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第10話「過去の清算と抗えない引力」
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ガルドの大きな手が、ルシアンの口元からゆっくりと離れた。
ルシアンは息を呑み、信じられないものを見るような目で、目の前の大柄な男を見上げた。
「……ガルド? どうして、あなたがここに」
かすれた声で問うと、ガルドはわずかに眉を寄せ、背中の大剣の柄に手をかけた。
「村を出た後、南へ向かう途中で教会の騎士団とすれ違った。連中の話の端々から、あんたの名前と辺境の村という言葉が聞こえてな。……嫌な予感がして、急いで引き返してきたんだ」
ガルドの額には薄っすらと汗が浮かび、息も少し上がっている。馬を飛ばし、昼夜を問わず駆け通してきたことは明らかだった。
ルシアンの胸の奥で、熱いものがこみ上げてくる。
彼らはただの刹那的な関係だったはずだ。互いの傷を舐め合い、朝が来れば忘れると決めていた。それなのに、ガルドはルシアンの危機を察して、危険な教会の追手から彼を救うために戻ってきてくれた。
「馬鹿な人だ……関わらないと決めたはずなのに」
ルシアンの声は震え、視界が涙で滲んだ。
ガルドは痛みを堪えるような顔をして、ルシアンの肩を両手で強くつかんだ。
「ああ、俺は馬鹿だ。……あんたを置いて村を出たあの日から、頭の中があんたの匂いでいっぱいになって、どうしようもなかった。剣を振っていても、酒を飲んでいても、あんたの冷たい手が、あの夜の震える声が、ずっと俺を引き戻そうとしていた」
ガルドの金色の瞳が、薄暗がりの中で切実に揺れている。
「誰かを守ろうとして、また失うのが怖かった。だから逃げた。……だが、あんたが他の誰かに傷つけられると考えただけで、俺の腹の底から、今まで感じたこともないような殺意が湧き上がってきたんだ」
それは、アルファが自身の番を守ろうとする、圧倒的で原始的な本能の叫びだった。
ルシアンの体からも、冬の夜の澄んだ空気の匂いが無意識のうちに強くあふれ出し、ガルドの土の匂いと激しく絡み合う。
二人の魂が、もう二度と離れないと誓い合うように、深く共鳴していた。
「……ガルド」
ルシアンは両手を伸ばし、ガルドの分厚い胸板にすがりついた。
革鎧越しに伝わる力強い心音に耳を傾けながら、ルシアンはこれ以上ないほどの安堵と、それと同じくらいの絶望を感じていた。
「でも、駄目です。教会は私を捕らえるまで絶対に諦めない。私が逃げれば、村の人たちが酷い目に遭わされます」
ルシアンは顔を上げ、ガルドの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「私は自首します。彼らが求めているのは私だけだ。……あなたは、巻き込まれる前にここから離れてください」
ルシアンの悲壮な決意を聞いた瞬間、ガルドの顔からすべての表情が消え去った。
彼の目の中に、冷たく、そして恐ろしいほどの静かな怒りの火が灯る。
「……ふざけるな」
地を這うような低い声が、薪小屋の空気をビリビリと震わせた。
「俺に、また同じ後悔をしろと言うのか。目の前で大事なものを奪われるのを、ただ指をくわえて見ていろと?」
「そうじゃありません! 私は、あなたに生きてほしいから……」
「あんたがいない世界で生き延びて、何の意味がある!」
ガルドの激しい怒鳴り声に、ルシアンは言葉を失った。
ガルドの瞳の奥にあるのは、過去のトラウマを乗り越え、今度こそ絶対に守り抜くという強烈な意志だった。
彼はルシアンの細い体を力強く抱き寄せ、その髪に深く顔を埋めた。
「もう逃げない。……あんたも、俺から逃げるな」
耳元で囁かれたその言葉は、どんな呪文よりも深く、ルシアンの心に縛りをかけた。
もはや、理屈ではない。運命の番としての引力が、二人の間のすべての迷いを焼き尽くしていた。
「……わかりました」
ルシアンはガルドの背中に腕を回し、その熱い体を強く抱きしめ返した。
「もう、逃げません。あなたと一緒に、生き抜きます」
その言葉を聞いたガルドは、かすかに口角を上げ、ルシアンの額に短く口づけた。
「……いい子だ。ここで少し待っていろ。俺が外のゴミどもを片付けてくる」
ガルドは背中の大剣をゆっくりと引き抜いた。
分厚い鋼の刃が、薪小屋の隙間から漏れる光を反射して冷たく光る。
「ガルド、相手は教会の騎士団です。彼らは訓練された十人……一人では無茶だ」
「一人じゃない。俺には、帰る場所がある」
ガルドは振り返り、ルシアンに向かって獰猛な獣のように笑った。
それは、過去の亡霊から解放され、守るべきものを得た男の、圧倒的な強さを感じさせる笑みだった。
ガルドは薪小屋の扉を蹴り開け、春の光の中へと飛び出していった。
ルシアンは息を呑み、信じられないものを見るような目で、目の前の大柄な男を見上げた。
「……ガルド? どうして、あなたがここに」
かすれた声で問うと、ガルドはわずかに眉を寄せ、背中の大剣の柄に手をかけた。
「村を出た後、南へ向かう途中で教会の騎士団とすれ違った。連中の話の端々から、あんたの名前と辺境の村という言葉が聞こえてな。……嫌な予感がして、急いで引き返してきたんだ」
ガルドの額には薄っすらと汗が浮かび、息も少し上がっている。馬を飛ばし、昼夜を問わず駆け通してきたことは明らかだった。
ルシアンの胸の奥で、熱いものがこみ上げてくる。
彼らはただの刹那的な関係だったはずだ。互いの傷を舐め合い、朝が来れば忘れると決めていた。それなのに、ガルドはルシアンの危機を察して、危険な教会の追手から彼を救うために戻ってきてくれた。
「馬鹿な人だ……関わらないと決めたはずなのに」
ルシアンの声は震え、視界が涙で滲んだ。
ガルドは痛みを堪えるような顔をして、ルシアンの肩を両手で強くつかんだ。
「ああ、俺は馬鹿だ。……あんたを置いて村を出たあの日から、頭の中があんたの匂いでいっぱいになって、どうしようもなかった。剣を振っていても、酒を飲んでいても、あんたの冷たい手が、あの夜の震える声が、ずっと俺を引き戻そうとしていた」
ガルドの金色の瞳が、薄暗がりの中で切実に揺れている。
「誰かを守ろうとして、また失うのが怖かった。だから逃げた。……だが、あんたが他の誰かに傷つけられると考えただけで、俺の腹の底から、今まで感じたこともないような殺意が湧き上がってきたんだ」
それは、アルファが自身の番を守ろうとする、圧倒的で原始的な本能の叫びだった。
ルシアンの体からも、冬の夜の澄んだ空気の匂いが無意識のうちに強くあふれ出し、ガルドの土の匂いと激しく絡み合う。
二人の魂が、もう二度と離れないと誓い合うように、深く共鳴していた。
「……ガルド」
ルシアンは両手を伸ばし、ガルドの分厚い胸板にすがりついた。
革鎧越しに伝わる力強い心音に耳を傾けながら、ルシアンはこれ以上ないほどの安堵と、それと同じくらいの絶望を感じていた。
「でも、駄目です。教会は私を捕らえるまで絶対に諦めない。私が逃げれば、村の人たちが酷い目に遭わされます」
ルシアンは顔を上げ、ガルドの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「私は自首します。彼らが求めているのは私だけだ。……あなたは、巻き込まれる前にここから離れてください」
ルシアンの悲壮な決意を聞いた瞬間、ガルドの顔からすべての表情が消え去った。
彼の目の中に、冷たく、そして恐ろしいほどの静かな怒りの火が灯る。
「……ふざけるな」
地を這うような低い声が、薪小屋の空気をビリビリと震わせた。
「俺に、また同じ後悔をしろと言うのか。目の前で大事なものを奪われるのを、ただ指をくわえて見ていろと?」
「そうじゃありません! 私は、あなたに生きてほしいから……」
「あんたがいない世界で生き延びて、何の意味がある!」
ガルドの激しい怒鳴り声に、ルシアンは言葉を失った。
ガルドの瞳の奥にあるのは、過去のトラウマを乗り越え、今度こそ絶対に守り抜くという強烈な意志だった。
彼はルシアンの細い体を力強く抱き寄せ、その髪に深く顔を埋めた。
「もう逃げない。……あんたも、俺から逃げるな」
耳元で囁かれたその言葉は、どんな呪文よりも深く、ルシアンの心に縛りをかけた。
もはや、理屈ではない。運命の番としての引力が、二人の間のすべての迷いを焼き尽くしていた。
「……わかりました」
ルシアンはガルドの背中に腕を回し、その熱い体を強く抱きしめ返した。
「もう、逃げません。あなたと一緒に、生き抜きます」
その言葉を聞いたガルドは、かすかに口角を上げ、ルシアンの額に短く口づけた。
「……いい子だ。ここで少し待っていろ。俺が外のゴミどもを片付けてくる」
ガルドは背中の大剣をゆっくりと引き抜いた。
分厚い鋼の刃が、薪小屋の隙間から漏れる光を反射して冷たく光る。
「ガルド、相手は教会の騎士団です。彼らは訓練された十人……一人では無茶だ」
「一人じゃない。俺には、帰る場所がある」
ガルドは振り返り、ルシアンに向かって獰猛な獣のように笑った。
それは、過去の亡霊から解放され、守るべきものを得た男の、圧倒的な強さを感じさせる笑みだった。
ガルドは薪小屋の扉を蹴り開け、春の光の中へと飛び出していった。
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