地味なβのふりをする僕。ある日助けたのは憧れのαだった。記憶を失った彼は僕にだけ懐き甘えてくるが、その瞳の奥には強すぎる独占欲が宿っていて…

水凪しおん

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第15話「抗えぬ引力、暴かれた本能」

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 熱い。
 体中が、燃えるように熱い。
 意識が甘い蜜の中に沈んでいくような、抗いがたい感覚。
 これが、本格的なヒート…。
 今まで強力な抑制剤で無理やり押さえつけてきた本能が、ついに堰を切ったように溢れ出していた。
 僕の体はもう僕のものではなかった。ただひたすらに、アルファを、運命の番である蓮を求めてしまう。

「…っ、はぁ…れ、ん…」

 無意識に、彼の名前を呼んでいた。
 霞む視界の中で、蓮が驚愕の表情で僕を見下ろしているのが見えた。
 彼の顔が、いつもより少し赤いように見える。僕が発する濃厚なフェロモンが、彼のアルファとしての本能をも刺激しているのだ。

「湊…お前、これ…」

 蓮の声が、掠れていた。
 彼は僕の体に触れることを躊躇うように、数歩後ずさった。
 その拒絶の仕草が、僕の心を、最後のひとかけらの理性を粉々に打ち砕いた。
 ああ、やっぱり彼は僕のことなんて汚らわしいと思っているんだ。
 オメガの、発情した姿なんて見たくもないんだ。
 涙が、熱い頬を伝って床に落ちた。

「…ごめ、なさ…すぐ、でてい、くから…」

 僕は朦朧とする意識の中、這うようにして玄関のドアへと向かおうとした。
 この場から一刻も早く、離れなければ。
 これ以上、彼に醜い姿を晒してはいけない。

 しかし、僕の腕は強い力でぐいと掴まれた。

「どこへ行く気だ」

 低い、唸るような声。
 振り返ると、そこには僕の知らない顔をした蓮が立っていた。
 彼の青い瞳は熱に浮かされたように、どろりとした光をたたえている。呼吸も荒い。額には汗が滲んでいた。
 彼は僕のフェロモンに抗おうと、必死に耐えているのだ。

「…離して…」

「離すもんか。こんな状態で、お前を一人で外に出せるわけがないだろうが」

「でも…君は、僕に、触りたくないんじゃ…」

「馬鹿なことを言うな!」

 蓮が、叫んだ。

「触りたくない…? 今、俺がどれだけお前に触れたいか、お前には分からないのか!」

 彼は僕の腕を掴んだまま、苦しげに顔を歪めた。

「でも、ダメだ。お前は、意識がまともじゃない。こんな、お前の弱みにつけ込むような真似、俺は…」

 彼は理性と本能の狭間で、激しく葛藤しているようだった。
 その姿を見て、僕は胸が締め付けられるような切ない気持ちになった。

 彼は、僕を大切にしようとしてくれている。
 こんな状況になっても、僕を傷つけまいと必死に耐えてくれている。
 その事実が、僕の心を愛しさで満たした。

「…れん」

 僕は震える手で、彼の頬に触れた。
 彼の肌は、驚くほど熱かった。

「…僕が、望んでる」

「な…」

「君に、触れてほしい。君じゃなきゃ、いやだ」

 それは僕の、心の底からの本音だった。
 ヒートのせいだけじゃない。僕は、ずっと彼に触れてほしかった。彼と一つになりたかった。

 僕の言葉が、彼の理性の最後の糸をぷつりと断ち切った。

「…湊」

 彼の声が、熱っぽく僕の名前を呼ぶ。

「もう、知らないからな。後で後悔しても、もう、離してやらない」

 次の瞬間、僕の体は力強い腕で軽々と抱き上げられた。
 驚く僕をよそに、蓮は寝室へと向かう。
 彼の首に腕を回すと、濃厚なアルファのフェロモンが僕の全身を包み込んだ。それは僕が今まで嗅いだどんな香りよりも甘く、そして僕を安心させてくれる香りだった。

 ベッドの上に、優しく降ろされる。
 見下ろしてくる蓮の瞳は、もう何の迷いもなかった。
 そこにあるのは、僕に対するむき出しの独占欲と、愛情だけだった。

「好きだ、湊。ずっと、昔から」

 彼の唇が、僕の唇にそっと重ねられた。
 初めての、口づけ。
 それは僕が想像していたよりも、ずっと甘くて優しい味がした。

 抗えない引力。
 暴かれた本能。
 僕たちは、もうお互いから逃れることはできなかった。
 運命の番という絶対的な繋がりが、僕たちの心と体を一つに結びつけようとしていた。
 これは、罪なのか、それとも赦しなのか。
 答えは、もうどうでもよかった。
 僕はただ、彼の熱を、彼の愛情を全身で受け止めたいと、心の底からそう願っていた。
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