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結婚生活(神崎あやめ)

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寝室へ向かうと、ベッドの上でスマホのニュースをチェックしていた颯が私に視線を送る。
「ちゃんと髪乾かした?」
「うん。」

「よし」
体に巻いていたタオルを剥ぎ取って、私を腕の中に閉じ込める。

「やっとだよ・・・」
その言葉に、私は微笑んだ。



いつ呼び出されるか分からない・・・
大きな事件が来たら、こんな風にキスをしても抱き合っている途中でも、すぐに切り替えて颯は行ってしまう。
それがわかっているからこそ、限られた時間の中で目一杯私を愛する颯に全身全霊で答える。
本当は、何も気にすることなく一日一緒にダラダラ過ごせたらいいのに・・・

颯は、何度も何度も私をせがんだ。
それに私は何度も答える。


私も、それに答えて喘いで気絶するように眠り目覚めた朝。
隣に颯がいてくれる幸せを噛みしめる。

次は、こんな夜と一緒に迎えられる朝がいつ来てくれるだろう・・・

いつまでも隣に眠っていたけれど、起き上がって朝ごはんの支度に取り掛かった。


颯に抱かれた朝は肌の調子化粧のりが最高にいい。




ご機嫌に出勤すると、部長が私の元へ来る。

「桐山さん・・・」
まだ慣れない苗字で私を呼ぶ。
「ちょっと確認なんだけどこの1年の間に妊娠する予定ある?」

「部長、それセクハラですよ。」

「あ、ごめんちょっと言い方がいけなかったね・・・実は、この会社から依頼が来ていて一応一年だけど気に入ったら継続したいってことなんだよね。」

渡された資料に目を通すと、私は思わず悲鳴をあげてしまう。
『J.アニメーション』と書かれた社名に私のオタクの血が騒ぎ出す。
数々の作品をこの世に送り出した大手アニメ制作会社であったのだ。
私はいつかアニメに関わるホームページをデザインすることが夢だったのだ。

「突然話が来たけどわりと大口案件だし、君仕事早いからさ。
俺はお願いしたいと思うんだけど、残業も増えるだろうし、妊娠してつわりが・・・とか産休に入りますってなっちゃうと先方にご迷惑がかかるからさ。ただでさえ人が少ないから代わりも立てられなくて・・・一応週明けまでに返答ということでちょっと考えてみて・・・」

(子供か仕事か・・・)
未婚で彼氏もいなければ、1年前の私なら喜んで即答していたはずなのに、
颯の顔が浮かぶ・・・
私が妊娠したら、どんな風に喜んでくれるだろうか・・・
優しく大きくなったお腹をさすってくれて、生まれた子供を抱っこして・・・

そんな幸せな妄想ばかりしてしまう。








休日はマキの家に遊びに行く予定であった。
かつては必ず4人揃い、アニメのイベントに行ったり、買い物へ行ったり、少し遠出したり、ファミレスやカフェでいつまでも話していたが、今日はこの間結婚式を挙げたナミと私のみが集まった。
他の二人は仕事で忙しいそうだ。


目の前で手や足を一生懸命バタバタとさせている赤ちゃんに私は顔が綻んだ。

赤ちゃんは直近だと、長男の子供の羽音のため実に3年ぶりのため私も思わず興奮してしまう。
「あ~~ムチムチ。いい匂い。幸せ~~~」

「あやめは相変わらず子供好きだよね」とマキはいった。

「子供にすごく好かれるよね。授業で幼稚園に行った時、あやめを子供が取り囲んでたよね」
とナミが笑いながらいう。

常に化粧をして、ショートカットを維持するために頻繁に美容院へいっていたマキは、化粧をせずに伸びっぱなしの髪を一つに縛っていおり目のくまが目立っていた。

「やっぱり大変だよね・・・」
私の一言に、マキは目を潤ませた。

「うん・・・毎日しんどい。子供は可愛いのにね。
毎日育児ばっかりで一日が終わっていくから虚しくなる。
みんなが羨ましい・・・仕事してた方が楽だった・・・

ごめんね。これからママになるかもしれない二人にこんな暗い話しちゃって・・・

つまり、今の旦那さんとの時間を楽しんでってこと。
本当に産後は旦那に触れられるのも気持ち悪くなるから!」

そういってマキは顔を歪ませた。

颯に触られるのは嫌だなんて、今の私には想像ができない。
触れたくて触れたくてしょうがないのに・・・

しかし、出産というのはそれほど体に大きな変化をもたらすのだろう。

ナミは、赤ちゃんを見つめながらその会話には参加しなかった。

15時頃までお邪魔したナミと私は帰りに、ご飯を食べていくことにした。

「なんか、最近全員集まれなくなっちゃったね・・・」

私はそういって、注文したアイスティーを口にふくむ。

ガムシロップを入れたアイスティーの甘みが、身体中に染み渡る。

マキの家に着いてから浮かない顔をしているナミは具合が悪いのだろうか?

私の言葉に返答がなく独り言になってしまった。

この時間が気まずくてもう一口アイスティーを口に含むと、ナミが突然泣き出した。


「えっつちょっと・・・ナミ・・・どうしたの??」

突然のことに慌てふためいた私に、ナミはただ謝るばかりだった。

隣に移動して背中をさすると、ナミは小声でいう。



「・・・したの・・・流産したの・・・」



私は、すぐにナミを抱きしめて彼女の泣き顔を店内の人たちにみられぬように隠す。

「マキの話を聞いていると、赤ちゃんってもっと簡単にできると思ってた。
妊活始めて二回ダメで、やっと妊娠検査薬が反応して喜んで病院に行ったら・・・・・」

言葉を詰まらせながら状況を説明するナミの話をただ聞くことしかできなかった。

「忘れようと思って仕事に打ち込もうとしても、やる気出ないし・・・親も、義実家も孫を楽しみにしてるし・・・」

「それなのに、今日誘ってごめん・・・」
私は、ナミの小さな背中を摩る。

「ううん。いくって決めたのは私だから・・・でも、やっぱりいざ赤ちゃん見たちゃうと悲しくなって・・・」

「あやめも、妊活するなら早い方がいいよ。旦那さん歳上でしょ・・・仕事を優先するのもいいけど、いざ子供作ろうってなった時に私みたいに苦しむことになるよ。まあ、個人差あるけどね・・・できる人はできるし、できない人はできない。」

その言葉が私の胸の中にぐさっとナイフのように刺さる。

私は颯が描く未来には子供がいる。
でも、今は仕事も調子がよくて、夢の実現が目前なのだ。



家に帰ると珍しく颯は晩酌をしていた。

「ねぇ・・・颯は赤ちゃん欲しい?」

その質問に、まるで漫画のように颯は口に含んだビールを吹き出した。

「何いきなり?そういえば今日友達の赤ちゃんに会ってきたんだっけ?だから…?
そりゃ欲しいに決まってるよ・・・
どう?今晩から子作り始める?」

先ほど苦しむ親友の姿を見てからか、お酒を飲んで変に上機嫌の颯に腹が立つ。

「じゃあ、断ろうかな・・・」

「断ろうって何を?」

私は、やりたかった仕事の依頼を受けたこと。
その仕事を受けることで妊娠はできないということ。
残業が増えることと合わせて、ナミの話をした。

桐山さんは一呼吸置いて

「仕事受けなよ!絶対受けた方がいい・・・俺は、もちろん子供は欲しいけれど俺はあやめさえいてくれればいい。
あやめが俺といて心から笑ってくれてればそれでいい・・・
もっと二人きりで過ごしたいしね。結婚式も挙げなきゃだし。」

「結婚式・・・」

私は、思わず顔が綻んでしまう。
このまま颯から出てこないと思っていた言葉が出てきて驚いた。

「それに、この仕事受けなかったら絶対20年後くらいに俺にネチネチいうだろ?」

「言わないです。」

「本当かな?・・・まあそれが俺の母親だよ。」

多くを語らなかった家族の話を出した颯は、寂しそうな顔をした。

「両親が離婚したって言ったと思うけれど、俺の母親は仕事ばっかりの親父に愛想つかして出てったんだ。それと、自分の夢を叶えたいからって…」

そう言って電子タバコを口にくわえる。


「それから会ってないの?」
頷いた颯を私は、抱きしめた。


「私は、ずっと颯のそばを離れないよ・・・」

「ありがと・・・そんじゃあ・・・避妊はしっかりしなきゃな。」

履いていたスカートから覗く太ももに触れる。

今更気づいたことだが、お酒を飲んだ颯はただの「エロオヤジ」

「ねえ、キャバクラいってそういうことしてないよね?」

「そんなわけないだろ?あんな化粧濃くて作り物のおっぱいのねーちゃん達よりもお前がいいに決まってんだろ。」

「なんで作り物ってわかるの?」
私の問いに、颯は斜め上をむく。

「最近、あまり言わなくなったけどお前のよく言う「カナト様」とレベル一緒だからね。」

「違う!私のは二次元だもん。」
颯をバシバシと叩いた。

暴れる私を、抱き上げてキッチンカウンターに座らせて強引に足を開く。

「綺麗だよ・・・愛してる・・・俺だけのあやめでいて・・・・」

甘い言葉を囁いて私を今日も愛す。


子供がいたら幸せだろう・・・

颯が父親になったらどうなるんだろう・・・

と考えながらも誰にも邪魔されない二人きりの時間がいつまでも続いて欲しいと思う。


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