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プロローグ

神崎あやめ

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凍てつく寒い夜
東京の繁華街は、日付が変わっても人々が行き交い煌びやかなネオンに包まれる。
大通りを抜けて細い路地に出るとそこはピンクを中心とした妖艶な光に照らされた異空間。
男女が肩を抱き合いながら向かっていく場所がある。

ーホテル街

私は、今この場所でまさに人生最大のピンチ。

「あやめちゃん。さっき拒否しなかったじゃん。俺とその気だったんじゃないの?」

私の名前を呼ぶ千葉(34)は、その若さで私が務めるwebデザイン会社でお世話になっている企業の重役をしている。
背は165センチと男性としてはそこまで高くはないが、全体的にパーマをかけて、耳元は刈り上げておりアゴにはファッションとしてのひげを生やしているおしゃれな人だった。
女の扱いは非常に慣れている様子で、飲み会の場に慣れない私に気を使い話を振ってくれていた。
仕事に関しても、頭が切れて頼りになる素敵な人だと思っていたのに・・・・騙された。
お酒が入ったことで、私の腰や手にベタベタと触れてきたのだ。

しかしながら、こんなことは接待では日常茶飯事。
慣れっ子の私は、見て見ぬふりをするほかなかった。
帰り際、たまたま家の方向が同じだったためマンション前まで送ることを上司に義務付けられたのだが、彼が言った住所は大嘘でこのホテル街にタクシーが停車した。
タクシーの運転手も私たちが浮かれた恋人同士に見えたのだろう。
お金を受け取るとすぐに次の配車先に向かっていった。

(イヤイヤ、無理無理・・・怖い・・・)

何故ならば私はまだ、男の人と付き合ったことが一度もない。

キスも・・・

それなのに、今日このホテルに入ってしまえば全てを通り超して大人になってしまう。
初めては好きな人と…
と思っていたのに・・・

手を引かれながら、逃げるタイミングを伺う。
もし、この件で関係悪化して、上司に怒られたとしてもこの出来事を話せば、大目に見てもらえるはずだ。
千葉さんが電子タバコを口に加えようとした瞬間を見計らい、手を振り払って走り出した。
こんな日に限って、この前新調したばかりの7センチヒールを履いている。
走りにくいし、すぐに足が痛くなってしまいそうだ。
カツンカツンと音を立てながら、ホテル街を走り出せば道ゆくカップルたちが私を不思議そうな目で見る。

運動と無縁の私はもう息が上がっている。
冬の冷たい空気で喉の奥が痛い。

苦しくてもう走れない。

後ろを振り返れば、千葉さんが追いかけてきている。

(もう、諦めるしかないのかな…)



-そんな時に、出会ったのがあなただった。




「警察です。どうされましたか?」
落ち着いた声のトーンと、「警察」と言う言葉に安堵して思わずバランスを崩してしまう。

「きゃっ」
転びそうになった私を、片手で支えた男は片腕に腕章をつけている。
警察と名乗るが、制服を着ているのではなくスーツを着て、上にはコートを羽織っておりよくドラマで見かけるような「刑事」の姿だった。
長身で細身だが、鍛えられた筋肉がスーツの上からも分かった。
付近のホテルの近くにパトカーが止まっており、警察官も何人かいる。
この付近で何か事件でもあったのだろうか。

「大丈夫ですか?」
その刑事と思われる男は、私の顔を覗き込む。
鼻筋が通っていて、切れ長の目にシャープな顎、清潔感のある黒髪に大きくて逞しい手。
お礼を言いたいのに、状況を説明したいのに息が上がって何も答えられない。

その目に見つめられると何も話せられなくなる・・・

私を追いかけてきた千葉さんは、パトカーを見つけてすぐに方向転換した。
その瞬間を逃さなかった刑事は、鋭い眼差しで千葉さんを捉えてすぐに近くの警察官に追いかけるよう指示した。

「ホテルに連れて行かれそうになったんです。普段は、あんな人じゃなくて・・・ただ、お酒飲みすぎただけでこうなったんです。あの方は取引先の方なんでどうか、穏便にお願いします。」

「分かりました。」
といった刑事は爽やかな笑顔で笑うと、私を女性警官の元へ誘導し、千葉さんを捕まえた警察官の元へゆっくりと向かっていった。

その後、千葉さんと刑事、警察官の3人で話をしていた。
警察が関与したことで、酔いが覚めた千葉さんが改めて私に謝罪をした。

(この場に、警察がいなければ私は・・・今頃、千葉さんと・・・)

改めて恐ろしくなる。
やはりラブホテルは好きな人と来たい。

私は、その場にいた警察官の方にお礼を言ってタクシーを呼んだ。
タクシーに乗り込む前に、刑事がもう一度私に話しかけた。

「変な男に騙されちゃだめだよ。」
「はい、気をつけます。」
「君が無事だったからよかったよ・・・気をつけて帰ってね。」

そういって先ほど千葉さんと話していた時の真剣な眼差しとは打って変わって私に優しい笑顔を見せながら優しい声でそう言った。

その声が耳に残って離れない。

タクシーの中で緩んだ口元を必死に手で隠す。
冬の風で体が冷えきっているはずなのに、鼓動が高鳴って体が熱い。

(どうしよう・・・あの人・・・かっこよすぎる・・・)

もう一度冷静になって先ほどのシーンを脳内で巻き戻す。
まるで、少女漫画や映画のワンシーンから切り取ってきた王子様だ。

あの笑顔も、鋭い眼差しも、逞しい腕も、声も・・・
思い出すだけで息ができないほど苦しくなる。

彼にとっては仕事の中の一コマで、数いる被害者の中の一人できっと私のことなんて顔も覚えていないと思う。
周りが暗かったから、明るいところで見たら本当は普通かもしれない。
刑事という特別な職業だからかっこよく見えたのかもしれない。
もしかしたら、既婚者かもしれない。

そう思って気持ちを沈めてみるけれど、余計に彼のことを考えてしまう。

この日、私は生まれて初めて恋をした・・・・



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