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第1話「雪の夜の訪問者」
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北の果てにあるエルムの村は、一年の半分を白い雪に閉ざされる。
ルシアンは古い木造の家の窓辺に立ち、外で吹き荒れる吹雪を見つめていた。厚いガラスの向こう側は、ただ真っ白な闇が広がっているだけだ。風が家の壁を叩き、古い木材が悲鳴のようにきしむ音がする。
部屋の中には暖炉の火が静かに燃え、乾かしている薬草の少し苦い香りが漂っていた。
ここは世界の果てのような場所だ。誰もルシアンの過去を知らないし、知ろうともしない。
『それでいい。もう、何も望まない』
ルシアンは短く息を吐き、窓から離れた。
かつて彼は、大陸の中心にある巨大な教会で、多くの人々から尊敬を集める立場にいた。白い法衣を身にまとい、神の言葉を伝える役割を担っていた。
だが、それは彼が自分の体を薬で騙し、オメガであることを隠していたから成り立っていたかりそめの栄光だった。
薬の効き目が切れ、突然の発情期が彼を襲ったあの日。隠していたオメガの匂いが広がり、周囲の目は尊敬から侮蔑へと変わった。
汚らわしい獣。神をあざむいた罪人。
そんな言葉とともに、ルシアンはすべてを奪われ、この冷たい辺境の地に追放された。あれからもう、三年が経つ。
今では教会の美しい祈りの歌よりも、村の人々が使う素朴なクワやスキの音のほうが心に馴染んでいた。
ルシアンが暖炉の前に戻り、冷えた指先を火にかざしたときだった。
ドン、と重い音が玄関の扉から響いた。
風の音ではない。何かがぶつかったような、鈍い音だ。
ルシアンは姿勢を正し、扉のほうを振り返った。こんな夜更けに、しかもこの吹雪の中で村を歩き回る者などいるはずがない。
もう一度、ドンと音がした。
ルシアンは少しだけためらった後、壁に立てかけてあった厚手の外套を羽織り、玄関へ向かった。木の扉に手をかけ、ゆっくりと外に押し開ける。
冷たい風が雪を巻き込んで吹き込み、ルシアンの銀色の髪を激しく揺らした。
「……誰か、いるのですか」
ルシアンの声は風にかき消された。
視線を足元に落とすと、雪の積もった階段の前に、黒い塊のようなものが倒れていた。
人間だ。大柄な男が、うつ伏せのまま雪に埋もれかけている。
ルシアンは急いで外へ飛び出し、男の体に触れた。厚い革の鎧はところどころが破れ、濃い色の染みができている。血だ。それも、かなり多くの血を流している。
男の体は氷のように冷たかったが、わずかに胸が上下していた。
「しっかりしてください。こんなところで寝ていたら、凍え死んでしまいます」
ルシアンは男の肩をつかみ、必死に仰向けにひっくり返した。
雪まみれの顔は、ひどく青ざめている。無精ひげが生えた輪郭の深い顔立ちだ。年齢は三十歳くらいだろうか。
ルシアンはその男の首筋に手を当て、脈を確認した。ひどく弱い。
その瞬間、冷たい風に混じって、ある匂いがルシアンの鼻をかすめた。
雨上がりの深い森の土のような、濃く、そして力強い匂い。
ルシアンは息を呑み、思わず手を引っ込めた。
『アルファ……』
本能が警告を鳴らしていた。オメガであるルシアンにとって、見知らぬアルファは決して近づいてはならない危険な存在だ。過去の恐ろしい記憶が頭をよぎり、体が小さく震えた。
だが、男の口からかすかな白い息が漏れるのを見て、ルシアンは奥歯を噛みしめた。
「……見捨てることなんて、できるわけがない」
ルシアンは男の腕を自分の肩に回し、雪に足を取られながらも、危ないところでどうにか男を家の中へと引きずり込んだ。
ルシアンは古い木造の家の窓辺に立ち、外で吹き荒れる吹雪を見つめていた。厚いガラスの向こう側は、ただ真っ白な闇が広がっているだけだ。風が家の壁を叩き、古い木材が悲鳴のようにきしむ音がする。
部屋の中には暖炉の火が静かに燃え、乾かしている薬草の少し苦い香りが漂っていた。
ここは世界の果てのような場所だ。誰もルシアンの過去を知らないし、知ろうともしない。
『それでいい。もう、何も望まない』
ルシアンは短く息を吐き、窓から離れた。
かつて彼は、大陸の中心にある巨大な教会で、多くの人々から尊敬を集める立場にいた。白い法衣を身にまとい、神の言葉を伝える役割を担っていた。
だが、それは彼が自分の体を薬で騙し、オメガであることを隠していたから成り立っていたかりそめの栄光だった。
薬の効き目が切れ、突然の発情期が彼を襲ったあの日。隠していたオメガの匂いが広がり、周囲の目は尊敬から侮蔑へと変わった。
汚らわしい獣。神をあざむいた罪人。
そんな言葉とともに、ルシアンはすべてを奪われ、この冷たい辺境の地に追放された。あれからもう、三年が経つ。
今では教会の美しい祈りの歌よりも、村の人々が使う素朴なクワやスキの音のほうが心に馴染んでいた。
ルシアンが暖炉の前に戻り、冷えた指先を火にかざしたときだった。
ドン、と重い音が玄関の扉から響いた。
風の音ではない。何かがぶつかったような、鈍い音だ。
ルシアンは姿勢を正し、扉のほうを振り返った。こんな夜更けに、しかもこの吹雪の中で村を歩き回る者などいるはずがない。
もう一度、ドンと音がした。
ルシアンは少しだけためらった後、壁に立てかけてあった厚手の外套を羽織り、玄関へ向かった。木の扉に手をかけ、ゆっくりと外に押し開ける。
冷たい風が雪を巻き込んで吹き込み、ルシアンの銀色の髪を激しく揺らした。
「……誰か、いるのですか」
ルシアンの声は風にかき消された。
視線を足元に落とすと、雪の積もった階段の前に、黒い塊のようなものが倒れていた。
人間だ。大柄な男が、うつ伏せのまま雪に埋もれかけている。
ルシアンは急いで外へ飛び出し、男の体に触れた。厚い革の鎧はところどころが破れ、濃い色の染みができている。血だ。それも、かなり多くの血を流している。
男の体は氷のように冷たかったが、わずかに胸が上下していた。
「しっかりしてください。こんなところで寝ていたら、凍え死んでしまいます」
ルシアンは男の肩をつかみ、必死に仰向けにひっくり返した。
雪まみれの顔は、ひどく青ざめている。無精ひげが生えた輪郭の深い顔立ちだ。年齢は三十歳くらいだろうか。
ルシアンはその男の首筋に手を当て、脈を確認した。ひどく弱い。
その瞬間、冷たい風に混じって、ある匂いがルシアンの鼻をかすめた。
雨上がりの深い森の土のような、濃く、そして力強い匂い。
ルシアンは息を呑み、思わず手を引っ込めた。
『アルファ……』
本能が警告を鳴らしていた。オメガであるルシアンにとって、見知らぬアルファは決して近づいてはならない危険な存在だ。過去の恐ろしい記憶が頭をよぎり、体が小さく震えた。
だが、男の口からかすかな白い息が漏れるのを見て、ルシアンは奥歯を噛みしめた。
「……見捨てることなんて、できるわけがない」
ルシアンは男の腕を自分の肩に回し、雪に足を取られながらも、危ないところでどうにか男を家の中へと引きずり込んだ。
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