鏡開きと恋のぜんざい~無愛想な和菓子職人はスランプ作家を甘く溶かす~

水凪しおん

文字の大きさ
13 / 16

第12話「梅の花が咲く頃」

しおりを挟む
 それから一ヶ月が経った。
 二月に入り、街はバレンタインの雰囲気に浮き足立っている。
『月光堂』も相変わらずの盛況ぶりだった。湊の記事効果は持続しており、リピーターも定着しつつある。
 湊はライターの仕事を続けながら、午後は店の手伝いをするという生活スタイルを確立していた。
「蓮さん、バレンタイン限定の商品、どうします? やっぱりチョコ系は必須ですよね」
「うーん……和菓子屋ですからね。チョコをそのまま使うのは芸がない」
「じゃあ、白餡にチョコを練り込んだ『チョコ大福』はどうですか? 中には苺を入れて」
「苺チョコ大福……悪くないですね。酸味と甘味のバランスが良さそうだ」
 二人は工房で試作を重ねる。
 距離は近い。作業の合間に、ふとした瞬間に手が触れ合い、視線が絡む。
 付き合い始めて一ヶ月。まだ照れくささはあるものの、二人の空気感は熟年夫婦のような安定感を帯びていた。
「あ、湊さん。鼻に粉がついてますよ」
「えっ、どこ?」
「ここです」
 蓮が指先で湊の鼻を拭う。そして、そのまま湊の顎を持ち上げ、軽く口づけた。
「んっ……」
 甘い。チョコよりも甘い口づけ。
「……仕事中ですよ、店主」
 湊が顔を赤らめて抗議すると、蓮は悪びれもせずに笑う。
「誰も見ていませんから。それに、糖分補給です」
「もう……このむっつりスケベ」
「なんとでも」
 蓮は本当に変わった。感情を表に出すようになり、湊に対しては独占欲も見せるようになった。
 客の男性が湊に親しげに話しかけていると、背後から無言の圧力をかけてくるのだ。それが湊には少し嬉しくもあった。
「そういえば、佐々木さんがまた記事を頼みたいって言ってましたよ。『職人と生きる』というテーマでエッセイを書いてくれって」
「俺たちのことを書くんですか?」
「まあ、モデルにする程度ですよ。全部書いたら惚気になっちゃいますから」
「ふっ、それもいいかもしれませんね。世界中に自慢したい気分です」
 蓮が冗談めかして言う。
 その時、玄関のチャイムが鳴った。
 郵便配達員だ。
「書留でーす」
 届いたのは、一通の封書だった。差出人は、有名な和菓子コンクールの事務局。
 蓮が緊張した面持ちで封を開ける。
「……どうですか?」
 湊が息を呑んで見守る。
 蓮は書類を読み、深く息を吐き出した。そして、湊の方を向いた。
「……入賞、しました」
「えっ!」
「『新作和菓子部門』で金賞です。あの鏡開きの時に作った、紅白梅のぜんざいと、このチョコ大福の試作品を合わせて応募していたんですが」
「すごい! すごいですよ蓮さん! 金賞なんて快挙じゃないですか!」
 湊は飛び上がって蓮に抱きついた。
「湊さんが背中を押してくれたおかげです。コンクールに出すなんて、昔の俺なら考えもしなかった」
「蓮さんの実力ですよ。お父様も、きっと天国で喜んでます」
「……そうだと、いいんですが」
 蓮は神棚を見上げ、目を細めた。
 そこに飾られている梅の木型が、微かに光ったような気がした。
 この受賞をきっかけに、『月光堂』の名はさらに広く知られることになるだろう。だが、蓮はもう恐れてはいなかった。隣には最強のパートナーがいるのだから。
「お祝いしましょう、今夜!」
「ええ。とっておきの日本酒があります」
「お酒と和菓子、最高ですね」
 雪解けの水が流れる音がする。
 庭の梅の木には、小さな蕾がほころび始めていた。
 厳しい冬を越え、春はもうすぐそこまで来ていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

《一時完結》僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ

MITARASI_
BL
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 続編執筆中

目線の先には。僕の好きな人は誰を見ている?

綾波絢斗
BL
東雲桜花大学附属第一高等学園の三年生の高瀬陸(たかせりく)と一ノ瀬湊(いちのせみなと)は幼稚舎の頃からの幼馴染。 湊は陸にひそかに想いを寄せているけれど、陸はいつも違う人を見ている。 そして、陸は相手が自分に好意を寄せると途端に興味を失う。 その性格を知っている僕は自分の想いを秘めたまま陸の傍にいようとするが、陸が恋している姿を見ていることに耐えられなく陸から離れる決意をした。

【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)
BL
 双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。  同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。  ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。  兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。  すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。 第1回青春BLカップ参加作品です。 1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。 2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)

《完結》僕が天使になるまで

MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。 それは翔太の未来を守るため――。 料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。 遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。 涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【完結】恋した君は別の誰かが好きだから

花村 ネズリ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。 青春BLカップ31位。 BETありがとうございました。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 二つの視点から見た、片思い恋愛模様。 じれきゅん ギャップ攻め

婚約破棄を望みます

みけねこ
BL
幼い頃出会った彼の『婚約者』には姉上がなるはずだったのに。もう諸々と隠せません。

処理中です...