御曹司と地下アイドル〜一線を越えた夜〜

桐嶋いろは

文字の大きさ
38 / 48
許されない二人

しおりを挟む

当然のことながら引っ越しの荷物は少なかった。
家電も家具もmasaさんと決めたし、あっさりとお礼を行って拓也に鍵を返した。

「仕事の時は今まで通りにしてほしい」という我儘を最後に突き通す。
隠してきた恋愛だからこそ、これからも隠し通したいもの。

はじめて恋にサヨナラを告げて、新たな生活をするアパートは6畳一間の決して広いとは言えないけれど、寮に比べれば贅沢すぎるくらいで、1人での生活ならば充分な広さだった。

シングルの布団で眠る夜が寂しいのは初日だけだと思い込むようにする。

一人暮らしが落ち着いた頃に、実家へと赴き通帳のお礼を言うと母は照れ臭そうにした。

「使いすぎないように結婚資金に残しておきな」と言ったが生憎、結婚相手はいないという事実に虚しくなる。

母は、今の私の年齢ではすでに姉を産んでいるというのに。

開店前の店内では、母が好きな洋楽が流れる。

母の仕込みの手伝いをしながら、母が出した冷たく冷えたりんごジュースを飲む。

りんごジュースを少しずつ口に含んでは拓也のことを思い出す。

ここまでの経緯や、彼氏については母に言わぬようにとmasaさんに口止めをしてもらっていた。
きっと怒って拓也の実家に乗り込みに行きそうだったからだ。

(いつか、お母さんが喜んでくれそうな相手を紹介できるように頑張るね!)

その時、お店のドアが開く。

「こんちはーー。え?バイト雇ったの?」

と母に気さくに話しかける青年に「違うわよ。うちにそんな余裕あるわけないでしょ!
と母は返す。

彼は「だよねーー」と失礼な返答をした。
普通は否定するものなのに。

年は私とさほど変わらない、黒髪でパーマをかけていて拓也のように長身でスタイルがよく顔の整った男だった。くりっとした目は小動物のように愛らしいのに、目元のホクロと薄い唇と整った凛々しい眉が「雄」であることを再認識させる。

目が合えばそらすことができなくなる。


彼は、私服で、白のニットに黒のスキニーパンツを合わせておりそのシンプルながらも洗練されたファッションがよく似合う。
こちらに目を向けながら商店街のお知らせ回覧板を母に渡す。

拓也と違うのは、常にニコニコと笑顔で、母とすぐに世間話を始めるぐらいのコミュニケーション能力の高さだった。

(絵に描いたようなコミュニケーション能力高めのイケメン・・・こんな人がこの商店街にいるんだ・・・)

彼を見るつもりはないのだが、ふと目があって軽く会釈をする。

「はじめまして」
とどんな言葉をかけたら良いかわからず振り絞った一言に、母は目を見開いた。

信雪のぶゆきくんだよ!忘れたの?小学校一緒だったでしょ?」

信雪くんと言う名前は強烈に覚えている。

彼は、確かに同じ小学校に通っていたが私の中の彼はもう少し体格がよくて、丸坊主でガキ大将。

クラスの中でいつも威張っていたし、いつも野球かサッカーをしているような活発な男の子だった。

彼は、現在は母が営むスナックの斜向かいの料亭を営んでいるお家で、その料亭はお祝い事や接待などで使用される隠れた名店で、この商店街の中でも別格のお店だった。

たまに、芸能人がきただの、政治家がきただのと自慢するこの男が大っ嫌いでいつもおいしいものを食べているから太っていると私は認識していた。我が家とは大違い。

私は1杯で我慢しなくてはならないリンゴジュースも、彼は何杯飲んでも良い。

そんな彼は、私がアイドルをやっていることを一番に冷やかしたのだ。

クラスの男子からは、振り付けや歌い方に声の出し方やポーズを真似されて、冷やかしにライブを見にきてはパンツ(見せパンだけど)が見えていただ。
気持ち悪いオタクがいただのを言われる。

それをうまくあしらえればよかったものの、当時小学生だった私にその術はなかった。

中学に入ってからは同じクラスにならなかったし、私自身も必要最低限の友達を作り、息を潜めて生活をしていたため彼と関わることがなかったし、アイドルの活動がハードすぎて気にしている暇もなかった。

高校は別々で、寮生活を初めていたため彼の存在は記憶の中から抹消されていた。

「先月まで、京都の旅館で修行していてこっちに帰ってきたのよね。」

と母は目を輝かせながら言う。もうすっかりファンのようだ。
若い女はもちろん、マダムたちが夢中になるような顔立ちをしている。
あの頃とはまるで持って別人だった。

「久しぶり。元気だった?」

とまるで何事もなかったかのように声をかけてきた信雪くんに腹が立った。

覚えているのは被害者だけで、当事者というのは忘れてしまっている。
初めての失恋で傷ついた心は、思い出したくもない嫌な記憶が加わると嘘でも笑顔を作ることは出来なくなった。

衝動的に、荷物を持って店を飛び出したかったが、その気持ちをぐっと堪える。

「うん。元気だったよ。」

変に明るい声でそう言って、わざとらしくスマホのディスプレイで時間を確認する。

「そろそろ帰らなくちゃ・・・」

誰もいない部屋に。門限もなければ夕飯を作る人もいないのに。

もし、あのまま拓也と付き合ってタワーマンションに住んでいたら信雪くんはびっくりした思うし、アイドルをやっていることを馬鹿にした過去を後悔するだろう。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

ハイスペミュージシャンは女神(ミューズ)を手放さない!

汐瀬うに
恋愛
雫は失恋し、単身オーストリア旅行へ。そこで素性を隠した男:隆介と出会う。意気投合したふたりは数日を共にしたが、最終日、隆介は雫を残してひと足先にった。スマホのない雫に番号を書いたメモを残したが、それを別れの言葉だと思った雫は連絡せずに日本へ帰国。日本で再会したふたりの恋はすぐに再燃するが、そこには様々な障害が… 互いに惹かれ合う大人の溺愛×運命のラブストーリーです。 ※ムーンライトノベルス・アルファポリス・Nola・Berry'scafeで同時掲載しています

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~

泉南佳那
恋愛
 イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!  どうぞお楽しみいただけますように。 〈あらすじ〉  加藤優紀は、現在、25歳の書店員。  東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。  彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。  短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。  そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。  人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。  一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。  玲伊は優紀より4歳年上の29歳。  優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。  店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。    子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。  その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。  そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。  優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。  そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。 「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。  優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。  はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。  そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。  玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。  そんな切ない気持ちを抱えていた。  プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。  書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。  突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。  残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……

最高ランクの御曹司との甘い生活にすっかりハマってます

けいこ
恋愛
ホテルマンとして、大好きなあなたと毎日一緒に仕事が出来ることに幸せを感じていた。 あなたは、グレースホテル東京の総支配人。 今や、世界中に点在する最高級ホテルの創始者の孫。 つまりは、最高ランクの御曹司。 おまけに、容姿端麗、頭脳明晰。 総支配人と、同じホテルで働く地味で大人しめのコンシェルジュの私とは、明らかに身分違い。 私は、ただ、あなたを遠くから見つめているだけで良かったのに… それなのに、突然、あなたから頼まれた偽装結婚の相手役。 こんな私に、どうしてそんなことを? 『なぜ普通以下なんて自分をさげすむんだ。一花は…そんなに可愛いのに…』 そう言って、私を抱きしめるのはなぜ? 告白されたわけじゃないのに、気がづけば一緒に住むことになって… 仕事では見ることが出来ない、私だけに向けられるその笑顔と優しさ、そして、あなたの甘い囁きに、毎日胸がキュンキュンしてしまう。 親友からのキツイ言葉に深く傷ついたり、ホテルに長期滞在しているお客様や、同僚からのアプローチにも翻弄されて… 私、一体、この先どうなっていくのかな?

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

恋は秘密のその先に

葉月 まい
恋愛
秘書課の皆が逃げ出すほど冷血な副社長 仕方なく穴埋めを命じられ 副社長の秘書につくことになった 入社3年目の人事部のOL やがて互いの秘密を知り ますます相手と距離を置く 果たして秘密の真相は? 互いのピンチを救えるのか? そして行き着く二人の関係は…?

卒業まであと七日。静かな図書室で,触れてはいけない彼の秘密を知ってしまった。

雨宮 あい
恋愛
卒業まであと七日。図書委員の「私」は、廃棄予定の古い資料の中から一冊の薄いノートを見つける。 「勝手に見つけたのは、君の方だろ?」 琥珀色の図書室で、優等生な彼の仮面が剥がれ落ちる。放課後の密室、手のひらに刻まれた秘密の座標、そして制服のプリーツをなぞる熱い指先。日曜日、必死にアイロンを押し当てても消えなかったスカートの皺は、彼に暴かれ、繋がれてしまった心と肉体の綻びそのものだった。 白日の下の教室で牙を隠す彼と、誰にも言えない汚れを身に纏う私。卒業証書を受け取る瞬間さえ、腰元に潜む「昨日の熱」が私を突き動かす。 清潔な制服の下で深まっていく、二人にしか分からない背徳の刻印。カウントダウンの果てに待つのは、残酷な別れか、それとも一生解けない甘い呪縛か――。

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

処理中です...