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第19話 頂点のシチュー

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「よし、準備は完璧だ」クリスが張りきった声で言った。「後は調理するだけ」

 男子三人は、アジトに帰る途中に大量の食材をエルフの街で買っていた。

「家に帰ったら頂点のシチューを作るんだ」その際、クリスは誰よりも楽しそうだった。

 クリスは帰ってからというもの、もう一時間はキッチンに立って何もしていない。アキラとジャックから見れば、ぼうっと突っ立っているだけだったが、実は入念にイメージトレーニングを行っていた。

「今日はスペイゴールで一番美味しいシチューを作る。レストランで一万ベシ以上の価値がつくシチューだ」

 ちなみに、一万ベシを円に変換すると一万円だ。クリスはその料理の腕前から、「杖士ブレイカーよりも料理人の方が向いている」と周囲に言われ続けていた。結果として杖士ブレイカーになることを選んだが、彼自身、料理には異常なほどのこだわりがある。

「クリス、それよりランランとシエナはいつ帰ってくるんだ?」アキラが聞く。「迷子になってないよな?」

「帰り道はわかるはず」クリスが答える。「もしこの前みたいなことになる予感がしたら、すぐに三人で助けにいこう」

 この前というのは、二人がゴブリンの王国である、ゲチハデ王国の国王、ダグラスに奴隷にされかけたときのことだ。

「わかった。まあ、今回の俺の直感は何も言ってないから安心だな」

 そうして、クリスはやっとシチューの調理を始めた。



 一方、ユハ帝国にはドラゴンキラーが訪れていた。

 伝達係の腕は丁寧に縫って治してある。糸はだんだん皮膚に溶けてなくなっていき、最終的には完全にもと通りの腕となった。
 ドラゴンキラーは怪我の手当に関しても一流だ。

「お前がドラゴンキラーか」サハエル議長が言った。「顔を見せろ」

 ドラゴンキラーは議長に従うことなどなかった。剣を議長に対して構える。

「待て待て」議長は慌てた。「冗談だ、冗談だ。まずその剣を下ろして……くれ」

 ドラゴンキラーはゆっくりと剣を下ろした。しかし、また議長が自分に命令したら、そのときは一瞬で腕を――いや、今度は脚を切り落とすつもりだった。

「デイブレイク三人を相手に勝利したそうだな」

 ドラゴンキラーがゆっくりと一度うなずく。
「話さないのか?」

 またドラゴンキラーが剣を構えようとした。

「いや、いや。聞いてみただけだ」

 しかし、ドラゴンキラーは議長のおびえる顔を見て満足したらしい。「お前の与える報酬とはなんだ?」

 議長はドラゴンキラーの恐ろしく低く、兜の中でこもった声に、さらにおびえた。しかし、顔には出ないようにした。

「早く言え」

「帝国に防衛に対する報酬は、金貨でどうだ?」議長は様子をうかがっている。

「どれくらい?」

「そうだな……どのくらい欲しい?」

「この帝国の所持する金貨九割だ」ドラゴンキラーが答えた。

「九割!? それは……困る。三割お前にやるから、他に欲しい報酬を言ってくれ」

「……では、アキラだ」

「それは、デイブレイクのメンバーのことか? あのアキラなのか?」驚いて聞き返す。「なぜだ?」

「俺に質問をするな」またドラゴンキラーが剣を構える。

「悪い、悪い。あのアキラを捕まえ、お前に差し出そう。やつは好きなようにしていい」

 ドラゴンキラーがじっくり考えた。「……いいだろう。ただし、アキラの首はそのままにしておけ。生きたまま、連れてこい」

「わかった」議長は約束した。

 ドラゴンキラーは早速、帝国の防衛ラインに向かっていった。

「議長、アキラを生きたまま連れてこいなんて、到底できません」伝達係が言う。「この大陸最強の戦士といっても過言ではないのですよ」

「お前にやらせるつもりはない。確かにやつは手強いが、我々の軍が集団で、一人ぼっちのときに奇襲をかければ……勝算はある」

「なるほど、しかしどうやって一人に?」

「焦るな。作戦は入念に練ることだ」
 議長の邪悪な笑い声が、議会のホールに響いていた。



「まずはタリーとラスをざく切りに」
 クリスは野菜を丁寧に切っていた。完璧な包丁さばきで、誰にも真似できない。あっという間に大量の野菜を切り終わった。

「次は香りづけのニールとビズ」
 ニールとビズはエルフの街でしか売っていないという香りの強い草だ。
 あえて包丁で刻まず、手でちぎる。そうすると香りがさらに強くなり、火を入れてもまったく香りが失われない。

「ヤコンのミルクは搾りたて。ヤギのミルクと、ホワイトウルフのミルクもミックス」

 クリスのシチューには三種類の動物から搾ったミルクが使われている。

 ホワイトウルフのミルクは甘みが強く、ヤギのミルクのクセをうまく中和してくれる。割合は七対三。しかし二つを合わせた量と同じだけヤコンのミルクを使う。
 ヤコンのミルクはクセがまったくなく、ほどよい塩味もあってそのままでも美味しい。

「ヤコンの肉も入れておこうか」
 ヤコンの肉には豊富な栄養が含まれているが、火が入るのに時間がかかる。そのため、クリスは先に隠し包丁を入れ、鍋に入れる前に軽くあぶっておいた。

 クリスが目の前の料理に集中していると、美味しそうな匂いにつられてアキラがキッチンにやってきた。

「味見させてくれ!」

「少しの我慢だ。今味見すると、後からの感動が減るかも」

「お願いだよー」アキラがランランのように駄々をこねる。「今すごい腹ペコなんだ」

「だめだ」

 アキラはやることがないのか、味見できないとわかってもキッチンに残っていた。クリスのシチュークッキングを視聴したいのだろう。

 クリスがまた料理モードに入る。
「エルフの酒、畑の豆、トラスにエルフの涙。よし、いい感じだ」

「そんなもの入れてるのか?」

「これが美味しさの秘密さ」

「すげー」

 そうして、完璧で美しく、頂点の中の頂点を極めた、シチューが完成した。

 詳しいレシピを記すととんでもなく長くなるため、それはクリス本人に聞くことをおすすめする。

「よし! できたぞ!」クリスが叫んだ。「間違いなくスペイゴールの頂点だ」

「クリスは最高だ! これでこそ親友!」アキラも一緒に叫ぶ。

 ジャックは食事のテーブルの前でずっと待っていた。「いい香りだ」

「だろだろ? これが最高なんだよ!」

「それしたら、いただき――」

 そのとき、ちょうど玄関の扉が開いた。「疲れたー。アキラ、クリスはどうだった? あ! クリスだ!」

 女子二人が帰ってきた。

「ランランったら、レストランでシチューを五人前も食べたの」シエナが言う。「でも、クリスが戻ってよかったわ」

「おいおい! 俺たちは必死にクリスを捜して、ローレライとかいうやつの家を――」

「まあまあ、アキラ」とクリス。「もう解決したことだ」

「クリス……」ランランは少しだけ気まずそうだ。「あたし、あのときは……」

「気にしないでくれ。ローレライとは決着をつけたよ」

「そうなんだ……」

「それより、クリスが最高のシチューを作ったんだ! あ、でも、ランランは五人前食べたんだっけ?」

 シエナがくすっと笑う。「食べられないかもね」

「絶対食べる!」ランランが叫んだ。「クリスの料理ならいくらでも入るもん!」

 数分後。

「うぇーん! こんなに美味しいのに、お腹がいっぱいだよー!」

「言っただろ。残念だな」アキラは幸せそうにシチューをほおばっている。「こんなうまいシチュー、いくらでも食べれる」

「喜んでくれてよかった」クリスが言った。

「間違いなく頂点のシチューだ」珍しくジャックが褒めた。「お前を誇りに思う」

 アジトには、四人の幸せな微笑みと、一人の苦痛の泣き声が響いていた。 



★ ★ ★



 ~作者のコメント~
 今回は料理の回でした。
 異世界クッキングですね。食材も、我々の世界では入らないようなものばかりだったので、作るのは難しいかもしれません。
 ジャックが褒めるほどの美味しさですから、よほど最高なのでしょう。
 これからのクリスクッキングにも期待したいです。
 もうすぐシーズン3になります。まだまだ長くなりそうです。
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