿を消したのかは定かじゃないが、同じパーティーの仲間を放っておくわけにはいかない。
「オーウェン、キミは僕と一緒にクロエの捜索に行く。武装しておいてくれ」
「はい」
なんで?
とは聞かない。
ウィルと俺にとって、この状況は前もって予測できていたものだ。
タイミングや方法などは不明だが、クロエに何かが起こることは見えていた。
じゃあ、なぜわかっていたのに、事前にクロエを保護しようとはしなかったのか。
クロエには申し訳ないが、囮になってもらったのだ。
俺も、そしてウィルも、善人なんかじゃない。善エルフでもない。
偽善者もいいところかもしれない。
だが、俺達は別に善人になることなんか望んじゃないない。
ヴィーナスはもう食堂にはいなかった。
まだクロエを捜しているのか、部屋に戻っているのか、庭にでもいるのか。
彼女のことは居残り組に任せるしかない。
武器庫に走り、愛用の長剣を取る。
俺の手に、俺の体にぴったりと馴染む最強の武器。
そして名はなき俺の相棒だ。
「思っていた以上に早かったね」
薄暗い武器庫には俺とウィルの他に誰もいない。
ふたりだけの空間だ。
別に変な意味はない。
「こんなにすぐに動くとは思いませんでした」
「それで、どうやったんだい?」
ウィルが面白そうにこっちを見てきた。
「少し精神的な揺さぶりをかけただけです。部屋にこもるぐらいには大きなダメージだったんじゃないんですかね」
俺はクロエを部屋に留めさせる必要があった。
俺達から遮断した状況さえ作ってしまえば、裏切り者は必ず動く――そう確信していた。
昨夜のアクションは嫉妬させるという意味だけでなく、同時に誘拐されやすい状況を生み出すきっかけにもなっていた、ということだ。
「それにしても、裏切り者はそんなにクロエが欲しかったんですかね? 確かに彼女がサラマンダーの血を引く者だということは聞きましたが――」
つい昨日。
俺の幼馴染の店でのこと。
クロエが手を切って出血した時だった。
彼女の流した血は、黄金色。
通常人間だろうがエルフだろうが、獣人だろうが血の色は赤だ。
幼馴染の雹華はその黄金の血に並々ならぬ興味を示した。各地の珍しいものや可愛いものをコレクションしている彼女にとって、サラマンダーの血――つまりクロエの家系の血は貴重で価値のあるものらしい。
その血に、だ。
血そのものに価値が生まれる。
ということは……。
もしクロエの黄金の血のことがそういう金好きに知れ渡れば、大変なことになる。
「裏切り者が血を求めていたとも限らないからね。僕の仮説によれば、指示を出す立場の者がいるはずだ。クロエが付けているブレスレットからの信号を辿り、黒幕のところまで案内してもらおう」
そう、もうひとつ、俺達には切り札があった。
なかなかお高くて半泣きで買ったブレスレットも、今この瞬間に役立ったというわけだ。
ケチらずに使っておいてよかった。
俺とリーダーは、最後の確認をし、本拠地から飛び出した。
真面目で誠実という言葉が当てはまるこの俺でさえも、表と裏の顔を使い分けている。
世界は綺麗なものばかりじゃないし、かといって汚れたものばかりでもない。
あくまでも世界は中立の立場にいる。
それを決めるのは俺達だ。
自分がどう思い、どう感じるか。
世界という支配できない大きな領域に手を伸ばし、答えを求める。返ってくる返事はいつもこうだ。
〈世界は支配されるのを待っている〉
***
ヴィーナスが食堂に戻ってくるまで、それほど時間は掛からなかった。
「大変なの! クロエが……クロエがどこにもいないわっ!」
食堂に響くヴィーナスの可憐な声。
メイド達の様子を見ても明らかだった。
バタバタと焦るように動き回っており、必死にクロエを捜している。
クロエ専属のメイドであるハーフエルフのシーアが、顔を真っ青にしてウィルのところまで走ってきた。
『クロエ様は……つい1時間前までいらっしゃいましたが……突然、何者かに連れ去られて……』
俺と双子も立ち上がり、ウィルの座っているテーブルに移動する。
張り詰めた空気。
冷静沈着なウィルでさえも、額に一滴の汗が光っていた。
「どうしてすぐに報告しなかったんだい?」
ウィルが聞く。
責めているような感じはない。落ち着いて、優しい声で問うた。
「わ、私、頭がぼーっとしておりまして……」
「なるほど。頭がぼーっと、ね」
「本当なんです! どうか、信じてください……ウィル様……」
神にすがるような目でウィルを見つめるシーア。
彼女からしてみれば、この失態は自身のクビがかかったものになるのかもしれない。
俺の見解では、ウィルがそんなことをするとは思えないが。
「勿論信じるよ」
はっきりと告げたリーダーの声に、思わず惚れる。
俺がシーアと同じ立場だったら、ここでウィルに落ちていたところだ。小さな拳を強く握り締め、その瞳は責任感に燃えている。
「全ては管理できなかった僕の責任だ。ハル、シーアを部屋に運んで、休ませてあげて欲しい。多分熱がある。そしてアル、キミはロルフと一緒に行動するように」
ウィルからの指示が飛んだ。
ハルは文句を言うことも忘れ、シーアに寄り添って部屋に動き出す。
アルだって緊張感は持っているらしい。
ここまで素直に指示に従うアルを初めて見た。
「ロルフ、本拠地は任せた」
凛々しい表情のウィルに、意見する者はいない。
その後ウィルはメイド達にも的確な指示を出し、クロエのことは全て自分に責任があるとして謝罪した。みんな首を横に振っていたが、今はいろいろ言っている時間なんてない。何者かに誘拐されたのか、それとも自分で姿を消したのかは定かじゃないが、同じパーティーの仲間を放っておくわけにはいかない。
「オーウェン、キミは僕と一緒にクロエの捜索に行く。武装しておいてくれ」
「はい」
なんで?
とは聞かない。
ウィルと俺にとって、この状況は前もって予測できていたものだ。
タイミングや方法などは不明だが、クロエに何かが起こることは見えていた。
じゃあ、なぜわかっていたのに、事前にクロエを保護しようとはしなかったのか。
クロエには申し訳ないが、囮になってもらったのだ。
俺も、そしてウィルも、善人なんかじゃない。善エルフでもない。
偽善者もいいところかもしれない。
だが、俺達は別に善人になることなんか望んじゃないない。
ヴィーナスはもう食堂にはいなかった。
まだクロエを捜しているのか、部屋に戻っているのか、庭にでもいるのか。
彼女のことは居残り組に任せるしかない。
武器庫に走り、愛用の長剣を取る。
俺の手に、俺の体にぴったりと馴染む最強の武器。
そして名はなき俺の相棒だ。
「思っていた以上に早かったね」
薄暗い武器庫には俺とウィルの他に誰もいない。
ふたりだけの空間だ。
別に変な意味はない。
「こんなにすぐに動くとは思いませんでした」
「それで、どうやったんだい?」
ウィルが面白そうにこっちを見てきた。
「少し精神的な揺さぶりをかけただけです。部屋にこもるぐらいには大きなダメージだったんじゃないんですかね」
俺はクロエを部屋に留めさせる必要があった。
俺達から遮断した状況さえ作ってしまえば、裏切り者は必ず動く――そう確信していた。
昨夜のアクションは嫉妬させるという意味だけでなく、同時に誘拐されやすい状況を生み出すきっかけにもなっていた、ということだ。
「それにしても、裏切り者はそんなにクロエが欲しかったんですかね? 確かに彼女がサラマンダーの血を引く者だということは聞きましたが――」
つい昨日。
俺の幼馴染の店でのこと。
クロエが手を切って出血した時だった。
彼女の流した血は、黄金色。
通常人間だろうがエルフだろうが、獣人だろうが血の色は赤だ。
幼馴染の雹華はその黄金の血に並々ならぬ興味を示した。各地の珍しいものや可愛いものをコレクションしている彼女にとって、サラマンダーの血――つまりクロエの家系の血は貴重で価値のあるものらしい。
その血に、だ。
血そのものに価値が生まれる。
ということは……。
もしクロエの黄金の血のことがそういう金好きに知れ渡れば、大変なことになる。
「裏切り者が血を求めていたとも限らないからね。僕の仮説によれば、指示を出す立場の者がいるはずだ。クロエが付けているブレスレットからの信号を辿り、黒幕のところまで案内してもらおう」
そう、もうひとつ、俺達には切り札があった。
なかなかお高くて半泣きで買ったブレスレットも、今この瞬間に役立ったというわけだ。
ケチらずに使っておいてよかった。
俺とリーダーは、最後の確認をし、本拠地から飛び出した。
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※小説家になろうにも掲載しています。
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