15 / 15
エピローグ「雪解けの約束」
しおりを挟む
三年後の冬。
エルムの村はまたしても深い雪に覆われ、世界は静寂な白一色に染まっていた。
だが、ルシアンの家の中は、凍えるような外気とは無縁の温かさに満ちている。
暖炉には太い薪がくべられ、赤い炎が力強く揺らめいている。鉄の鍋からは、香草と肉をじっくりと煮込んだ濃厚な香りが漂い、部屋中に食欲をそそる湯気を充満させていた。
ルシアンは窓辺に立ち、厚いガラスの向こうに広がる雪景色をぼんやりと眺めていた。
外は猛吹雪だ。風が家の壁を叩き、古い木材がきしむ音を立てている。
あの日、ガルドがこの家の前に倒れていた夜も、こんなひどい吹雪だった。
『あれから、もう何年も経つのですね』
ルシアンはガラスに息を吹きかけ、白く曇った表面を指先でそっとなぞった。
教会の追手が現れることは、あの日以来一度もなかった。ガルドの圧倒的な力と、彼の背後にある狂気じみた執念に恐れをなした教会の上層部は、ルシアンの存在を死亡したとして処理し、完全に手を引いたのだという噂を、村を訪れた行商人から聞いた。
過去の呪縛は完全に断ち切られたのだ。
「ルシアン。そんなところに立っていないで、火のそばに来い。冷えるぞ」
背後から低く優しい声が聞こえ、大きな毛布がルシアンの肩にふわりとかけられた。
振り向くと、ガルドが困ったような、けれどひどく甘い目つきでルシアンを見下ろしている。
その顔つきは、三年前の荒々しい傭兵の面影を残しながらも、どこか角が取れて穏やかなものに変わっていた。
「外を見ていたんです。あなたと出会った夜のことを思い出して」
ルシアンが微笑みながら答えると、ガルドは小さく鼻を鳴らした。
「あの夜の俺は、死にかけの惨めな獣だったからな。あんたに拾われなかったら、間違いなく雪の下で骨になっていた」
「でも、あなたが私を拾ってくれたんですよ。凍りついていた私の心を、その大きな手で温めて溶かしてくれた」
ルシアンはガルドの胸にそっと額を押し当てた。
分厚い服越しに伝わる力強い鼓動。そして、雨上がりの深い森の土の匂い。
ルシアンの体からも冬の夜の澄んだ空気の匂いが自然とあふれ、二つのフェロモンが暖炉の熱の中で完全に混ざり合う。
番としての結びつきは、月日を重ねるごとに深く、そして強固なものになっていた。
もはや言葉にして愛を確かめ合う必要すらない。互いの呼吸の音、匂い、体温のわずかな変化だけで、相手の心が手に取るようにわかるのだ。
「……春になったら」
ガルドがルシアンの背中に腕を回し、その銀色の髪に口づけながら静かに言った。
「春になったら、村の南にある湖まで行ってみないか。雪解けの時期にしか咲かない、きれいな青い花が一面に咲くらしい。……あんたに、見せてやりたいんだ」
その提案に、ルシアンは顔を上げて目を輝かせた。
昔のガルドなら、花を見に行くなんて柄に合わないと笑い飛ばしていただろう。彼が自分のためにそんなささやかな喜びを探してきてくれたことが、たまらなく嬉しかった。
「ええ。とても見たいです。二人で、必ず行きましょう」
ルシアンが満面の笑みを向けると、ガルドの頬がかすかに赤く染まり、彼は照れ隠しのようにルシアンを強く抱きしめた。
窓の外では、雪が容赦なく降り続いている。
けれど、二人の心の中にはすでに、確かな春の光が差していた。
もう、何も恐れることはない。
互いの体温を分け合い、共に生きる未来がある限り、どんな厳しい冬も必ず乗り越えていけるのだから。
ルシアンはガルドの腕の中で目を閉じ、静かに、そして深く満ち足りた呼吸を繰り返した。
エルムの村はまたしても深い雪に覆われ、世界は静寂な白一色に染まっていた。
だが、ルシアンの家の中は、凍えるような外気とは無縁の温かさに満ちている。
暖炉には太い薪がくべられ、赤い炎が力強く揺らめいている。鉄の鍋からは、香草と肉をじっくりと煮込んだ濃厚な香りが漂い、部屋中に食欲をそそる湯気を充満させていた。
ルシアンは窓辺に立ち、厚いガラスの向こうに広がる雪景色をぼんやりと眺めていた。
外は猛吹雪だ。風が家の壁を叩き、古い木材がきしむ音を立てている。
あの日、ガルドがこの家の前に倒れていた夜も、こんなひどい吹雪だった。
『あれから、もう何年も経つのですね』
ルシアンはガラスに息を吹きかけ、白く曇った表面を指先でそっとなぞった。
教会の追手が現れることは、あの日以来一度もなかった。ガルドの圧倒的な力と、彼の背後にある狂気じみた執念に恐れをなした教会の上層部は、ルシアンの存在を死亡したとして処理し、完全に手を引いたのだという噂を、村を訪れた行商人から聞いた。
過去の呪縛は完全に断ち切られたのだ。
「ルシアン。そんなところに立っていないで、火のそばに来い。冷えるぞ」
背後から低く優しい声が聞こえ、大きな毛布がルシアンの肩にふわりとかけられた。
振り向くと、ガルドが困ったような、けれどひどく甘い目つきでルシアンを見下ろしている。
その顔つきは、三年前の荒々しい傭兵の面影を残しながらも、どこか角が取れて穏やかなものに変わっていた。
「外を見ていたんです。あなたと出会った夜のことを思い出して」
ルシアンが微笑みながら答えると、ガルドは小さく鼻を鳴らした。
「あの夜の俺は、死にかけの惨めな獣だったからな。あんたに拾われなかったら、間違いなく雪の下で骨になっていた」
「でも、あなたが私を拾ってくれたんですよ。凍りついていた私の心を、その大きな手で温めて溶かしてくれた」
ルシアンはガルドの胸にそっと額を押し当てた。
分厚い服越しに伝わる力強い鼓動。そして、雨上がりの深い森の土の匂い。
ルシアンの体からも冬の夜の澄んだ空気の匂いが自然とあふれ、二つのフェロモンが暖炉の熱の中で完全に混ざり合う。
番としての結びつきは、月日を重ねるごとに深く、そして強固なものになっていた。
もはや言葉にして愛を確かめ合う必要すらない。互いの呼吸の音、匂い、体温のわずかな変化だけで、相手の心が手に取るようにわかるのだ。
「……春になったら」
ガルドがルシアンの背中に腕を回し、その銀色の髪に口づけながら静かに言った。
「春になったら、村の南にある湖まで行ってみないか。雪解けの時期にしか咲かない、きれいな青い花が一面に咲くらしい。……あんたに、見せてやりたいんだ」
その提案に、ルシアンは顔を上げて目を輝かせた。
昔のガルドなら、花を見に行くなんて柄に合わないと笑い飛ばしていただろう。彼が自分のためにそんなささやかな喜びを探してきてくれたことが、たまらなく嬉しかった。
「ええ。とても見たいです。二人で、必ず行きましょう」
ルシアンが満面の笑みを向けると、ガルドの頬がかすかに赤く染まり、彼は照れ隠しのようにルシアンを強く抱きしめた。
窓の外では、雪が容赦なく降り続いている。
けれど、二人の心の中にはすでに、確かな春の光が差していた。
もう、何も恐れることはない。
互いの体温を分け合い、共に生きる未来がある限り、どんな厳しい冬も必ず乗り越えていけるのだから。
ルシアンはガルドの腕の中で目を閉じ、静かに、そして深く満ち足りた呼吸を繰り返した。
23
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
虐げられΩは冷酷公爵に買われるが、実は最強の浄化能力者で運命の番でした
水凪しおん
BL
貧しい村で育った隠れオメガのリアム。彼の運命は、冷酷無比と噂される『銀薔薇の公爵』アシュレイと出会ったことで、激しく動き出す。
強大な魔力の呪いに苦しむ公爵にとって、リアムの持つ不思議な『浄化』の力は唯一の希望だった。道具として屋敷に囚われたリアムだったが、氷の仮面に隠された公爵の孤独と優しさに触れるうち、抗いがたい絆が芽生え始める。
「お前は、俺だけのものだ」
これは、身分も性も、運命さえも乗り越えていく、不器用で一途な二人の成り上がりロマンス。惹かれ合う魂が、やがて世界の理をも変える奇跡を紡ぎ出す――。
貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない
こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。
冷酷なアルファ(氷の将軍)に嫁いだオメガ、実はめちゃくちゃ愛されていた。
水凪しおん
BL
これは、愛を知らなかった二人が、本当の愛を見つけるまでの物語。
国のための「生贄」として、敵国の将軍に嫁いだオメガの王子、ユアン。
彼を待っていたのは、「氷の将軍」と恐れられるアルファ、クロヴィスとの心ない日々だった。
世継ぎを産むための「道具」として扱われ、絶望に暮れるユアン。
しかし、冷たい仮面の下に隠された、不器用な優しさと孤独な瞳。
孤独な夜にかけられた一枚の外套が、凍てついた心を少しずつ溶かし始める。
これは、政略結婚という偽りから始まった、運命の恋。
帝国に渦巻く陰謀に立ち向かう中で、二人は互いを守り、支え合う「共犯者」となる。
偽りの夫婦が、唯一無二の「番」になるまでの軌跡を、どうぞ見届けてください。
新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました
水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。
新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。
それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。
「お前は俺の運命の番だ」
彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。
不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。
「毒が効かない体になるまで毒を盛られた令嬢は、復讐なんて望まない——ただ、助けもしないだけ」
歩人
ファンタジー
侯爵令嬢エレーナは、義母と義妹に3年間毒を盛られ続けた。「病弱な姉」として
社交界から消し、財産と婚約者を奪う計画——しかしエレーナには、前世の記憶から
来る毒物の知識があった。毒の種類を特定し、密かに解毒しながら「弱った姉」を
演じ続け、証拠が積み上がるのを待つ。卒業の夜会で義妹が勝ち誇るその場で、
エレーナは3年分の診断書を差し出す。「復讐? いいえ。ただ、もう助けないだけ」
【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。
紺
ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」
実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて……
「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」
信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。
微ざまぁあり。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる