12 / 15
第11話「白銀の刃と血の代償」
しおりを挟む
村の広場では、神官長マクシムが苛立ちを隠せない様子で村人たちを怒鳴りつけていた。
「ええい、口を割らぬか! あの薄汚いオメガはどこに隠れている! この村ごと異端の火で焼き払われたいのか!」
騎士たちが剣の柄に手をかけ、村の長老や子供たちを威嚇するように取り囲む。
その輪の外側から、重い足音が響いた。
「……随分と威勢がいいな、教会の犬ども」
低い声に弾かれたように、騎士たちが一斉に振り返る。
そこには、身の丈ほどもある大剣を肩に担ぎ、圧倒的な威圧感を放つガルドが立っていた。
彼の体からは、怒りに満ちたアルファのフェロモンが容赦なく放出され、広場の空気を重く押し潰していた。訓練された騎士たちでさえ、その濃密な殺気にあてられ、無意識のうちに一歩後ずさる。
「なんだ、貴様は! 部外者はすっこんでいろ!」
騎士の一人が声を張り上げ、剣を抜いてガルドに向かって斬りかかった。
ガルドの動きは、その巨体からは想像もつかないほど速かった。
肩に担いでいた大剣を片手で軽々と振り下ろす。金属が激突する甲高い音が響き、騎士の剣はあっけなく中ほどからへし折られた。
「なっ……」
驚愕に目を見開く騎士の鳩尾に、ガルドの重い蹴りがめり込む。騎士はくの字に折れ曲がり、数メートル後方へと吹き飛ばされて地面を転がった。
「馬鹿な……陣形を組め! 囲んで仕留めろ!」
騎士の隊長が叫び、残りの九人が一斉にガルドを取り囲む。
マクシムは安全な後方へと後退し、忌々しげにガルドを睨みつけた。
「アルファの傭兵か……。あのオメガにたぶらかされた愚か者め。異端の徒をかばうならば、貴様も同罪だ。殺せ!」
号令とともに、複数の刃が四方からガルドに襲いかかる。
ガルドは恐れることなく、狂気をはらんだ獣のような笑みを浮かべて迎撃した。
彼の大剣は、技巧よりも圧倒的な力と質量で敵を粉砕する。騎士の盾を紙くずのように叩き割り、鎧ごと骨を砕く鈍い音が広場に響き渡った。
血しぶきが春の空を舞い、溶けかけた雪を赤く染めていく。
ガルドの脳裏には、過去の戦場がフラッシュバックしていた。
相棒をかばえなかったあの日の無力感。冷たくなっていく戦友の体を抱きしめ、自分の弱さを呪った夜。
『もう二度と、あんな思いはごめんだ』
ガルドの雄叫びが轟く。
彼の刃は迷いなく、容赦なく敵を薙ぎ払っていく。彼の背中には、彼が命を懸けて守ると決めた唯一の存在、ルシアンがいるのだ。
だが、相手も教会の精鋭。数の暴力は確実にガルドの体力を削っていく。
背後に回り込んだ騎士の刃が、ガルドの左肩を浅く切り裂いた。鮮血が飛び散るが、ガルドは痛みに顔をしかめることすらなく、振り返りざまにその騎士を大剣の柄で殴り倒した。
薪小屋の陰からその惨状を見つめていたルシアンは、息が止まりそうになるほどの恐怖と祈りを胸に抱えていた。
ガルドが血を流すたびに、ルシアン自身の心が切り裂かれるように痛む。
『神様……彼を守ってください。どうか、私のせいで彼を死なせないで』
かつて見限ったはずの神に、ルシアンは両手を組んで必死に祈った。
五分もしないうちに、広場に立っている騎士は隊長一人だけになっていた。他の者は皆、血の海の中で呻き声を上げているか、完全に意識を失っている。
ガルドは荒い息を吐きながら、大剣の切っ先を地面に突き立てて体を支えていた。全身に無数の切り傷を負い、革鎧は血で黒く染まっている。
それでも、彼の金色の瞳は全く光を失わず、狂気のように燃え盛っていた。
「……化け物め」
隊長は恐怖に顔を引きつらせ、剣を取り落として後ずさった。
ガルドはゆっくりと隊長に近づき、その胸ぐらをつかんで軽々と持ち上げた。
「教会の連中に伝えろ」
地獄の底から響くような声だった。
「ルシアンは俺の番だ。これ以上あのオメガに手を出せば、俺が教会の本部を一人残らず皆殺しにしてやる、とな」
隊長は恐怖のあまり泡を吹き、激しく首を縦に振った。
ガルドが手を離すと、隊長は腰を抜かしたまま這うようにして逃げ去った。
残されたのは、震え上がって動けない神官長のマクシムだけだった。
ガルドはゆっくりとマクシムに向き直り、血に濡れた大剣を引きずりながら一歩ずつ近づいていく。
「ひぃっ……! く、来るな! 私は神に仕える身だぞ! 私を殺せば、天罰が……」
マクシムは無様に尻餅をつき、後ずさる。
ガルドが大剣を振り上げようとしたその時。
「ガルド、やめて!」
悲痛な叫び声とともに、ルシアンが薪小屋から飛び出してきた。
彼は全速力で広場を駆け抜け、ガルドの背中にしがみついた。
「もういい……もう十分です。彼を殺せば、あなたは本当に追われる身になってしまう」
ルシアンの細い腕が、ガルドの血まみれの体をきつく抱きしめる。
その温もりと、冬の夜の澄んだ空気の匂いが、ガルドの猛り狂っていた神経を急速に鎮めていった。
ガルドは振り上げていた大剣をゆっくりと下ろし、荒い呼吸を整えながらマクシムを見下ろした。
「……命拾いしたな、神官殿。二度と俺たちの前に面を見せるな。消えろ」
マクシムは青ざめた顔で何度も頷き、部下たちを置き去りにして、無様に背を向けて逃げ去っていった。
静寂が戻った広場で、ガルドは力尽きたように大剣を落とし、その場に膝をついた。
「ガルド!」
ルシアンは慌ててガルドの体を支え、その血だらけの頬に手を添えた。
「馬鹿な人……こんなに傷だらけになって……」
ルシアンの目から大粒の涙がこぼれ、ガルドの頬に落ちる。
ガルドは痛みに顔をゆがめながらも、不器用に笑ってルシアンの涙を親指で拭った。
「泣くな。……あんたが泣くと、俺の傷より胸が痛むんだ」
その言葉に、ルシアンは声を上げて泣き崩れ、ガルドの広い胸に深く顔を埋めた。
二人の間には、もはやどんな言葉も必要なかった。血と泥にまみれながらも、彼らの魂は完全に一つに溶け合っていた。
「ええい、口を割らぬか! あの薄汚いオメガはどこに隠れている! この村ごと異端の火で焼き払われたいのか!」
騎士たちが剣の柄に手をかけ、村の長老や子供たちを威嚇するように取り囲む。
その輪の外側から、重い足音が響いた。
「……随分と威勢がいいな、教会の犬ども」
低い声に弾かれたように、騎士たちが一斉に振り返る。
そこには、身の丈ほどもある大剣を肩に担ぎ、圧倒的な威圧感を放つガルドが立っていた。
彼の体からは、怒りに満ちたアルファのフェロモンが容赦なく放出され、広場の空気を重く押し潰していた。訓練された騎士たちでさえ、その濃密な殺気にあてられ、無意識のうちに一歩後ずさる。
「なんだ、貴様は! 部外者はすっこんでいろ!」
騎士の一人が声を張り上げ、剣を抜いてガルドに向かって斬りかかった。
ガルドの動きは、その巨体からは想像もつかないほど速かった。
肩に担いでいた大剣を片手で軽々と振り下ろす。金属が激突する甲高い音が響き、騎士の剣はあっけなく中ほどからへし折られた。
「なっ……」
驚愕に目を見開く騎士の鳩尾に、ガルドの重い蹴りがめり込む。騎士はくの字に折れ曲がり、数メートル後方へと吹き飛ばされて地面を転がった。
「馬鹿な……陣形を組め! 囲んで仕留めろ!」
騎士の隊長が叫び、残りの九人が一斉にガルドを取り囲む。
マクシムは安全な後方へと後退し、忌々しげにガルドを睨みつけた。
「アルファの傭兵か……。あのオメガにたぶらかされた愚か者め。異端の徒をかばうならば、貴様も同罪だ。殺せ!」
号令とともに、複数の刃が四方からガルドに襲いかかる。
ガルドは恐れることなく、狂気をはらんだ獣のような笑みを浮かべて迎撃した。
彼の大剣は、技巧よりも圧倒的な力と質量で敵を粉砕する。騎士の盾を紙くずのように叩き割り、鎧ごと骨を砕く鈍い音が広場に響き渡った。
血しぶきが春の空を舞い、溶けかけた雪を赤く染めていく。
ガルドの脳裏には、過去の戦場がフラッシュバックしていた。
相棒をかばえなかったあの日の無力感。冷たくなっていく戦友の体を抱きしめ、自分の弱さを呪った夜。
『もう二度と、あんな思いはごめんだ』
ガルドの雄叫びが轟く。
彼の刃は迷いなく、容赦なく敵を薙ぎ払っていく。彼の背中には、彼が命を懸けて守ると決めた唯一の存在、ルシアンがいるのだ。
だが、相手も教会の精鋭。数の暴力は確実にガルドの体力を削っていく。
背後に回り込んだ騎士の刃が、ガルドの左肩を浅く切り裂いた。鮮血が飛び散るが、ガルドは痛みに顔をしかめることすらなく、振り返りざまにその騎士を大剣の柄で殴り倒した。
薪小屋の陰からその惨状を見つめていたルシアンは、息が止まりそうになるほどの恐怖と祈りを胸に抱えていた。
ガルドが血を流すたびに、ルシアン自身の心が切り裂かれるように痛む。
『神様……彼を守ってください。どうか、私のせいで彼を死なせないで』
かつて見限ったはずの神に、ルシアンは両手を組んで必死に祈った。
五分もしないうちに、広場に立っている騎士は隊長一人だけになっていた。他の者は皆、血の海の中で呻き声を上げているか、完全に意識を失っている。
ガルドは荒い息を吐きながら、大剣の切っ先を地面に突き立てて体を支えていた。全身に無数の切り傷を負い、革鎧は血で黒く染まっている。
それでも、彼の金色の瞳は全く光を失わず、狂気のように燃え盛っていた。
「……化け物め」
隊長は恐怖に顔を引きつらせ、剣を取り落として後ずさった。
ガルドはゆっくりと隊長に近づき、その胸ぐらをつかんで軽々と持ち上げた。
「教会の連中に伝えろ」
地獄の底から響くような声だった。
「ルシアンは俺の番だ。これ以上あのオメガに手を出せば、俺が教会の本部を一人残らず皆殺しにしてやる、とな」
隊長は恐怖のあまり泡を吹き、激しく首を縦に振った。
ガルドが手を離すと、隊長は腰を抜かしたまま這うようにして逃げ去った。
残されたのは、震え上がって動けない神官長のマクシムだけだった。
ガルドはゆっくりとマクシムに向き直り、血に濡れた大剣を引きずりながら一歩ずつ近づいていく。
「ひぃっ……! く、来るな! 私は神に仕える身だぞ! 私を殺せば、天罰が……」
マクシムは無様に尻餅をつき、後ずさる。
ガルドが大剣を振り上げようとしたその時。
「ガルド、やめて!」
悲痛な叫び声とともに、ルシアンが薪小屋から飛び出してきた。
彼は全速力で広場を駆け抜け、ガルドの背中にしがみついた。
「もういい……もう十分です。彼を殺せば、あなたは本当に追われる身になってしまう」
ルシアンの細い腕が、ガルドの血まみれの体をきつく抱きしめる。
その温もりと、冬の夜の澄んだ空気の匂いが、ガルドの猛り狂っていた神経を急速に鎮めていった。
ガルドは振り上げていた大剣をゆっくりと下ろし、荒い呼吸を整えながらマクシムを見下ろした。
「……命拾いしたな、神官殿。二度と俺たちの前に面を見せるな。消えろ」
マクシムは青ざめた顔で何度も頷き、部下たちを置き去りにして、無様に背を向けて逃げ去っていった。
静寂が戻った広場で、ガルドは力尽きたように大剣を落とし、その場に膝をついた。
「ガルド!」
ルシアンは慌ててガルドの体を支え、その血だらけの頬に手を添えた。
「馬鹿な人……こんなに傷だらけになって……」
ルシアンの目から大粒の涙がこぼれ、ガルドの頬に落ちる。
ガルドは痛みに顔をゆがめながらも、不器用に笑ってルシアンの涙を親指で拭った。
「泣くな。……あんたが泣くと、俺の傷より胸が痛むんだ」
その言葉に、ルシアンは声を上げて泣き崩れ、ガルドの広い胸に深く顔を埋めた。
二人の間には、もはやどんな言葉も必要なかった。血と泥にまみれながらも、彼らの魂は完全に一つに溶け合っていた。
21
あなたにおすすめの小説
虐げられΩは冷酷公爵に買われるが、実は最強の浄化能力者で運命の番でした
水凪しおん
BL
貧しい村で育った隠れオメガのリアム。彼の運命は、冷酷無比と噂される『銀薔薇の公爵』アシュレイと出会ったことで、激しく動き出す。
強大な魔力の呪いに苦しむ公爵にとって、リアムの持つ不思議な『浄化』の力は唯一の希望だった。道具として屋敷に囚われたリアムだったが、氷の仮面に隠された公爵の孤独と優しさに触れるうち、抗いがたい絆が芽生え始める。
「お前は、俺だけのものだ」
これは、身分も性も、運命さえも乗り越えていく、不器用で一途な二人の成り上がりロマンス。惹かれ合う魂が、やがて世界の理をも変える奇跡を紡ぎ出す――。
貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない
こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。
冷酷なアルファ(氷の将軍)に嫁いだオメガ、実はめちゃくちゃ愛されていた。
水凪しおん
BL
これは、愛を知らなかった二人が、本当の愛を見つけるまでの物語。
国のための「生贄」として、敵国の将軍に嫁いだオメガの王子、ユアン。
彼を待っていたのは、「氷の将軍」と恐れられるアルファ、クロヴィスとの心ない日々だった。
世継ぎを産むための「道具」として扱われ、絶望に暮れるユアン。
しかし、冷たい仮面の下に隠された、不器用な優しさと孤独な瞳。
孤独な夜にかけられた一枚の外套が、凍てついた心を少しずつ溶かし始める。
これは、政略結婚という偽りから始まった、運命の恋。
帝国に渦巻く陰謀に立ち向かう中で、二人は互いを守り、支え合う「共犯者」となる。
偽りの夫婦が、唯一無二の「番」になるまでの軌跡を、どうぞ見届けてください。
新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました
水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。
新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。
それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。
「お前は俺の運命の番だ」
彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。
不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。
「毒が効かない体になるまで毒を盛られた令嬢は、復讐なんて望まない——ただ、助けもしないだけ」
歩人
ファンタジー
侯爵令嬢エレーナは、義母と義妹に3年間毒を盛られ続けた。「病弱な姉」として
社交界から消し、財産と婚約者を奪う計画——しかしエレーナには、前世の記憶から
来る毒物の知識があった。毒の種類を特定し、密かに解毒しながら「弱った姉」を
演じ続け、証拠が積み上がるのを待つ。卒業の夜会で義妹が勝ち誇るその場で、
エレーナは3年分の診断書を差し出す。「復讐? いいえ。ただ、もう助けないだけ」
【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。
紺
ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」
実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて……
「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」
信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。
微ざまぁあり。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる