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第5話「公爵様の甘すぎる看病と真実」
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翌朝、リヴィが目を覚ますと、そこはいつもの粗末な小屋の中だったが、状況は劇的に変化していた。
まず、彼が寝ている場所が冷たい床ではなく、人間の姿をしたザイラスの腕の中だったこと。
そして、小屋の中に見慣れない高級な調度品や食材が運び込まれていることだった。
「……起きたか、リヴィ」
頭上から甘い声が降ってくる。
見上げると、ザイラスが慈愛に満ちた表情でこちらを見つめていた。
昨日の銀髪に獣耳という姿ではなく、耳と尻尾は消えており、完全な人間の姿になっている。それでも、その美貌と威圧感は変わらない。
「おはよう、ザイラス……これ、どういうこと?」
リヴィが部屋の様子を指差すと、ザイラスは平然と答えた。
「俺の部下に命じて運ばせた。こんな場所で俺の番に不自由はさせられないからな」
「部下って……」
「ああ、まだ詳しく話していなかったな」
ザイラスはリヴィの上体を起こし、ふかふかのクッションを背に当てがってくれた。
そして、温かい蜂蜜入りのミルクを差し出しながら、自らの身の上を語り始めた。
彼はこの国の筆頭公爵であり、王の甥にあたる高貴な身分であること。
北の国境を守る『白銀の騎士団』の団長であり、魔獣討伐の英雄であること。
そして、ある魔獣との戦いで呪いを受け、理性を失う獣の姿に変えられてしまったこと。
「理性がある時はこうして人の姿に戻れるが、呪いが進行すれば永遠に獣のままになるはずだった。……お前の献身的な治療と、番としての相性のおかげで、呪いの進行が止まったんだ」
ザイラスはリヴィの手を取り、指先にキスを落とした。
「お前は俺の救世主だ、リヴィ」
「そんな……僕はただ、放っておけなかっただけで」
顔を赤くするリヴィを見て、ザイラスは満足そうに目を細めた。
「その優しさが俺を救ったんだ。……さて、これからは俺がお前を甘やかす番だ」
「甘やかす?」
「そうだ。まずはあの村への報復と、お前の名誉回復。それから王都での盛大な結婚式……ああ、その前にまずは朝食だな」
ザイラスが指を鳴らすと、小屋の外で待機していたらしい従者たちが、次々と料理を運び込んできた。
焼きたてのパン、新鮮な果物、湯気を立てるスープ。
狭い小屋が、一瞬にして王宮のダイニングのような豪華さに包まれる。
「さあ、あーんしろ」
「えっ!? 自分で食べられます!」
「駄目だ。昨日は殴られただろう。安静にしていろ」
ザイラスはスプーンにスープをすくい、リヴィの口元に突き出した。
「ほら、口を開けて」
「……恥ずかしいよ」
「誰も見ていない」
従者たちは全員、壁に向かって直立不動で気配を消している。
リヴィは観念して口を開けた。
極上の味。そして、それを満足そうに見守るザイラスの蕩けるような笑顔。
昨日の冷徹な殺戮マシーンのような姿とはまるで別人のようだ。
「もっと食べろ。お前は痩せすぎだ。俺の番なら、もう少しふっくらしていないと抱き心地が……いや、健康に悪い」
何か本音が漏れた気がしたが、リヴィは聞かなかったことにした。
「ねえ、ザイラス。……本当に、僕を連れて行くの?」
ふと、不安になって尋ねた。
「僕はただの田舎の薬師で、オメガで……」
「リヴィ」
ザイラスが強い口調で遮った。
「お前が何者かは関係ない。俺が愛したのはお前という魂だ。それに、お前の薬師としての腕は天才的だ。俺の呪いの傷を、ただの薬草だけでここまで癒やしたんだからな」
「それは……ザイラスの治癒力が高かったからじゃ」
「謙遜するな。王都の宮廷医師でもさじを投げた傷だぞ。お前はもっと自分を誇っていい」
ザイラスの力強い言葉が、リヴィの胸に染み渡る。
ずっと「役立たず」と言われ続けてきたリヴィにとって、その言葉はどんな宝石よりも価値のあるものだった。
涙ぐむリヴィを、ザイラスは優しく抱きしめ、背中を撫で続けた。
「泣くな。これからは俺が、お前の涙をすべて嬉し涙に変えてやる」
***
小屋の外では、従者の一人がザイラスに報告をしていた。
「閣下、例の村についての調査が完了しました。リヴィ様への虐待の証拠も、不正な取引の証拠もすべて押さえました」
「そうか」
ザイラスの声が、氷点下の冷たさを帯びる。
「徹底的にやれ。法的に、社会的に、完膚なきまでに叩き潰せ。……私の愛しい番を泣かせた代償を、生涯かけて支払わせるんだ」
「御意」
従者が深く頭を下げる。
リヴィの知らないところで、彼を苦しめてきた者たちへの「断罪」の準備は、着々と整えられていた。
そして、リヴィにとっての新しい人生――公爵夫人としての、波乱と幸福に満ちた日々への扉もまた、開かれようとしていた。
まず、彼が寝ている場所が冷たい床ではなく、人間の姿をしたザイラスの腕の中だったこと。
そして、小屋の中に見慣れない高級な調度品や食材が運び込まれていることだった。
「……起きたか、リヴィ」
頭上から甘い声が降ってくる。
見上げると、ザイラスが慈愛に満ちた表情でこちらを見つめていた。
昨日の銀髪に獣耳という姿ではなく、耳と尻尾は消えており、完全な人間の姿になっている。それでも、その美貌と威圧感は変わらない。
「おはよう、ザイラス……これ、どういうこと?」
リヴィが部屋の様子を指差すと、ザイラスは平然と答えた。
「俺の部下に命じて運ばせた。こんな場所で俺の番に不自由はさせられないからな」
「部下って……」
「ああ、まだ詳しく話していなかったな」
ザイラスはリヴィの上体を起こし、ふかふかのクッションを背に当てがってくれた。
そして、温かい蜂蜜入りのミルクを差し出しながら、自らの身の上を語り始めた。
彼はこの国の筆頭公爵であり、王の甥にあたる高貴な身分であること。
北の国境を守る『白銀の騎士団』の団長であり、魔獣討伐の英雄であること。
そして、ある魔獣との戦いで呪いを受け、理性を失う獣の姿に変えられてしまったこと。
「理性がある時はこうして人の姿に戻れるが、呪いが進行すれば永遠に獣のままになるはずだった。……お前の献身的な治療と、番としての相性のおかげで、呪いの進行が止まったんだ」
ザイラスはリヴィの手を取り、指先にキスを落とした。
「お前は俺の救世主だ、リヴィ」
「そんな……僕はただ、放っておけなかっただけで」
顔を赤くするリヴィを見て、ザイラスは満足そうに目を細めた。
「その優しさが俺を救ったんだ。……さて、これからは俺がお前を甘やかす番だ」
「甘やかす?」
「そうだ。まずはあの村への報復と、お前の名誉回復。それから王都での盛大な結婚式……ああ、その前にまずは朝食だな」
ザイラスが指を鳴らすと、小屋の外で待機していたらしい従者たちが、次々と料理を運び込んできた。
焼きたてのパン、新鮮な果物、湯気を立てるスープ。
狭い小屋が、一瞬にして王宮のダイニングのような豪華さに包まれる。
「さあ、あーんしろ」
「えっ!? 自分で食べられます!」
「駄目だ。昨日は殴られただろう。安静にしていろ」
ザイラスはスプーンにスープをすくい、リヴィの口元に突き出した。
「ほら、口を開けて」
「……恥ずかしいよ」
「誰も見ていない」
従者たちは全員、壁に向かって直立不動で気配を消している。
リヴィは観念して口を開けた。
極上の味。そして、それを満足そうに見守るザイラスの蕩けるような笑顔。
昨日の冷徹な殺戮マシーンのような姿とはまるで別人のようだ。
「もっと食べろ。お前は痩せすぎだ。俺の番なら、もう少しふっくらしていないと抱き心地が……いや、健康に悪い」
何か本音が漏れた気がしたが、リヴィは聞かなかったことにした。
「ねえ、ザイラス。……本当に、僕を連れて行くの?」
ふと、不安になって尋ねた。
「僕はただの田舎の薬師で、オメガで……」
「リヴィ」
ザイラスが強い口調で遮った。
「お前が何者かは関係ない。俺が愛したのはお前という魂だ。それに、お前の薬師としての腕は天才的だ。俺の呪いの傷を、ただの薬草だけでここまで癒やしたんだからな」
「それは……ザイラスの治癒力が高かったからじゃ」
「謙遜するな。王都の宮廷医師でもさじを投げた傷だぞ。お前はもっと自分を誇っていい」
ザイラスの力強い言葉が、リヴィの胸に染み渡る。
ずっと「役立たず」と言われ続けてきたリヴィにとって、その言葉はどんな宝石よりも価値のあるものだった。
涙ぐむリヴィを、ザイラスは優しく抱きしめ、背中を撫で続けた。
「泣くな。これからは俺が、お前の涙をすべて嬉し涙に変えてやる」
***
小屋の外では、従者の一人がザイラスに報告をしていた。
「閣下、例の村についての調査が完了しました。リヴィ様への虐待の証拠も、不正な取引の証拠もすべて押さえました」
「そうか」
ザイラスの声が、氷点下の冷たさを帯びる。
「徹底的にやれ。法的に、社会的に、完膚なきまでに叩き潰せ。……私の愛しい番を泣かせた代償を、生涯かけて支払わせるんだ」
「御意」
従者が深く頭を下げる。
リヴィの知らないところで、彼を苦しめてきた者たちへの「断罪」の準備は、着々と整えられていた。
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