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一線を超えたアイドルとファン
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しばらくの間、二人で黙り込んだ。
こうなってしまった時点で、もう取り返しがつかないのだ。
「ごめんなさい・・・」
そう言ってくるまっていた布団から出ようとすると、拓也が私の腕を掴んだ。
「ちょっと待って・・・とりあえず冷静になろう。」
別にお互いに悪いことをしたわけではない。
お互いに気がつかなかっただけだ。
いい歳をした独身で恋人のいない男女が交際することになり、いい雰囲気になって二人きりになればこうなることは当然だ。
それに、彼は強引にしてきたわけではなく私が合意した上で事に至ったわけで、不快な気持ちなどなない。
むしろその逆。
たまたま同じ会社の人を好きになって、たまたまその人が私のファンだっただけ。
でも、ファンと関係を持つということは一番あってはならないこと。
実質、ファンとデキ婚をしたメンバーは、ファンからバッシングを受けてもう二度とアイドルはできなくなり、ひっそりと身を潜めながら生活をしている。
私は止まらぬ涙を拭いながら、ただ謝罪をした。
(夢を壊してごめんなさい・・・・)
身支度を整えて、逃げるようにマンションを後にする。
時刻は朝7時
メイクは昨日のままで、ファンデーションと薄付きのリップを塗っているだけとはいえ崩れているし、寝癖を確認することなく飛び出してきてしまった。
こんな私の姿を、道ゆく人は嘲笑うだろう。
気の済むまで走って、しゃがみ込む。
こんな夢なら見なければよかった。
(よりによってファンと・・・)
このまま掲示板に書き込みをされて、関係を持ったことが広がってしまうかもしれない。
男の人の家で朝まで過ごしたこともグループ内で問題になるかもしれない。
この光景を誰かが見ているかもしれない。
(実はハニートラップだったのかも・・・事務所に連絡した方がいいのかな?)
しかし、すぐ後ろで同じように息を切らす声に振り向くと拓也も同じようにしゃがみ込んでいた。
急いでランニング用のウェアを着て、ランニング用のシューズで追いかけてきたようで、ヒールで走る私には簡単に追いついてしまったのだ。
「さすが、アイドル・・・足速すぎ」
とニッコリ笑う。それでも私の表情を見てすぐに駆け寄った。
とめどなく溢れる私の涙を、細くて長い指先で拭う。
言われてみればこの手は覚えている。
ライブには毎回足を運んでくれて、ライブ終わりの物販もたくさん購入してくれて、いつも優しい言葉をかけてくれて、センスのいいプレゼントを渡してくれた。
何度もアイドルを辞めようと思った時に、彼の顔を思い浮かべた。
大きなマスクにメガネをかけて、表情はわからなかったけれど・・・
走る気力もなくなって、ただ拓也の目を見つめる。
昨夜のベッドの上での温度、声、感覚を思い出しては愛しさだけが募る。
「後悔してる?昨日のこと・・・
俺はなかったことになんて絶対にしたくないし、これからも結婚を前提に本気で付き合いたいと思ってる。それは、かのんちゃんだからじゃなくて、奏だから・・・」
そう言って私を優しく抱きしめる。
私だってなかったことにされたくない。
体に刻まれたその熱も甘い痛みも忘れたくはない。
「第一、もう卒業したんでしょ?恋愛はもう自由なんじゃないの?」
「卒業はしてますが今月末までは事務所の契約があります。それまで恋愛は禁止です。なのに破りました・・・」
「真面目だね~~~。だって同じグループの『みれい』と『のあ』は普通に彼氏いるじゃん。」
『みれい』と『のあ』は新メンバーの女子高生だった。
「そうなんですか?」
「逆に知らないの?あんなにSNSで匂わせしておいて?ファンの中でも有名な話だったよ。
俺もいつかのんちゃんに熱愛疑惑であるか冷や冷やしてたもん。
染まらないでいてくれてありがとう・・・
俺、てっきり結婚するからアイドル辞めると思ってずっと落ち込んでいて、仕事も全然やる気出なくて・・・はあ・・・・ずっと応援してきてよかった・・・」
と私の手を握る。
私が呆気にとられていると、拓也は突然冷静になる。
「ごめん・・・そう考えると俺超気持ち悪くない?大丈夫?」
「そんな事ないです。全公演ライブに来てくれて、毎回プレゼントくれて、チェキもCDも必ず10枚以上購入してくれて・・・・」
「ちょっとまって、それ言われると俺が恥ずかしいんだけど・・・え・・・やばくない・・・俺超、気持ち悪いじゃん・・・」
「生活大丈夫なのかな?っていつも心配してましたけど、こんないい部屋に住んでいて安心しました。私が生活めちゃくちゃにしちゃって逆恨みされたら怖いなってちょっと思ってました。」
「え・・・だいぶ引いてたよね・・・どうしよう・・・俺同担の人に刺されるのかな・・・」
拓也は頭を抱えていた。
「私は、何回もアイドルやめようと思っていました。でも、拓也(実際声に出して呼ぶのは恥ずかしい・・・)のように待ってくれている人がいるから、25歳になるまで走り切れました。感謝してもしきれないです。ありがとうございました。」
この異例の経歴を語らなければ私たちはただの職場恋愛だ。
そう、そう言い張ればいい。
私はただの一般人で、彼は上司。
こうなってしまった時点で、もう取り返しがつかないのだ。
「ごめんなさい・・・」
そう言ってくるまっていた布団から出ようとすると、拓也が私の腕を掴んだ。
「ちょっと待って・・・とりあえず冷静になろう。」
別にお互いに悪いことをしたわけではない。
お互いに気がつかなかっただけだ。
いい歳をした独身で恋人のいない男女が交際することになり、いい雰囲気になって二人きりになればこうなることは当然だ。
それに、彼は強引にしてきたわけではなく私が合意した上で事に至ったわけで、不快な気持ちなどなない。
むしろその逆。
たまたま同じ会社の人を好きになって、たまたまその人が私のファンだっただけ。
でも、ファンと関係を持つということは一番あってはならないこと。
実質、ファンとデキ婚をしたメンバーは、ファンからバッシングを受けてもう二度とアイドルはできなくなり、ひっそりと身を潜めながら生活をしている。
私は止まらぬ涙を拭いながら、ただ謝罪をした。
(夢を壊してごめんなさい・・・・)
身支度を整えて、逃げるようにマンションを後にする。
時刻は朝7時
メイクは昨日のままで、ファンデーションと薄付きのリップを塗っているだけとはいえ崩れているし、寝癖を確認することなく飛び出してきてしまった。
こんな私の姿を、道ゆく人は嘲笑うだろう。
気の済むまで走って、しゃがみ込む。
こんな夢なら見なければよかった。
(よりによってファンと・・・)
このまま掲示板に書き込みをされて、関係を持ったことが広がってしまうかもしれない。
男の人の家で朝まで過ごしたこともグループ内で問題になるかもしれない。
この光景を誰かが見ているかもしれない。
(実はハニートラップだったのかも・・・事務所に連絡した方がいいのかな?)
しかし、すぐ後ろで同じように息を切らす声に振り向くと拓也も同じようにしゃがみ込んでいた。
急いでランニング用のウェアを着て、ランニング用のシューズで追いかけてきたようで、ヒールで走る私には簡単に追いついてしまったのだ。
「さすが、アイドル・・・足速すぎ」
とニッコリ笑う。それでも私の表情を見てすぐに駆け寄った。
とめどなく溢れる私の涙を、細くて長い指先で拭う。
言われてみればこの手は覚えている。
ライブには毎回足を運んでくれて、ライブ終わりの物販もたくさん購入してくれて、いつも優しい言葉をかけてくれて、センスのいいプレゼントを渡してくれた。
何度もアイドルを辞めようと思った時に、彼の顔を思い浮かべた。
大きなマスクにメガネをかけて、表情はわからなかったけれど・・・
走る気力もなくなって、ただ拓也の目を見つめる。
昨夜のベッドの上での温度、声、感覚を思い出しては愛しさだけが募る。
「後悔してる?昨日のこと・・・
俺はなかったことになんて絶対にしたくないし、これからも結婚を前提に本気で付き合いたいと思ってる。それは、かのんちゃんだからじゃなくて、奏だから・・・」
そう言って私を優しく抱きしめる。
私だってなかったことにされたくない。
体に刻まれたその熱も甘い痛みも忘れたくはない。
「第一、もう卒業したんでしょ?恋愛はもう自由なんじゃないの?」
「卒業はしてますが今月末までは事務所の契約があります。それまで恋愛は禁止です。なのに破りました・・・」
「真面目だね~~~。だって同じグループの『みれい』と『のあ』は普通に彼氏いるじゃん。」
『みれい』と『のあ』は新メンバーの女子高生だった。
「そうなんですか?」
「逆に知らないの?あんなにSNSで匂わせしておいて?ファンの中でも有名な話だったよ。
俺もいつかのんちゃんに熱愛疑惑であるか冷や冷やしてたもん。
染まらないでいてくれてありがとう・・・
俺、てっきり結婚するからアイドル辞めると思ってずっと落ち込んでいて、仕事も全然やる気出なくて・・・はあ・・・・ずっと応援してきてよかった・・・」
と私の手を握る。
私が呆気にとられていると、拓也は突然冷静になる。
「ごめん・・・そう考えると俺超気持ち悪くない?大丈夫?」
「そんな事ないです。全公演ライブに来てくれて、毎回プレゼントくれて、チェキもCDも必ず10枚以上購入してくれて・・・・」
「ちょっとまって、それ言われると俺が恥ずかしいんだけど・・・え・・・やばくない・・・俺超、気持ち悪いじゃん・・・」
「生活大丈夫なのかな?っていつも心配してましたけど、こんないい部屋に住んでいて安心しました。私が生活めちゃくちゃにしちゃって逆恨みされたら怖いなってちょっと思ってました。」
「え・・・だいぶ引いてたよね・・・どうしよう・・・俺同担の人に刺されるのかな・・・」
拓也は頭を抱えていた。
「私は、何回もアイドルやめようと思っていました。でも、拓也(実際声に出して呼ぶのは恥ずかしい・・・)のように待ってくれている人がいるから、25歳になるまで走り切れました。感謝してもしきれないです。ありがとうございました。」
この異例の経歴を語らなければ私たちはただの職場恋愛だ。
そう、そう言い張ればいい。
私はただの一般人で、彼は上司。
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