真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~

水凪しおん

文字の大きさ
6 / 16

第5話「王城の食卓は火薬庫の匂い」

しおりを挟む
 オルヴァンス王家では、週に一度、兄弟全員が揃って夕食を摂るという決まりがあった。
 表向きは家族の団欒だが、実態は互いの腹を探り合い、マウントを取り合う冷戦の場である。
 特に今夜は、空気が違った。
 ダイニングルームの扉を開けた瞬間から、火花が散っていたのだ。

 長テーブルの上座には空席の王の席。
 その右手に第一王子テオドール、左手に第二王子レオナルド、その隣に第三王子ウィリアム。
 給仕を担当するのは俺、ルシアンだ。
 俺がスープを配膳しようと近づくと、三人の視線が一斉に俺に突き刺さった。

「ルシアン、私のグラスが空だ」
 テオドールが低い声で言う。まだ半分入っている。
「ルシアン! 肉だ、肉を切ってくれ!」
 レオナルドがナイフを放り出して叫ぶ。自分できるだろ、それくらい。
「ルシアン、このソースの成分について詳細な説明を求めたい。耳元で」
 ウィリアムが狡猾な笑みを浮かべて手招きする。

 三方向からの同時要求。
 俺は完璧なポーカーフェイスで、流れるように対応する。
 テオドールのワインを注ぎ足し、レオナルドの皿の肉を一口大に切り分け、ウィリアムに小声でソースのレシピを解説する。
 すべてが一分の隙もない、完璧な給仕だ。
 だが、問題はその後だった。

「……おい」
 テオドールがレオナルドを睨みつけた。
「レオナルド。貴様、なぜルシアンの匂いがついている?」
 氷の刃のような声だ。室温が三度下がった気がする。
 レオナルドは鼻で笑い、ワインを一気に飲み干した。
「あん? そりゃあ昼間、俺の汗を拭かせて抱きついたからな。文句あんのか?」
「……抱きついただと?」
 ガチャン、とテオドールの手の中でフォークが曲がった。

「お二人とも野蛮ですね」
 ウィリアムがナプキンで口元を拭いながら、冷ややかな視線を送る。
「ルシアンは私の睡眠管理担当です。昨夜は彼のおかげで八時間も熟睡できました。私の寝室で、ずっとそばにいてもらったのでね」
「貴様……寝室に入れたのか?」
「殺すぞウィリアム」

 テオドールとレオナルドの殺気がウィリアムに向けられる。
 三人の強烈なフェロモンが衝突し、テーブルの上のキャンドルが激しく揺らめいた。
 給仕のメイドたちは既に全員気絶して床に倒れている。
 立っているのは俺だけだ。

「皆様、お食事中に私語が過ぎます」
 俺は静かに、しかし断固とした口調で告げた。
「スープが冷めます。それに、これ以上の騒ぎで食器を破損された場合、それぞれの私費から弁償していただきます」
 俺の声が響くと、不思議と場の空気が鎮まる。
 彼らは一瞬、ハッとしたように俺を見て、それからバツが悪そうに視線を逸らした。

「……分かった」
「ちっ、シケたこと言うなよ」
「……食事を続けましょうか」
 彼らは大人しくスプーンを動かし始めた。
 俺の「鎮静効果」が、無意識下で彼らの暴走を抑制しているのだ。
 だが、その視線だけは、俺をロックオンしたまま離さない。
 三頭の猛獣が、たった一つの餌――いや、マタタビを取り囲んでいる図だ。

『どうしてこうなった……』
 俺は倒れたメイドたちをどう運ぶか考えながら、内心で頭を抱えた。
 平和な事務職を希望したはずが、いつの間にか王位継承権争いならぬ「執事所有権争い」の中心に立たされている。
 早く逃げ出さなければ、骨の髄までしゃぶり尽くされそうだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

【完結】陛下、花園のために私と離縁なさるのですね?

ファンタジー
ルスダン王国の王、ギルバートは今日も執務を妻である王妃に押し付け後宮へと足繁く通う。ご自慢の後宮には3人の側室がいてギルバートは美しくて愛らしい彼女たちにのめり込んでいった。 世継ぎとなる子供たちも生まれ、あとは彼女たちと後宮でのんびり過ごそう。だがある日うるさい妻は後宮を取り壊すと言い出した。ならばいっそ、お前がいなくなれば……。 ざまぁ必須、微ファンタジーです。

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

処理中です...