負けヒロインがダンジョンに落ちてたので連れ帰ってみることにした

睡眠が足りない人

文字の大きさ
17 / 17
逃亡姫は負けヒロイン

十七話

しおりを挟む
 ルヴァン宅 朝 アリエス視点

 「よろしくお願いします」

 街がまだ静かさに包まれている早朝。
 私は剣を持ってルヴァンさんと向かい合っていました。
 理由は模擬戦です。ルヴァンさんが買ってきてくれた剣は数日振ることによって馴染んできた所で、腕試しをしたくなった私がお願いした結果、了承してもらいました。

 「おう、準備ができたらそっちから来ていいぞ」

 剣を腰に吊るしたまま、ルヴァンさんは肩を回しながら「いつでもいいぞ」と余裕の表情で告げます。
 対して、私の表情はかなり硬くなっていました。
 一見隙だらけに見えるルヴァンさんですが、私の本能が何をしても無意味だと訴えています。
 これが、レベル差による威圧感。モンスターという危険な生物と毎日戦い、修羅場を潜り抜けてきたルヴァンさんと、王城という狭い世界でしか殆ど生きていなかった私との違い。
 背中に冷や汗が伝っていくのを感じながら、私は剣を片手で持ち中段に構えます。

 「…分かりました。ふぅ、…参ります!」

 息を軽く整え、掛け声と共にルヴァンさんへと自分が持てる最高速で距離を縮めました。

 「はっ!」
 
 剣の間合いに入り、私は当たることを意識した浅い斬撃を繰り出します。
 それは、腹に当たる寸前ルヴァンさんがいつの間にか抜いていた剣によって防がれました。
 ですが、当然当たるわけないと思っていた私は次々と斬撃を繰り出していきます。
 突き、回転切り、時には蹴りなどを混ぜて攻めこみますが、それら全て尽くを防がれ彼の防御を抜ける気が全くしませんでした。

 綺麗。

 私は剣戟を繰り出しながら、彼の剣に改めて見惚れていました。
 これといった特徴はありません。 
 けど、戦闘によって削ぎ落とされた無駄のない剣と足捌き、実際に交えることでその素晴らしさをより実感できます。
 必要最低限の回避と防御で攻撃を防いでいる。まさに、相手の動きが完全に読めているとしか思えない圧倒的な読み。
 彼に届かせるには…。

 「………ッツ!?」

 ルヴァンさんが上段斬り逸らしたところで、私はそのまま身体を勢いに任せ懐に飛び込みます。
 それは想定外だったのか一瞬、ルヴァンさんの顔に驚愕の表情が浮かび上がりました。
 
  「シッ!」

 間合いは背が低い私の方が短いため。この距離は私の、私だけの間合い。
 ガラ空きになっている彼の脇腹に、私は何の迷いも持たずそこへ突きを放ちます。

 「その突きは、悪くないが避けられた時の隙が大き過ぎるから良くないな」

 が、その隙ははルヴァンさんが作ったブラフ。渾身の突きはあっさり躱され、首元に剣が添えられました。

 「参りました」

 私は両手を上げ負けを認めます。

 「まさか、あそこまで綺麗に誘導されるなんて初めてでした。完敗です」

 ルヴァンさんが強いことは分かってはいましたが、ここまでとは。清々しすぎて悔しさも湧いてきません。
 
 「ブラフをそろそろ交えようかと思ったタイミングで、仕掛けられてリズムを崩されてビビったけどな。良く観察してる」

「見ることだけは得意ですから」

「なら、次からはもっと目を凝らすといい。その目ならブラフかどうかも見破れるだろ。大抵ブラフの時は視線が不自然に動いたり、重心が変に傾いたりするからな」

「分かりました。アドバイスありがとうございます」

 セピア流の剣は基本的に多数対一の状況を想定した剣のためこういった、駆け引きを苦手としています。
 そのため、ルヴァンさんのような駆け引きの上手い方からの意見は新鮮でとても参考になりました。

 「もう一戦お願いしても良いですか?」

「別に構わないが、さっきのアドバイスは俺相手だと役に立たないぞ。そもそもの下地が違うからな。上手く見分けられても、ステータスの差でゴリ押せるから」

「そうだとしても、格上の方と戦える機会は少ないので、この機会を無駄にしたくないんですよ」

「真面目だねぇー。分かった、かかってこいよ。満足するまで相手してやる」

「…そんなことないですよ」

 私はルヴァンさんに聞こえない程度の声量でそれを否定しました。
 私はただ、逃げているだけなんです。過去からも、現在《いま》からも、貴方からも。
 お互いにまた剣を構え、暫くすると剣のぶつかる音が庭に響き渡ります。
 その音が酷く空虚に聞こえたのは、きっと気のせいではないのでしょう。
 


 
 
 
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

スパークノークス

お気に入りに登録しました~

2021.08.16 睡眠が足りない人

ありがとうございます!更新頑張るのでこれからも読んでくれると嬉しいです

解除

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。