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第12話「夜明けの誓い」
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「俺の、番になってくれないか」
蓮の言葉は、静かな波紋のように俺の心に広がっていった。
夢にまで見た言葉。けれど、もう二度と自分には縁がないと諦めていた言葉。
目の前で、真摯な瞳で俺を見つめるこの人が、それを口にしている。現実感がなくて、まるで映画のワンシーンのようだった。
「……俺で、いいんですか」
やっとのことで絞り出した声は、情けなく震えていた。
「過去に傷があって、普通のオメガみたいに、素直にあなたを頼ることもできない。面倒で、手のかかる人間ですよ、俺は」
「君がいいんだ」
蓮は、俺の不安を打ち消すように、力強く言った。
「君の傷も、脆さも、不器用さも、全て含めて、君を愛している。面倒だなんて、思ったことは一度もない。むしろ、君が俺を必要としてくれることが、俺にとっては最大の喜びだ」
彼の言葉の一つ一つが、乾いた心に染み込んでいく。
俺は、ずっと愛されることに怯えていた。愛されれば、いつかまた失う日が来る。その痛みに耐えられないと思っていた。
でも、蓮となら。
この人となら、失うことの恐怖よりも、共にいることの喜びの方が、ずっと大きいのかもしれない。
「俺は……」
頷きたかった。すぐにでも、あなたのものになりたいと、叫びたかった。
でも、その前に、伝えなければならないことがある。
「俺は、あなたに相応しい人間じゃないかもしれない。あなたのご家族や、周りの人たちは、きっと反対します。俺みたいな、何の家柄もない、ただの花屋の店員なんて……」
灰都に言われた言葉が、呪いのように蘇る。
『お前みたいな出来損ないのオメガ、うちの家に入る資格なんてない』
蓮の家は、藤堂家とは比べ物にならないほどの名家だと聞いている。俺が、彼の隣に立つことなど、許されるはずがない。
すると、蓮はふっと、優しく笑った。
「俺の家族は、もういない。俺が子供の頃に、事故で亡くなった」
「え……」
「俺の周りの人間が、君のことをどう思うか。そんなことは、どうでもいい。俺の人生は、俺が決める。そして、俺が選んだのは、君だ。藍沢湊、君だけだ」
彼の瞳に、迷いはなかった。
俺が抱えていた最後の不安が、彼の力強い言葉によって、跡形もなく消え去っていく。
もう、何も怖くない。
この人の手を、取ろう。
「……はい」
俺は、涙で濡れた顔を上げて、精一杯の笑顔を作った。
「俺を、あなたのお嫁さんにしてください」
少し、古風な言い方だったかもしれない。でも、それが俺の、最大限の素直な気持ちだった。
蓮は、一瞬、驚いたように目を見開いたが、やがて、その顔がくしゃりと崩れた。彼が、こんなに感情を露わにして笑うのを、初めて見た。
彼は俺を力強く抱きしめると、何度も、何度も、「ありがとう」と繰り返した。
その声は、喜びで震えていた。
その夜、俺たちは初めて、番として結ばれた。
蓮は、どこまでも優しかった。俺の身体を、まるで宝物のように丁寧に扱い、俺が痛みや恐怖を感じないように、細心の注意を払ってくれた。
彼のフェロモンが、俺の身体の奥深くまで満たしていく。深い森の香り。もうそれは、ただの香りではなかった。蓮という存在そのものだった。
俺も、自分のフェロモンを解放した。雨上がりの紫陽花の香り。その香りが、彼の森の香りと混じり合い、溶け合っていく。
首筋に、彼の歯が立てられる。痛みは一瞬。その後には、魂が溶けるような、至上の幸福感が広がった。
これで、俺たちは、名実ともに番になったのだ。
行為が終わった後、俺は蓮の腕の中で、彼の心臓の音を聞いていた。
窓の外が、少しずつ白んでくる。夜明けだ。
「湊」
蓮が、俺の髪を撫でながら、静かにつぶやいた。
「君に出会えて、よかった。俺の人生は、君と出会うためにあったんだと思う」
「……俺もです」
俺は、彼の胸に顔を擦り寄せた。
「あなたに出会うまでの俺の人生は、モノクロでした。でも、あなたと出会って、世界に色がついた。こんなに、世界が美しいなんて、知らなかった」
夜が明ける。
俺の、長くて暗い夜も、ようやく明けたのだ。
蓮という、太陽のような光と共に。
もう、過去を振り返るのはやめよう。
俺の未来は、この人の隣にある。
腕の中で聞こえる、穏やかで力強い鼓動。それが、俺たちの新しい始まりを告げる、誓いの音のように響いていた。
蓮の言葉は、静かな波紋のように俺の心に広がっていった。
夢にまで見た言葉。けれど、もう二度と自分には縁がないと諦めていた言葉。
目の前で、真摯な瞳で俺を見つめるこの人が、それを口にしている。現実感がなくて、まるで映画のワンシーンのようだった。
「……俺で、いいんですか」
やっとのことで絞り出した声は、情けなく震えていた。
「過去に傷があって、普通のオメガみたいに、素直にあなたを頼ることもできない。面倒で、手のかかる人間ですよ、俺は」
「君がいいんだ」
蓮は、俺の不安を打ち消すように、力強く言った。
「君の傷も、脆さも、不器用さも、全て含めて、君を愛している。面倒だなんて、思ったことは一度もない。むしろ、君が俺を必要としてくれることが、俺にとっては最大の喜びだ」
彼の言葉の一つ一つが、乾いた心に染み込んでいく。
俺は、ずっと愛されることに怯えていた。愛されれば、いつかまた失う日が来る。その痛みに耐えられないと思っていた。
でも、蓮となら。
この人となら、失うことの恐怖よりも、共にいることの喜びの方が、ずっと大きいのかもしれない。
「俺は……」
頷きたかった。すぐにでも、あなたのものになりたいと、叫びたかった。
でも、その前に、伝えなければならないことがある。
「俺は、あなたに相応しい人間じゃないかもしれない。あなたのご家族や、周りの人たちは、きっと反対します。俺みたいな、何の家柄もない、ただの花屋の店員なんて……」
灰都に言われた言葉が、呪いのように蘇る。
『お前みたいな出来損ないのオメガ、うちの家に入る資格なんてない』
蓮の家は、藤堂家とは比べ物にならないほどの名家だと聞いている。俺が、彼の隣に立つことなど、許されるはずがない。
すると、蓮はふっと、優しく笑った。
「俺の家族は、もういない。俺が子供の頃に、事故で亡くなった」
「え……」
「俺の周りの人間が、君のことをどう思うか。そんなことは、どうでもいい。俺の人生は、俺が決める。そして、俺が選んだのは、君だ。藍沢湊、君だけだ」
彼の瞳に、迷いはなかった。
俺が抱えていた最後の不安が、彼の力強い言葉によって、跡形もなく消え去っていく。
もう、何も怖くない。
この人の手を、取ろう。
「……はい」
俺は、涙で濡れた顔を上げて、精一杯の笑顔を作った。
「俺を、あなたのお嫁さんにしてください」
少し、古風な言い方だったかもしれない。でも、それが俺の、最大限の素直な気持ちだった。
蓮は、一瞬、驚いたように目を見開いたが、やがて、その顔がくしゃりと崩れた。彼が、こんなに感情を露わにして笑うのを、初めて見た。
彼は俺を力強く抱きしめると、何度も、何度も、「ありがとう」と繰り返した。
その声は、喜びで震えていた。
その夜、俺たちは初めて、番として結ばれた。
蓮は、どこまでも優しかった。俺の身体を、まるで宝物のように丁寧に扱い、俺が痛みや恐怖を感じないように、細心の注意を払ってくれた。
彼のフェロモンが、俺の身体の奥深くまで満たしていく。深い森の香り。もうそれは、ただの香りではなかった。蓮という存在そのものだった。
俺も、自分のフェロモンを解放した。雨上がりの紫陽花の香り。その香りが、彼の森の香りと混じり合い、溶け合っていく。
首筋に、彼の歯が立てられる。痛みは一瞬。その後には、魂が溶けるような、至上の幸福感が広がった。
これで、俺たちは、名実ともに番になったのだ。
行為が終わった後、俺は蓮の腕の中で、彼の心臓の音を聞いていた。
窓の外が、少しずつ白んでくる。夜明けだ。
「湊」
蓮が、俺の髪を撫でながら、静かにつぶやいた。
「君に出会えて、よかった。俺の人生は、君と出会うためにあったんだと思う」
「……俺もです」
俺は、彼の胸に顔を擦り寄せた。
「あなたに出会うまでの俺の人生は、モノクロでした。でも、あなたと出会って、世界に色がついた。こんなに、世界が美しいなんて、知らなかった」
夜が明ける。
俺の、長くて暗い夜も、ようやく明けたのだ。
蓮という、太陽のような光と共に。
もう、過去を振り返るのはやめよう。
俺の未来は、この人の隣にある。
腕の中で聞こえる、穏やかで力強い鼓動。それが、俺たちの新しい始まりを告げる、誓いの音のように響いていた。
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