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第12話「梅の花が咲く頃」
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それから一ヶ月が経った。
二月に入り、街はバレンタインの雰囲気に浮き足立っている。
『月光堂』も相変わらずの盛況ぶりだった。湊の記事効果は持続しており、リピーターも定着しつつある。
湊はライターの仕事を続けながら、午後は店の手伝いをするという生活スタイルを確立していた。
「蓮さん、バレンタイン限定の商品、どうします? やっぱりチョコ系は必須ですよね」
「うーん……和菓子屋ですからね。チョコをそのまま使うのは芸がない」
「じゃあ、白餡にチョコを練り込んだ『チョコ大福』はどうですか? 中には苺を入れて」
「苺チョコ大福……悪くないですね。酸味と甘味のバランスが良さそうだ」
二人は工房で試作を重ねる。
距離は近い。作業の合間に、ふとした瞬間に手が触れ合い、視線が絡む。
付き合い始めて一ヶ月。まだ照れくささはあるものの、二人の空気感は熟年夫婦のような安定感を帯びていた。
「あ、湊さん。鼻に粉がついてますよ」
「えっ、どこ?」
「ここです」
蓮が指先で湊の鼻を拭う。そして、そのまま湊の顎を持ち上げ、軽く口づけた。
「んっ……」
甘い。チョコよりも甘い口づけ。
「……仕事中ですよ、店主」
湊が顔を赤らめて抗議すると、蓮は悪びれもせずに笑う。
「誰も見ていませんから。それに、糖分補給です」
「もう……このむっつりスケベ」
「なんとでも」
蓮は本当に変わった。感情を表に出すようになり、湊に対しては独占欲も見せるようになった。
客の男性が湊に親しげに話しかけていると、背後から無言の圧力をかけてくるのだ。それが湊には少し嬉しくもあった。
「そういえば、佐々木さんがまた記事を頼みたいって言ってましたよ。『職人と生きる』というテーマでエッセイを書いてくれって」
「俺たちのことを書くんですか?」
「まあ、モデルにする程度ですよ。全部書いたら惚気になっちゃいますから」
「ふっ、それもいいかもしれませんね。世界中に自慢したい気分です」
蓮が冗談めかして言う。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
郵便配達員だ。
「書留でーす」
届いたのは、一通の封書だった。差出人は、有名な和菓子コンクールの事務局。
蓮が緊張した面持ちで封を開ける。
「……どうですか?」
湊が息を呑んで見守る。
蓮は書類を読み、深く息を吐き出した。そして、湊の方を向いた。
「……入賞、しました」
「えっ!」
「『新作和菓子部門』で金賞です。あの鏡開きの時に作った、紅白梅のぜんざいと、このチョコ大福の試作品を合わせて応募していたんですが」
「すごい! すごいですよ蓮さん! 金賞なんて快挙じゃないですか!」
湊は飛び上がって蓮に抱きついた。
「湊さんが背中を押してくれたおかげです。コンクールに出すなんて、昔の俺なら考えもしなかった」
「蓮さんの実力ですよ。お父様も、きっと天国で喜んでます」
「……そうだと、いいんですが」
蓮は神棚を見上げ、目を細めた。
そこに飾られている梅の木型が、微かに光ったような気がした。
この受賞をきっかけに、『月光堂』の名はさらに広く知られることになるだろう。だが、蓮はもう恐れてはいなかった。隣には最強のパートナーがいるのだから。
「お祝いしましょう、今夜!」
「ええ。とっておきの日本酒があります」
「お酒と和菓子、最高ですね」
雪解けの水が流れる音がする。
庭の梅の木には、小さな蕾がほころび始めていた。
厳しい冬を越え、春はもうすぐそこまで来ていた。
二月に入り、街はバレンタインの雰囲気に浮き足立っている。
『月光堂』も相変わらずの盛況ぶりだった。湊の記事効果は持続しており、リピーターも定着しつつある。
湊はライターの仕事を続けながら、午後は店の手伝いをするという生活スタイルを確立していた。
「蓮さん、バレンタイン限定の商品、どうします? やっぱりチョコ系は必須ですよね」
「うーん……和菓子屋ですからね。チョコをそのまま使うのは芸がない」
「じゃあ、白餡にチョコを練り込んだ『チョコ大福』はどうですか? 中には苺を入れて」
「苺チョコ大福……悪くないですね。酸味と甘味のバランスが良さそうだ」
二人は工房で試作を重ねる。
距離は近い。作業の合間に、ふとした瞬間に手が触れ合い、視線が絡む。
付き合い始めて一ヶ月。まだ照れくささはあるものの、二人の空気感は熟年夫婦のような安定感を帯びていた。
「あ、湊さん。鼻に粉がついてますよ」
「えっ、どこ?」
「ここです」
蓮が指先で湊の鼻を拭う。そして、そのまま湊の顎を持ち上げ、軽く口づけた。
「んっ……」
甘い。チョコよりも甘い口づけ。
「……仕事中ですよ、店主」
湊が顔を赤らめて抗議すると、蓮は悪びれもせずに笑う。
「誰も見ていませんから。それに、糖分補給です」
「もう……このむっつりスケベ」
「なんとでも」
蓮は本当に変わった。感情を表に出すようになり、湊に対しては独占欲も見せるようになった。
客の男性が湊に親しげに話しかけていると、背後から無言の圧力をかけてくるのだ。それが湊には少し嬉しくもあった。
「そういえば、佐々木さんがまた記事を頼みたいって言ってましたよ。『職人と生きる』というテーマでエッセイを書いてくれって」
「俺たちのことを書くんですか?」
「まあ、モデルにする程度ですよ。全部書いたら惚気になっちゃいますから」
「ふっ、それもいいかもしれませんね。世界中に自慢したい気分です」
蓮が冗談めかして言う。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
郵便配達員だ。
「書留でーす」
届いたのは、一通の封書だった。差出人は、有名な和菓子コンクールの事務局。
蓮が緊張した面持ちで封を開ける。
「……どうですか?」
湊が息を呑んで見守る。
蓮は書類を読み、深く息を吐き出した。そして、湊の方を向いた。
「……入賞、しました」
「えっ!」
「『新作和菓子部門』で金賞です。あの鏡開きの時に作った、紅白梅のぜんざいと、このチョコ大福の試作品を合わせて応募していたんですが」
「すごい! すごいですよ蓮さん! 金賞なんて快挙じゃないですか!」
湊は飛び上がって蓮に抱きついた。
「湊さんが背中を押してくれたおかげです。コンクールに出すなんて、昔の俺なら考えもしなかった」
「蓮さんの実力ですよ。お父様も、きっと天国で喜んでます」
「……そうだと、いいんですが」
蓮は神棚を見上げ、目を細めた。
そこに飾られている梅の木型が、微かに光ったような気がした。
この受賞をきっかけに、『月光堂』の名はさらに広く知られることになるだろう。だが、蓮はもう恐れてはいなかった。隣には最強のパートナーがいるのだから。
「お祝いしましょう、今夜!」
「ええ。とっておきの日本酒があります」
「お酒と和菓子、最高ですね」
雪解けの水が流れる音がする。
庭の梅の木には、小さな蕾がほころび始めていた。
厳しい冬を越え、春はもうすぐそこまで来ていた。
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