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3. 才能がありません。
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ウェイトトレーニング室の扉が開いた瞬間、金属の匂いと男たちの熱気がぶわっと顔に押し寄せてきた。
「うわ……テレビでしか見たことないやつ……」
裕也がぽつりと呟く。拓海も同じ気持ちだった。ラックにずらりと並んだバーベル、重り、ベンチ。まるで異世界だ。
「お、1年生か。今日は初めてのフリーウェイトだな」
佐々木先生が阿修羅像のような背中で振り返る。太い腕、山のような背中、無骨な笑顔。その一挙手一投足に説得力があった。
「怖がるな。最初は誰でもビビる。だが、ちゃんと教えてやる」
ラグビー部の1年生は5人。拓海、裕也、それに無口な川島と細身の堀、そして小柄な佐野の5人だった。
まずはバーだけでフォームを確認する。
「バーベルは道具だ。お前が道具に振り回されるな。人間が主だ」
佐々木先生の声が響く。横では田村主将が黙々と100kgのスクワットをこなしていた。
「マジかよ……」
裕也が呆れたように言う。
「じゃあ、次はお前たちだ」
フォームチェックを終えたあと、10kgずつプレートを足していく。すると、裕也が意外な力を見せた。
「おお、ベンチ60kgいけるじゃん!」
仁村先輩が声を上げた。
「マジか、初日で?」
裕也はまんざらでもない表情で笑った。
「うちの母ちゃん、米袋買うと俺に持たせるんですよ」
「それ、けっこういいトレーニングになってたんだな」
一ノ瀬先輩が笑う。
その横で、拓海は45kgのベンチで潰れていた。裕也とは13kgの差。決して軽くない差だった。
(くそ……なんでアイツはあんなに……)
「お前はもっと胸を張れ。肩甲骨を寄せる。無理するな、まずはフォームが先だ」
佐々木先生が声をかける。
「はい……」
その後もスクワット、デッドリフトと続いた。どれもフォームに苦労し、裕也との差を感じさせられる。
◆
休憩中、拓海はバーベルに腰かけて、ため息をついた。そこへ佐々木先生が隣に座る。
「……才能の差って、ありますよね」
「あるよ」
あっさりとした答えだった。
「身体の大きさ、骨格、筋繊維の質。持って生まれたものは、確かにある。そこは否定しない」
「ですよね……」
拓海はうつむく。
「だがな」
佐々木先生が、声のトーンを変えた。
「お前、渡辺の練習見てただろ?」
「はい。めちゃくちゃ速かったです。声も出てたし……」
「あいつ、身長165。体重も軽い。骨格も、お前と変わらん。むしろ貧相なくらいだ。けどな、あいつのビッグ3、知ってるか?」
「え……?」
「ベンチプレス80kg、スクワット130kg、デッドリフト140kgだ」
拓海は目を見開いた。あの小さな体で、それだけの重量を?
「それが、2年間の努力の差だよ。才能がある奴に追いつくのは簡単じゃない。でも、才能がないと自分で決めつけて何もしない奴とは、差がつく一方だ」
「……」
「それに、才能があるやつにしたって、全員が努力するとは限らない。才能があって、努力してるやつには勝てないかもしれない。でも、昨日のお前には勝てる。それを毎日続けろ」
拓海の胸に、じんわりと言葉が染みていった。
(昨日の俺に……勝つ)
「それに、お前にはスタミナがある。動ける体だ。パワーだけがラグビーじゃない。走って、声を出して、支える役割だって大事だ」
「はい……ありがとうございます」
その後の練習では、少しだけだがバーベルが軽く感じられた。
「いいぞ、その感じだ」
渡辺副部長が笑ってくれた。
「骨格とか筋肉のつき方とか関係ない。やるか、やらないかだよ」
そう言って見せた二の腕は、間違いなく努力の証だった。
◆
練習が終わったあと、着替え室で一ノ瀬先輩が拓海たち1年に声をかけた。
「お前ら、初日おつかれ。プロテイン、飲んだことあるか?」
「いえ、まだです……」
「飲め飲め。今はザバスよりマイプロ派なんだけどな……ここは先生の趣味でチョコ味しか置いてないけど」
紙コップに溶かしたプロテインを注いでくれる。一口飲むと、どこか甘ったるくて、だけど不思議と美味しく感じた。
「……これ、意外とうまいっすね」
「だろ? 練習後は特にうまいんだよ、これが」
「筋肉へのご褒美だからな」
仁村先輩が笑った。
◆
そして次の日。
「……ぐおおおお……っ」
朝、ベッドの上で体を起こそうとした瞬間、全身が悲鳴を上げた。
(腕が……背中が……)
初めて味わう本格的な筋肉痛だった。シャツを着るのも、階段を降りるのもつらい。学校に着いた拓海は、同じくへろへろの裕也と目が合って、無言でうなずき合った。
「俺、昨日の夜、歯みがくのも大変だった……」
「わかる……」
それでも、昨日の練習と先輩たちとのやりとりを思い出すと、どこか誇らしい気持ちになった。
(俺は、昨日の俺より強くなった)
そう思えた朝だった。
「うわ……テレビでしか見たことないやつ……」
裕也がぽつりと呟く。拓海も同じ気持ちだった。ラックにずらりと並んだバーベル、重り、ベンチ。まるで異世界だ。
「お、1年生か。今日は初めてのフリーウェイトだな」
佐々木先生が阿修羅像のような背中で振り返る。太い腕、山のような背中、無骨な笑顔。その一挙手一投足に説得力があった。
「怖がるな。最初は誰でもビビる。だが、ちゃんと教えてやる」
ラグビー部の1年生は5人。拓海、裕也、それに無口な川島と細身の堀、そして小柄な佐野の5人だった。
まずはバーだけでフォームを確認する。
「バーベルは道具だ。お前が道具に振り回されるな。人間が主だ」
佐々木先生の声が響く。横では田村主将が黙々と100kgのスクワットをこなしていた。
「マジかよ……」
裕也が呆れたように言う。
「じゃあ、次はお前たちだ」
フォームチェックを終えたあと、10kgずつプレートを足していく。すると、裕也が意外な力を見せた。
「おお、ベンチ60kgいけるじゃん!」
仁村先輩が声を上げた。
「マジか、初日で?」
裕也はまんざらでもない表情で笑った。
「うちの母ちゃん、米袋買うと俺に持たせるんですよ」
「それ、けっこういいトレーニングになってたんだな」
一ノ瀬先輩が笑う。
その横で、拓海は45kgのベンチで潰れていた。裕也とは13kgの差。決して軽くない差だった。
(くそ……なんでアイツはあんなに……)
「お前はもっと胸を張れ。肩甲骨を寄せる。無理するな、まずはフォームが先だ」
佐々木先生が声をかける。
「はい……」
その後もスクワット、デッドリフトと続いた。どれもフォームに苦労し、裕也との差を感じさせられる。
◆
休憩中、拓海はバーベルに腰かけて、ため息をついた。そこへ佐々木先生が隣に座る。
「……才能の差って、ありますよね」
「あるよ」
あっさりとした答えだった。
「身体の大きさ、骨格、筋繊維の質。持って生まれたものは、確かにある。そこは否定しない」
「ですよね……」
拓海はうつむく。
「だがな」
佐々木先生が、声のトーンを変えた。
「お前、渡辺の練習見てただろ?」
「はい。めちゃくちゃ速かったです。声も出てたし……」
「あいつ、身長165。体重も軽い。骨格も、お前と変わらん。むしろ貧相なくらいだ。けどな、あいつのビッグ3、知ってるか?」
「え……?」
「ベンチプレス80kg、スクワット130kg、デッドリフト140kgだ」
拓海は目を見開いた。あの小さな体で、それだけの重量を?
「それが、2年間の努力の差だよ。才能がある奴に追いつくのは簡単じゃない。でも、才能がないと自分で決めつけて何もしない奴とは、差がつく一方だ」
「……」
「それに、才能があるやつにしたって、全員が努力するとは限らない。才能があって、努力してるやつには勝てないかもしれない。でも、昨日のお前には勝てる。それを毎日続けろ」
拓海の胸に、じんわりと言葉が染みていった。
(昨日の俺に……勝つ)
「それに、お前にはスタミナがある。動ける体だ。パワーだけがラグビーじゃない。走って、声を出して、支える役割だって大事だ」
「はい……ありがとうございます」
その後の練習では、少しだけだがバーベルが軽く感じられた。
「いいぞ、その感じだ」
渡辺副部長が笑ってくれた。
「骨格とか筋肉のつき方とか関係ない。やるか、やらないかだよ」
そう言って見せた二の腕は、間違いなく努力の証だった。
◆
練習が終わったあと、着替え室で一ノ瀬先輩が拓海たち1年に声をかけた。
「お前ら、初日おつかれ。プロテイン、飲んだことあるか?」
「いえ、まだです……」
「飲め飲め。今はザバスよりマイプロ派なんだけどな……ここは先生の趣味でチョコ味しか置いてないけど」
紙コップに溶かしたプロテインを注いでくれる。一口飲むと、どこか甘ったるくて、だけど不思議と美味しく感じた。
「……これ、意外とうまいっすね」
「だろ? 練習後は特にうまいんだよ、これが」
「筋肉へのご褒美だからな」
仁村先輩が笑った。
◆
そして次の日。
「……ぐおおおお……っ」
朝、ベッドの上で体を起こそうとした瞬間、全身が悲鳴を上げた。
(腕が……背中が……)
初めて味わう本格的な筋肉痛だった。シャツを着るのも、階段を降りるのもつらい。学校に着いた拓海は、同じくへろへろの裕也と目が合って、無言でうなずき合った。
「俺、昨日の夜、歯みがくのも大変だった……」
「わかる……」
それでも、昨日の練習と先輩たちとのやりとりを思い出すと、どこか誇らしい気持ちになった。
(俺は、昨日の俺より強くなった)
そう思えた朝だった。
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