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第5話「祭りの夜と、不意打ちのくちづけ」
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収穫祭の日は、雲一つない快晴だった。
僕は朝からそわそわと落ち着かなかった。箪笥の奥から一番ましな服を引っ張り出し、髪もいつもより念入りにとかす。そんな僕の様子を、レオンハルトは少し面白そうに、でもどこか優しい目で見つめていた。
「そんなに楽しみか」
「だ、だって、お祭りなんて久しぶりですから!」
前世では、仕事に追われて季節の行事を楽しむ余裕なんてなかった。だから、純粋に楽しみだったのだ。もちろん、レオンハルトと一緒だということが、一番の理由だけれど。
僕たちは、クロを連れて村へと向かった。村は普段の静けさが嘘のように、たくさんの人々で賑わっていた。広場には出店が並び、陽気な音楽が流れている。子供たちのはしゃぐ声と、大人たちの笑い声が混じり合って、村全体が幸福な空気に包まれていた。
「すごい人ですね」
「ああ。はぐれるなよ」
そう言って、レオンハルトが僕の手を自然に握った。ごつごつした大きな手が、僕の指に絡みつく。周りの喧騒が嘘のように遠のいて、彼の体温だけがやけにリアルに感じられた。
「……っ」
顔に熱が集まるのを感じながら、僕は小さくうなずくことしかできなかった。
僕たちは、人波をかき分けるようにして広場を歩いた。レオンハルトは僕が作った野菜の串焼きを、僕は村の女性たちが焼いたパンを買って、二人で分け合って食べた。どれも素朴だけど、お祭りの雰囲気も相まって、格別に美味しく感じられた。
クロは人混みが苦手なのか、ずっとレオンハルトの足元にぴったりとくっついていたが、僕がパンを少しちぎってあげると、嬉しそうに尻尾を振った。
日が暮れると、広場の中央で大きな焚き火が焚かれ、それを囲んで村人たちのダンスが始まった。陽気な音楽につられて、誰もが楽しそうに踊っている。
「僕たちも、どうです?」
お祭りの雰囲気に当てられたのか、僕は少しだけ大胆になっていた。レオンハルトは一瞬驚いた顔をしたが、「俺は踊れん」とぶっきらぼうに首を振った。
「じゃあ、見てるだけでも」
僕たちは輪から少し離れた場所に腰を下ろし、楽しげに踊る人々を眺めた。村の人が、自家製だという果実酒を差し入れてくれた。甘くて、口当たりの良いお酒だった。
「ユキナリは、こういうのが好きなのか」
レオンハルトが、ぽつりと言った。
「ええ。みんなが笑っているのを見るのは、好きです。レオンハルトさんは、嫌いですか?」
「……嫌いでは、ない」
彼はそう言うと、杯に残っていた酒をぐいと飲み干した。焚き火の赤い光が、彼の横顔を照らしている。いつもは険しいその表情が、今夜は少しだけ穏やかに見えた。
僕も、つられるようにしてお酒を飲んだ。お酒のせいか、それとも高揚感のせいか、体の内側からぽかぽかと温かくなってくる。
「レオンハルトさん」
「なんだ」
「今日は、誘ってくれてありがとうございました。すごく、楽しかったです」
日頃の感謝を伝えたかった。彼と出会って、僕の生活は一人きりの時よりもずっと彩り豊かになった。毎日が、本当に楽しい。
「……礼を言うのは俺の方だ」
彼は、視線を合わせずにそう言った。
「お前が来てから、俺は……」
言いかけて、レオンハルトは口をつぐんだ。その先が、聞きたいような、聞くのが怖いような。
アルコールのせいだ。きっと。
僕の中の何かが、ぷつりと切れた。
もっと、彼に近づきたい。もっと、彼のことを知りたい。この温かい気持ちを、彼に伝えたい。
僕は、気づいたら彼の逞しい腕を掴んでいた。そして、そのまま彼の顔を引き寄せ――。
唇に、柔らかい感触。
僕の唇が、彼の唇に触れていた。
時が止まったかのようだった。レオンハルトが、驚きに見開かれた目で僕を見ている。僕自身も、自分が何をしてしまったのか分からず、頭が真っ白になった。
「あ、あの、ごめ……っ」
謝ろうとした僕の言葉は、彼の唇に塞がれた。
今度は、彼の方からだった。さっきの僕のキスがお遊びだったかのように、深くて、熱いキス。彼の腕が僕の腰を強く抱き寄せ、逃げることを許さない。お酒の香りと、彼自身の匂いが混じり合って、僕の思考を蕩かしていく。
唇が離れた時、僕たちは二人とも、ぜいぜいと肩で息をしていた。
「……っ、れおん、はると、さん」
「……お前が、先に仕掛けたんだろう」
彼の声は、熱っぽくかすれていた。そして、その瞳には、今まで見たこともないような、激しい光が宿っていた。それは、獲物を前にした獣のような、獰猛で、飢えた光。
『やばい……』
僕は、とんでもないもののスイッチを入れてしまったのかもしれない。
「帰るぞ」
レオンハルトはそれだけ言うと、僕の手を強く引き、村の喧騒に背を向けた。その足取りはやけに速く、僕は引きずられるようにして彼の後を追うしかなかった。
背後では、まだ陽気な音楽が鳴り響いている。でも、それはもう僕の耳には届いていなかった。
繋がれた手の熱さと、彼の瞳に宿っていた熱。
それだけで、僕の頭はもういっぱいだった。これから何が起こるのか、想像しただけで、心臓が張り裂けそうだった。
僕は朝からそわそわと落ち着かなかった。箪笥の奥から一番ましな服を引っ張り出し、髪もいつもより念入りにとかす。そんな僕の様子を、レオンハルトは少し面白そうに、でもどこか優しい目で見つめていた。
「そんなに楽しみか」
「だ、だって、お祭りなんて久しぶりですから!」
前世では、仕事に追われて季節の行事を楽しむ余裕なんてなかった。だから、純粋に楽しみだったのだ。もちろん、レオンハルトと一緒だということが、一番の理由だけれど。
僕たちは、クロを連れて村へと向かった。村は普段の静けさが嘘のように、たくさんの人々で賑わっていた。広場には出店が並び、陽気な音楽が流れている。子供たちのはしゃぐ声と、大人たちの笑い声が混じり合って、村全体が幸福な空気に包まれていた。
「すごい人ですね」
「ああ。はぐれるなよ」
そう言って、レオンハルトが僕の手を自然に握った。ごつごつした大きな手が、僕の指に絡みつく。周りの喧騒が嘘のように遠のいて、彼の体温だけがやけにリアルに感じられた。
「……っ」
顔に熱が集まるのを感じながら、僕は小さくうなずくことしかできなかった。
僕たちは、人波をかき分けるようにして広場を歩いた。レオンハルトは僕が作った野菜の串焼きを、僕は村の女性たちが焼いたパンを買って、二人で分け合って食べた。どれも素朴だけど、お祭りの雰囲気も相まって、格別に美味しく感じられた。
クロは人混みが苦手なのか、ずっとレオンハルトの足元にぴったりとくっついていたが、僕がパンを少しちぎってあげると、嬉しそうに尻尾を振った。
日が暮れると、広場の中央で大きな焚き火が焚かれ、それを囲んで村人たちのダンスが始まった。陽気な音楽につられて、誰もが楽しそうに踊っている。
「僕たちも、どうです?」
お祭りの雰囲気に当てられたのか、僕は少しだけ大胆になっていた。レオンハルトは一瞬驚いた顔をしたが、「俺は踊れん」とぶっきらぼうに首を振った。
「じゃあ、見てるだけでも」
僕たちは輪から少し離れた場所に腰を下ろし、楽しげに踊る人々を眺めた。村の人が、自家製だという果実酒を差し入れてくれた。甘くて、口当たりの良いお酒だった。
「ユキナリは、こういうのが好きなのか」
レオンハルトが、ぽつりと言った。
「ええ。みんなが笑っているのを見るのは、好きです。レオンハルトさんは、嫌いですか?」
「……嫌いでは、ない」
彼はそう言うと、杯に残っていた酒をぐいと飲み干した。焚き火の赤い光が、彼の横顔を照らしている。いつもは険しいその表情が、今夜は少しだけ穏やかに見えた。
僕も、つられるようにしてお酒を飲んだ。お酒のせいか、それとも高揚感のせいか、体の内側からぽかぽかと温かくなってくる。
「レオンハルトさん」
「なんだ」
「今日は、誘ってくれてありがとうございました。すごく、楽しかったです」
日頃の感謝を伝えたかった。彼と出会って、僕の生活は一人きりの時よりもずっと彩り豊かになった。毎日が、本当に楽しい。
「……礼を言うのは俺の方だ」
彼は、視線を合わせずにそう言った。
「お前が来てから、俺は……」
言いかけて、レオンハルトは口をつぐんだ。その先が、聞きたいような、聞くのが怖いような。
アルコールのせいだ。きっと。
僕の中の何かが、ぷつりと切れた。
もっと、彼に近づきたい。もっと、彼のことを知りたい。この温かい気持ちを、彼に伝えたい。
僕は、気づいたら彼の逞しい腕を掴んでいた。そして、そのまま彼の顔を引き寄せ――。
唇に、柔らかい感触。
僕の唇が、彼の唇に触れていた。
時が止まったかのようだった。レオンハルトが、驚きに見開かれた目で僕を見ている。僕自身も、自分が何をしてしまったのか分からず、頭が真っ白になった。
「あ、あの、ごめ……っ」
謝ろうとした僕の言葉は、彼の唇に塞がれた。
今度は、彼の方からだった。さっきの僕のキスがお遊びだったかのように、深くて、熱いキス。彼の腕が僕の腰を強く抱き寄せ、逃げることを許さない。お酒の香りと、彼自身の匂いが混じり合って、僕の思考を蕩かしていく。
唇が離れた時、僕たちは二人とも、ぜいぜいと肩で息をしていた。
「……っ、れおん、はると、さん」
「……お前が、先に仕掛けたんだろう」
彼の声は、熱っぽくかすれていた。そして、その瞳には、今まで見たこともないような、激しい光が宿っていた。それは、獲物を前にした獣のような、獰猛で、飢えた光。
『やばい……』
僕は、とんでもないもののスイッチを入れてしまったのかもしれない。
「帰るぞ」
レオンハルトはそれだけ言うと、僕の手を強く引き、村の喧騒に背を向けた。その足取りはやけに速く、僕は引きずられるようにして彼の後を追うしかなかった。
背後では、まだ陽気な音楽が鳴り響いている。でも、それはもう僕の耳には届いていなかった。
繋がれた手の熱さと、彼の瞳に宿っていた熱。
それだけで、僕の頭はもういっぱいだった。これから何が起こるのか、想像しただけで、心臓が張り裂けそうだった。
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