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第3話「最強公爵様の胃袋」
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アークライト公爵邸は、僕が今まで見たどんな建物よりも大きかった。
門から玄関までの距離だけで、僕が住んでいたボロアパートの一帯がすっぽり入りそうだ。
使用人たちに出迎えられ、お風呂に入れられ、用意されたのは肌触りの良いシルクの部屋着だった。ボロボロの服は、レオンハルト様の言った通り捨てられてしまった(ポケットに入っていた母さんの形見のお守りだけは死守したけれど)。
「ノア様、こちらへどうぞ」
執事のセバスチャンさんが、恭しく案内してくれたのは、屋敷のメインダイニングだった。
長いテーブルの端にレオンハルト様が座っている。風呂上がりなのか、髪が少し濡れていて、先ほどよりもラフな格好だ。
「待っていたぞ。……ふむ、悪くない」
彼は僕の姿を見て、満足そうに頷いた。
磨かれたばかりの自分自身は、どこか見慣れない。鏡で見た僕は、痩せてはいるが肌は白く、目は大きくて、まるで別人のようだった。
「早速だが、夜食を頼めるか?」
「はい! 厨房をお借りします」
僕は緊張しながらも、案内された厨房へと足を踏み入れた。
そこは、僕にとっての夢の城だった。
ピカピカに磨かれた銅鍋、見たこともないような高価な調味料、氷室には新鮮な野菜と極上の肉が並んでいる。
屋敷の料理長たちは、突然現れた小僧に怪訝な顔をしたが、主人の命令とあって渋々場所を空けてくれた。
「さあ、何を作ろうか」
レオンハルト様の体はまだ弱っている。いきなり重いものは負担がかかるかもしれない。
消化に良く、それでいて肉の旨味をしっかり感じられるもの。
僕は氷室から、鶏肉に似た魔鳥「コカトリス」のササミと、たっぷりの香味野菜を選んだ。
コカトリスの肉を細かく叩き、つくねにする。そこに生姜の汁と、滋養強壮に効くマンドラゴラの根をすり下ろして混ぜ込む。
スープのベースは、牛型の魔獣「バイソン」の骨から取った白湯(パイタン)。濃厚だが、丁寧にアクを取ることで臭みは一切ない。
鍋がことことと音を立て、優しい香りが厨房に満ちていく。
料理長たちがざわめき始めた。
「なんだ、この澄んだ香りは……」
「マンドラゴラの土臭さが完全に消えている?」
僕は周囲の声など耳に入らなかった。ただ、レオンハルト様に「美味しい」と言ってもらいたい一心で、鍋に向き合う。
仕上げに、青ネギとごま油をひと回し。
「お待たせいたしました。特製コカトリス団子の白湯スープです」
ダイニングへ運び、レオンハルト様の前に置く。
彼はスプーンを手に取り、まずはスープを一口すすった。
ゴクリ。
喉が動く音が、静寂の室内に響く。
「……!」
彼の目が大きく見開かれた。
「優しい……だが、深い」
彼は続けて、ふわふわの肉団子を口へ運ぶ。
「肉汁が溢れる……それに、体が温まる」
先ほどの路地裏のような獣じみた食べ方ではなかった。大切に、慈しむように、彼は一匙ずつ味わっていた。
やがて器が空になると、彼は深く息を吐き、うっとりとした表情で僕を見た。
「美味かった。こんなに満たされた気分は、いつぶりだろうか」
その言葉を聞いた瞬間、僕の胸に温かいものが込み上げてきた。
誰かに料理を褒められることが、こんなに嬉しいなんて。
「お代わり、ありますよ?」
「……頼む」
少し頬を染めて懇願する公爵様は、なんだか大きな犬のようで可愛らしかった。
その夜、レオンハルト様は鍋いっぱいのスープを平らげた。
執事のセバスチャンさんが、涙ぐみながら僕の手を握ってきた。
「旦那様が……旦那様がこんなに食事をされるなんて! ノア様、あなたは救世主です!」
大袈裟だなぁと思いつつも、悪い気はしなかった。
ここなら、僕の居場所があるかもしれない。
オメガであることを隠し通せさえすれば、きっと。
門から玄関までの距離だけで、僕が住んでいたボロアパートの一帯がすっぽり入りそうだ。
使用人たちに出迎えられ、お風呂に入れられ、用意されたのは肌触りの良いシルクの部屋着だった。ボロボロの服は、レオンハルト様の言った通り捨てられてしまった(ポケットに入っていた母さんの形見のお守りだけは死守したけれど)。
「ノア様、こちらへどうぞ」
執事のセバスチャンさんが、恭しく案内してくれたのは、屋敷のメインダイニングだった。
長いテーブルの端にレオンハルト様が座っている。風呂上がりなのか、髪が少し濡れていて、先ほどよりもラフな格好だ。
「待っていたぞ。……ふむ、悪くない」
彼は僕の姿を見て、満足そうに頷いた。
磨かれたばかりの自分自身は、どこか見慣れない。鏡で見た僕は、痩せてはいるが肌は白く、目は大きくて、まるで別人のようだった。
「早速だが、夜食を頼めるか?」
「はい! 厨房をお借りします」
僕は緊張しながらも、案内された厨房へと足を踏み入れた。
そこは、僕にとっての夢の城だった。
ピカピカに磨かれた銅鍋、見たこともないような高価な調味料、氷室には新鮮な野菜と極上の肉が並んでいる。
屋敷の料理長たちは、突然現れた小僧に怪訝な顔をしたが、主人の命令とあって渋々場所を空けてくれた。
「さあ、何を作ろうか」
レオンハルト様の体はまだ弱っている。いきなり重いものは負担がかかるかもしれない。
消化に良く、それでいて肉の旨味をしっかり感じられるもの。
僕は氷室から、鶏肉に似た魔鳥「コカトリス」のササミと、たっぷりの香味野菜を選んだ。
コカトリスの肉を細かく叩き、つくねにする。そこに生姜の汁と、滋養強壮に効くマンドラゴラの根をすり下ろして混ぜ込む。
スープのベースは、牛型の魔獣「バイソン」の骨から取った白湯(パイタン)。濃厚だが、丁寧にアクを取ることで臭みは一切ない。
鍋がことことと音を立て、優しい香りが厨房に満ちていく。
料理長たちがざわめき始めた。
「なんだ、この澄んだ香りは……」
「マンドラゴラの土臭さが完全に消えている?」
僕は周囲の声など耳に入らなかった。ただ、レオンハルト様に「美味しい」と言ってもらいたい一心で、鍋に向き合う。
仕上げに、青ネギとごま油をひと回し。
「お待たせいたしました。特製コカトリス団子の白湯スープです」
ダイニングへ運び、レオンハルト様の前に置く。
彼はスプーンを手に取り、まずはスープを一口すすった。
ゴクリ。
喉が動く音が、静寂の室内に響く。
「……!」
彼の目が大きく見開かれた。
「優しい……だが、深い」
彼は続けて、ふわふわの肉団子を口へ運ぶ。
「肉汁が溢れる……それに、体が温まる」
先ほどの路地裏のような獣じみた食べ方ではなかった。大切に、慈しむように、彼は一匙ずつ味わっていた。
やがて器が空になると、彼は深く息を吐き、うっとりとした表情で僕を見た。
「美味かった。こんなに満たされた気分は、いつぶりだろうか」
その言葉を聞いた瞬間、僕の胸に温かいものが込み上げてきた。
誰かに料理を褒められることが、こんなに嬉しいなんて。
「お代わり、ありますよ?」
「……頼む」
少し頬を染めて懇願する公爵様は、なんだか大きな犬のようで可愛らしかった。
その夜、レオンハルト様は鍋いっぱいのスープを平らげた。
執事のセバスチャンさんが、涙ぐみながら僕の手を握ってきた。
「旦那様が……旦那様がこんなに食事をされるなんて! ノア様、あなたは救世主です!」
大袈裟だなぁと思いつつも、悪い気はしなかった。
ここなら、僕の居場所があるかもしれない。
オメガであることを隠し通せさえすれば、きっと。
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