虐げられΩの僕は、貢物として冷酷非情な氷血皇帝に嫁いだはずが、どうやら万に一つの「運命の番」だったらしく、過保護に溺愛されています

水凪しおん

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第10話:皇帝の贈り物

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 あの日、夕食の席で故郷の花の話をしてから数日が経った。
 カイロス様は相変わらず僕を執務室に置き、黙々と政務をこなしている。僕も、ソファの上で静かに本を読んだり、窓の外を眺めたりして過ごしていた。
 あの日の会話は、もう彼の記憶からは消えているのだろう。そう思うと、少しだけ胸がちくりと痛んだ。

 そんなある日、カイロス様が唐突に言った。
「リエル、少し付き合え」
 有無を言わせぬ口調で立ち上がると、彼は僕を伴って執務室を出た。どこへ行くのだろう。戸惑いながら彼の大きな背中についていくと、着いたのは宮殿の中庭だった。

 中庭は、これまでも何度か見たことがあった。美しく手入れされたバラや、華やかな季節の花々が咲き誇る、いかにも帝国の庭園といった場所だ。
 しかし、今日、僕が連れてこられたのは、その一角にある、これまで足を踏み入れたことのない区画だった。
 そこへ至る小道の先で、カイロス様が立ち止まる。
「……見てこい」
 そう言って、僕の背中を優しく押した。

 促されるままに小道を進み、視界が開けた瞬間、僕は息を呑んだ。

 そこに広がっていたのは、見渡す限りの、白い花畑だった。
 僕が話した、故郷の森に咲いていた素朴な花。可憐で、小さくて、けれど生命力に満ち溢れた、あの花だ。
 誰に知られることもなく、ひっそりと咲いていたはずの花々が、今、帝国の宮殿の中庭で、陽の光を浴びて誇らしげに咲き誇っている。
 まるで、白い絨毯を敷き詰めたかのようだ。風が吹くたびに、花々が一斉に揺れ、甘く優しい香りが鼻をくすぐる。

「……どうして」
 声が、震えた。
 振り返ると、少し離れた場所でカイロス様が腕を組んで立っていた。その顔は相変わらず無表情だったけれど、僕から視線を逸らそうとはしなかった。
「ルナリアから土ごと取り寄せた。ここの気候に合うよう、魔術師に管理させている」
 淡々と、事実だけを告げる。でも、その言葉の裏に、どれだけの労力と時間がかけられたのか、僕には痛いほど分かった。僕のたった一言のために、彼はこれを?

 僕の小さな、つまらない願いを、彼は覚えていてくれたのだ。
 それどころか、こんな形で叶えてくれるなんて。

 今まで、誰かに何かをしてもらったことなんてなかった。誕生日に贈り物をもらったことも、優しい言葉をかけてもらったこともない。僕の世界は、ずっと灰色だった。
 それなのに。
 目の前には、夢のように美しい白の世界が広がっている。
 それは、カイロス様が僕のためだけに作ってくれた、世界でたった一つの庭園。

 嬉しい。
 心の底から、こんなに嬉しいと感じたのは、生まれて初めてだった。
 胸の奥から、温かいものがこみ上げてきて、視界が滲む。ぽろり、と一粒の涙が頬を伝ったかと思うと、もう止まらなかった。
 僕はその場に泣き崩れそうになるのを、必死でこらえた。

「……ありがとう、ございます」
 涙でぐしゃぐしゃの声で、なんとかそれだけを伝えると、カイロス様がゆっくりと僕のそばにやってきた。そして、大きな手が、僕の頭を優しく撫でた。
「……泣くな」
 その声は、驚くほど優しかった。
「お前が、ここでなら呼吸が楽にできると思っただけだ」

 僕は彼の言葉に、さらに涙が溢れてくるのを止められなかった。
 この人は、僕の話を聞いてくれていた。僕の苦しみを、分かってくれようとしていた。
 氷のように冷たいと思っていたこの人は、本当は誰よりも温かい心を持っているのかもしれない。

 白い花畑の中で、僕たちはしばらくそうしていた。
 皇帝の不器用で、けれど最大限の贈り物は、僕の孤独な心を完全に溶かしてしまった。
 ぎこちなかった二人の距離が、この日、ぐっと縮まったのは言うまでもない。
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