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番外編「穏やかな休日の過ごし方」
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「アレク、起きてください。朝ですよ」
休日の朝。僕は、隣で眠るアレクの肩を、優しく揺すった。
彼は、うーん、と低い声を漏らし、寝返りを打つ。普段は、誰よりも早起きで、隙のない彼が見せる、無防備な寝顔。
それは、僕だけが見ることのできる、特別な表情だった。
「もう、朝餉の準備ができてしまいますよ」
僕がもう一度声をかけると、彼は、ゆっくりと目を開けた。
寝起きの、少しだけ潤んだ青い瞳が、僕を捉える。
「……リオ」
かすれた声で僕の名前を呼ぶと、彼は、長い腕を伸ばして、僕をベッドの中へ引きずり込んだ。
「きゃっ!?」
思わず、短い悲鳴を上げる。
彼のたくましい胸の中に、すっぽりと閉じ込められてしまった。
「おはよう」
耳元でささやかれる、彼の低い声。
その声と、彼の体から香る、落ち着いたアルファのフェロモンに、僕の心臓が、とくん、と音を立てる。もう、番になって何年も経つのに、未だに、彼のこういう不意打ちには、慣れることができない。
「おはようございます……。でも、もう起きないと」
「まだいいだろう。今日は、休みだ」
彼は、そう言うと、僕の髪に、子供にするように、顔をうずめた。
くすぐったくて、身じろぎをすると、彼の腕の力が、さらに強まる。
「アレク……」
「……もう少し、このままで」
甘えるような彼の声に、僕は、それ以上、何も言えなくなった。
仕方ないな、という気持ちと、嬉しい気持ちが、半分ずつ。僕は、彼の胸に、そっと顔をうずめ返した。彼の心音が、とく、とく、と規則正しく聞こえてくる。
この音が、僕を、何よりも安心させてくれる。
結局、僕たちがベッドから出たのは、太陽がすっかり高く昇ってからだった。
遅い朝食を二人で済ませた後、僕たちは、特に何をするでもなく、リビングのソファでくつろいでいた。
僕は、新しい薬草学の本を読み、アレクは、その隣で、僕の髪を指でいじりながら、ぼんやりと窓の外を眺めている。
仕事から解放された、何でもない、穏やかな時間。それが、僕たちにとって、何よりの贅沢だった。
「そうだ、アレク。この間、薬師学校の生徒が、珍しいお茶の葉をくれたんです。淹れてきましょうか?」
「ああ、頼む」
僕がキッチンでお茶の準備をしていると、後ろから、アレクが、そっと僕を抱きしめた。
「手伝うことは、あるか?」
「大丈夫ですよ。座って待っていてください」
「……いやだ」
彼は、子供のように首を振り、僕の肩に、こてん、と頭を乗せた。
普段、騎士団長として、常に気を張り詰めている彼が、僕の前だけで見せる、甘えん坊な一面。それが、たまらなく愛おしい。
「もう……。じゃあ、そこのカップを、テーブルまで運んでくれますか?」
「分かった」
彼は、満足そうにうなずくと、僕から体を離し、言われた通りにカップを運んでくれた。
二人で、温かいお茶を飲む。爽やかな香りが、部屋いっぱいに広がった。
「美味いな、この茶は」
「良かった」
僕たちは、他愛もない話をした。
騎士団の新人たちのこと、薬師学校の生徒たちのこと、次に二人で行ってみたい場所のこと。話は尽きることがない。
午後は、庭の手入れをした。
僕が薬草を育てるために作った、小さなハーブ園。アレクは、力仕事は任せろと、雑草を抜いたり、土を耕したりするのを手伝ってくれる。
土にまみれて、額に汗を浮かべる彼の姿は、騎士団長の威厳とはまた違う、たくましい魅力に溢れていた。
「見てください、アレク。このカミツレ、もうすぐ花が咲きそうです」
「本当だ。お前が育てると、どんな植物も元気に育つな」
彼は、僕の頭を、泥のついた手で、わしゃわしゃと撫でた。
「もう、土がつきますよ!」
僕が笑いながら言うと、彼も、楽しそうに笑った。
太陽が西に傾き始めた頃、僕たちは、家の中に戻り、一緒に夕食の準備をした。
僕がシチューを煮込み、アレクがパンを切る。そんな、ありふれた共同作業が、僕にとっては、かけがえのない幸せな時間だった。
夕食の後、僕たちは、暖炉の前に並んで座った。
パチパチと薪のはぜる音が、静かな部屋に響く。
僕は、アレクの肩に、そっと頭をもたせかけた。彼は、僕の肩を、優しく抱き寄せてくれる。
「……幸せだな」
どちらからともなく、同じ言葉が、同時にこぼれた。
僕たちは、顔を見合わせて、小さく笑い合う。
「ええ、本当に」
これ以上、何を望むというのだろう。
愛する人が、隣にいる。温かい家がある。穏やかな時間がある。それだけで、僕の心は、満たされていた。
過労死した前世では、決して手に入れることのできなかった、温かくて、優しい幸せ。
「リオ」
アレクが、僕の名前を呼んだ。
「これからも、毎年、こんな休日を、お前と一緒に過ごしたい」
「はい。僕もです」
僕は、彼の胸に顔をうずめた。
「ずっと、ずっと、一緒にいましょうね」
「ああ、約束だ」
暖炉の炎が、僕たち二人を、オレンジ色の光で、優しく照らしていた。
ありふれていて、特別で、そして、何よりも愛おしい、僕たちの休日。
この幸せが、永遠に続きますように。
僕は、心の中で、静かに祈った。
休日の朝。僕は、隣で眠るアレクの肩を、優しく揺すった。
彼は、うーん、と低い声を漏らし、寝返りを打つ。普段は、誰よりも早起きで、隙のない彼が見せる、無防備な寝顔。
それは、僕だけが見ることのできる、特別な表情だった。
「もう、朝餉の準備ができてしまいますよ」
僕がもう一度声をかけると、彼は、ゆっくりと目を開けた。
寝起きの、少しだけ潤んだ青い瞳が、僕を捉える。
「……リオ」
かすれた声で僕の名前を呼ぶと、彼は、長い腕を伸ばして、僕をベッドの中へ引きずり込んだ。
「きゃっ!?」
思わず、短い悲鳴を上げる。
彼のたくましい胸の中に、すっぽりと閉じ込められてしまった。
「おはよう」
耳元でささやかれる、彼の低い声。
その声と、彼の体から香る、落ち着いたアルファのフェロモンに、僕の心臓が、とくん、と音を立てる。もう、番になって何年も経つのに、未だに、彼のこういう不意打ちには、慣れることができない。
「おはようございます……。でも、もう起きないと」
「まだいいだろう。今日は、休みだ」
彼は、そう言うと、僕の髪に、子供にするように、顔をうずめた。
くすぐったくて、身じろぎをすると、彼の腕の力が、さらに強まる。
「アレク……」
「……もう少し、このままで」
甘えるような彼の声に、僕は、それ以上、何も言えなくなった。
仕方ないな、という気持ちと、嬉しい気持ちが、半分ずつ。僕は、彼の胸に、そっと顔をうずめ返した。彼の心音が、とく、とく、と規則正しく聞こえてくる。
この音が、僕を、何よりも安心させてくれる。
結局、僕たちがベッドから出たのは、太陽がすっかり高く昇ってからだった。
遅い朝食を二人で済ませた後、僕たちは、特に何をするでもなく、リビングのソファでくつろいでいた。
僕は、新しい薬草学の本を読み、アレクは、その隣で、僕の髪を指でいじりながら、ぼんやりと窓の外を眺めている。
仕事から解放された、何でもない、穏やかな時間。それが、僕たちにとって、何よりの贅沢だった。
「そうだ、アレク。この間、薬師学校の生徒が、珍しいお茶の葉をくれたんです。淹れてきましょうか?」
「ああ、頼む」
僕がキッチンでお茶の準備をしていると、後ろから、アレクが、そっと僕を抱きしめた。
「手伝うことは、あるか?」
「大丈夫ですよ。座って待っていてください」
「……いやだ」
彼は、子供のように首を振り、僕の肩に、こてん、と頭を乗せた。
普段、騎士団長として、常に気を張り詰めている彼が、僕の前だけで見せる、甘えん坊な一面。それが、たまらなく愛おしい。
「もう……。じゃあ、そこのカップを、テーブルまで運んでくれますか?」
「分かった」
彼は、満足そうにうなずくと、僕から体を離し、言われた通りにカップを運んでくれた。
二人で、温かいお茶を飲む。爽やかな香りが、部屋いっぱいに広がった。
「美味いな、この茶は」
「良かった」
僕たちは、他愛もない話をした。
騎士団の新人たちのこと、薬師学校の生徒たちのこと、次に二人で行ってみたい場所のこと。話は尽きることがない。
午後は、庭の手入れをした。
僕が薬草を育てるために作った、小さなハーブ園。アレクは、力仕事は任せろと、雑草を抜いたり、土を耕したりするのを手伝ってくれる。
土にまみれて、額に汗を浮かべる彼の姿は、騎士団長の威厳とはまた違う、たくましい魅力に溢れていた。
「見てください、アレク。このカミツレ、もうすぐ花が咲きそうです」
「本当だ。お前が育てると、どんな植物も元気に育つな」
彼は、僕の頭を、泥のついた手で、わしゃわしゃと撫でた。
「もう、土がつきますよ!」
僕が笑いながら言うと、彼も、楽しそうに笑った。
太陽が西に傾き始めた頃、僕たちは、家の中に戻り、一緒に夕食の準備をした。
僕がシチューを煮込み、アレクがパンを切る。そんな、ありふれた共同作業が、僕にとっては、かけがえのない幸せな時間だった。
夕食の後、僕たちは、暖炉の前に並んで座った。
パチパチと薪のはぜる音が、静かな部屋に響く。
僕は、アレクの肩に、そっと頭をもたせかけた。彼は、僕の肩を、優しく抱き寄せてくれる。
「……幸せだな」
どちらからともなく、同じ言葉が、同時にこぼれた。
僕たちは、顔を見合わせて、小さく笑い合う。
「ええ、本当に」
これ以上、何を望むというのだろう。
愛する人が、隣にいる。温かい家がある。穏やかな時間がある。それだけで、僕の心は、満たされていた。
過労死した前世では、決して手に入れることのできなかった、温かくて、優しい幸せ。
「リオ」
アレクが、僕の名前を呼んだ。
「これからも、毎年、こんな休日を、お前と一緒に過ごしたい」
「はい。僕もです」
僕は、彼の胸に顔をうずめた。
「ずっと、ずっと、一緒にいましょうね」
「ああ、約束だ」
暖炉の炎が、僕たち二人を、オレンジ色の光で、優しく照らしていた。
ありふれていて、特別で、そして、何よりも愛おしい、僕たちの休日。
この幸せが、永遠に続きますように。
僕は、心の中で、静かに祈った。
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