御曹司と地下アイドル〜一線を越えた夜〜

桐嶋いろは

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許されない二人

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覚悟は決めていた。
拓也が「普通の人」ではないことくらい初めからわかっていた。
芸能人や成功者だけが住むような一等地の高級マンションの高層階に住んでいて、凡人離れした金銭感覚を持っている。

拓也の車に乗せられて辿り着いたのは、都内の高級住宅街の中の大豪邸だった。
立派で大きな玄関を抜けると、誰の作品でどのくらいの値段なのかは分からないけれど「高級」だとひと目見てわかる絵画や作品が並べられている。

資産家の息子。
そう拓也は言っていた。
あくまで次男だと強調するけれど…

それは、初めから生きている世界も、吸っている空気も違うと感じだわけだ。
私の感は間違っていなかったらしい。


寂れた商店街の、寂れたスナックを経営するシングルマザーに育てられて地下アイドルやってた私って・・・

それは、お父様も結婚を簡単には認めてくれないでしょう。

どんな汚い言葉をかけられたとしても怯まないと決めていた。


だけれど、「縁談」と言う言葉が出た瞬間に全てを許せなくなったのだ。

私と結婚すると言っておいて、私が知らないところで他の人とそんな話を進めていたという現実。

きっと相手は私よりも立場が対等の、同じ世界で同じ空気を吸っている人と・・・

この甘い夢はどこからが本当でどこからが嘘?

そもそも私のことがファンだったところから嘘?

売れもしない貧乏アイドルをたぶらかすという金持ちの暇つぶし?

そんなはずないと信じたい。信じていいんだよね。

縁談なんて嘘で、私のことを一番に愛してくれているんだよね。

抱き合えば、また勘違いする自分がいる。
こんな風に優しくしてくれるのだから、私のことを愛してくれているに決まってる。


一人で強く生きていかなくちゃならないのに、離れるのが怖い。

初めてを教えてくれた相手だからこそ、この先どんな男の人と付き合うことになったとしても、この記憶は永遠と残って行くだろう。

1週間で離れることを義務付けられているのに、私たちは抱き合ってしまう。

抱き合えば抱き合うほどに、お互いのことを知って余計に愛おしくなる。


それが嫌で、惨めで、虚しかった。



翌日はまっすぐに帰宅をすることができなかった。

当然の如く心配をした拓也が私に何度か電話するが出る勇気がなかった。

また、あの家に帰って抱きしめられれば拓也を求めてしまう。
このままでは離れることが容易ではない。

拓也の着信に混ざって、『masaさん」の名前が表示される。

masaさんは幼少期、母として育ててもらった家族だ。
私に歌う楽しさを教えてくれた人。
私が、中学生の頃からは海外で活動しており、連絡もたまにアイドルの近況報告をメールでするぐらいだったが、このように唐突な連絡をくれることはなかった。

「やっほ~~~奏~~~元気?・・・あ・・・この声は元気じゃなさそうだな~~~今、日本にいるんだけど、奏がアイドル卒業したら渡さなきゃいけないものがあってさ~~今から会える?」

相変わらずの電話越しでは少しかすれながらも無理やり高くて明るい声を出すmasaさん。
その声に安心して笑みが溢れる。

その通話から、三分後くらいに車で駆けつけたmasaさんと近くのファミレスに入るが、その優しい笑顔を見た瞬間に涙がとめどなく溢れる。

「泣き方、赤ちゃんの時と変わらないんだけど~~~」と大爆笑をするmasaさん。

わけを話せば、突然ハンカチを目に当てて涙ぐむ。

コロコロと変わる表情に、幼少期に受けた母とはまた違う愛情を受けた温かい気持ちを思い出す。

「もう、そんな男やめなさい。ただの奏の追っかけの変態じゃない。それに、初恋なんだから、変にフィルターかかっていい男に見えたり、この人と一生いたいって浮かれてるだけよ。
次の男と付き合ったらころっと忘れちゃうんだから」

「そうかな・・・」

「そうそう。そうだ。奏に渡さなきゃいけないのが・・・これ!!!」

と、バッグの中から昔好きだったキャラクターのポーチに入った通帳とキャッシュカードを渡された。
私が不思議そうに見ていると。

「これ、ママが預かっててて。もう、自分で渡せばいいのにね~~~。あなたがアイドルで稼いだお金の全額よ。私は見てないんだけど・・・いやちょっと覗いちゃったんだけどね・・・」

「全部お母さんの口座に振り込んだはずだよ」

「そう言うことにして、奏の貯金口座に入ってただけなの。自分で持ってたら使っちゃいそうだからって私に預けたの。もう私海外にいるのにさ~~~ずっと、お守り代わりに大切に持ってたわよ。私がね・・・
その男に捨てられても、1年ぐらいは余裕で生きていけるでしょ?」

泣き出す私の背中をmasaさんがさする。

子供の頃も、母に怒られたあとは必ずmasaさんがフォローしてくれた。こうやって隣に寄り添って優しい口調で私の気が済むまで言い訳を聞いてくれた。

父親がいないことへの劣等感や寂しさは少しあったけれど、笑顔で過ごせたのはmasaさんがいたからだ。

「それにしても、アイドル辞めちゃったかーー。私が奏みたいにかわいかったら続けちゃうけどな~
アイドルは無理でも1人で歌えばいいのに!曲作ってあげるよ!」

とmasaさんは言う。
渡された通帳の金額を見れば、一人暮らしの資金としては十分すぎるくらいにある。
お金のためにアイドルをやってきたはずなのに、いざアイドルを辞めて男に捨てられた私はただの抜け殻。

もし、私が歌い続けたのならば例え拓也が他の女の人と結婚したとしても、ファンで居続けてくれるだろうか。
今までのことをなかったことにして、ファンとアイドルの関係に戻れた方がいいのかもしれない。

そう考えてながらも捨てきれない結婚願望。

また、芸能活動をしたら恋愛から遠のいてしまう。

結論が出せぬまま、まずは行動を起こすためにmasaさんと物件を探しに行くことにした。


帰宅をして、連絡を返さなかったことにご立腹の様子の拓也に謝罪をする。

「もう帰ってきてくれないかと思った…」

と安心した表情で私を見つめて優しく抱きしめる。

離れなければならないのに、離れるまでの期限が決められてからというものの以前よりも私に触れる回数が増えた拓也にこの先が思いやられてしまう。

だから、私は冷たく返す。

「今日、部屋を決めてきました。今週末で引っ越します。それまでご迷惑おかけします。」

「どういうこと…?どうして相談もせずに勝手に決めるの?」

「住んでるところ教えたら、拓也はまた会いにくるでしょ?今は離れなきゃ…」

「あ、そう・・・もういいよ。勝手にすれば?」

この時から拓也は、冷たくなった。


拓也は、『一緒にいられる方法』を考えてくれている。
だけれど、私には『一緒にいて不幸になる結末』しか描けない。

もっと、普通の家庭に育って普通の女の子だったらよかったのにね・・・

ごめんね・・・


引越しまで残り3日でそんな感情を隠しながら仲良くするのもおかしな話。

ギクシャクして、私のことを嫌いになってほしいと願ったのは私の方。

それでも背中合わせで眠るベッドはさみしい。

同じ空間で会話をしないのは苦しい。
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