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第4話「期限付きの告白」
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中和剤の開発が成功し、王都での薬物被害が減少したことで、ルカの元にはクラウスからの感謝状と共に、さらに頻繁な誘いが舞い込むようになった。
だが、ルカはそのすべてを断り続けていた。
店に居留守を使い、裏口の鍵を二重にし、クラウスとの接触を避けた。
あの夜の抱擁以来、自分の心が制御できなくなるのが怖かったからだ。
しかし、相手は王国の筆頭騎士団長だ。ルカのような小市民が逃げ回れる相手ではなかった。
ある嵐の夜、ルカが雨戸を閉めようと外に出た瞬間、待ち構えていたかのようにクラウスが現れた。
彼は傘もささず、ずぶ濡れで立っていた。
「……風邪を引くぞ。馬鹿なのか?」
ルカは驚きと呆れがないまぜになった声を出した。
「君が会ってくれないから、こうして待つしかなかったんだ」
クラウスの髪から滴り落ちる雨水が、その美貌をさらに痛々しく、かつ魅力的に見せていた。
「入れよ。タオルを貸してやる」
根負けしたルカは、クラウスを店に入れた。
タオルで濡れた髪を拭いてやりながら、ルカは心の中で悪態をついた。なぜ、この男を放っておけないのか。
「なぜ私を避ける? 私が何か、君の気に障ることをしたか?」
クラウスがルカの手首を掴み、問い詰めた。その瞳は真剣そのもので、ごまかしは通用しそうになかった。
「……あんたは公爵様で、俺はスラムの薬師だ。住む世界が違いすぎる。これ以上関わると、お互いのためにならない」
「身分など関係ないと言ったはずだ!」
クラウスが声を荒らげた。
「私は、君が必要なんだ。ルカ、君の才能も、その強がりな性格も、ふとした瞬間に見せる優しさも、すべてが愛おしい」
それは、明確な愛の告白だった。
ルカの胸が張り裂けそうになる。
こんなにも真っ直ぐに愛を向けられたことは、人生で初めてだった。
もし自分が普通のベータだったら。もし自分の寿命が人並みにあれば。
どんなに幸せだっただろうか。
けれど、現実は残酷だ。ルカはオメガであり、そしてもうすぐ壊れてしまう体だ。
クラウスのような光り輝く未来を持つ男を、自分の絶望に巻き込むわけにはいかない。
だから、ルカは最大の「嘘」をつくことにした。
表情から感情を消し去り、冷ややかな目でクラウスを見下ろす。
「……俺には、婚約者がいるんだ」
クラウスの動きが止まった。
「……なんだって?」
「遠い街に、病気の恋人がいる。俺が金を稼いでいるのは、その人の治療費のためだ。俺の心は、もうその人に捧げている。あんたが入る隙間なんて、1ミリもないんだよ」
すらすらと嘘が出てくる。自分でも驚くほど滑らかに。
「それに、俺は……ある病気を患っている」
これは半分真実だ。
「長くは生きられない。誰かと未来を誓うなんて、無責任なことはできないんだ。だから、俺のことは放っておいてくれ」
ルカは手首を掴むクラウスの手を、一本ずつ引き剥がした。
「あんたの同情も、好意も、俺には重荷なんだよ。迷惑なんだ」
決定的な拒絶の言葉。
クラウスの顔から血の気が引いていくのがわかった。
蒼い瞳が揺れ、傷つき、そして深い絶望の色を帯びていく。
「……そう、か。……知らなかったとはいえ、君を苦しめていたんだな」
クラウスの声が震えていた。
「すまなかった。……本当に、すまなかった」
クラウスは深々と頭を下げた。
その姿を見て、ルカは泣き叫びたい衝動に駆られた。
嘘だ、全部嘘だと言って、この男の胸に飛び込みたい。
けれど、ルカは拳を握りしめ、沈黙を守った。
クラウスはゆっくりと顔を上げ、濡れたままの体で扉へと向かった。
去り際、一度だけ振り返り、悲しげに微笑んだ。
「君の恋人が回復することを祈っているよ。……さようなら、ルカ」
扉が閉まり、ベルの音が虚しく響いた。
ルカはその場に崩れ落ちた。
「……う、あぁ……っ!」
嗚咽が漏れる。涙が溢れて止まらない。
自分で壊したのだ。唯一の光を、自分の手で突き放した。
外の嵐の音よりも激しく、ルカの心は泣いていた。
これでいい。これで正解なんだ。
彼には、もっとふさわしい美しいオメガが現れるはずだ。自分のような、薄汚れた嘘つきではなく。
ルカは冷たい床の上で体を丸め、いつまでも泣き続けた。
その夜、ルカは高熱を出して寝込んだ。
ストレスと抑制剤の副作用が重なり、体は悲鳴を上げていた。
夢の中で、クラウスが遠ざかっていく。手を伸ばしても届かない。
「賞味期限」が切れる音が、頭の中でカウントダウンのように響いていた。
だが、ルカはそのすべてを断り続けていた。
店に居留守を使い、裏口の鍵を二重にし、クラウスとの接触を避けた。
あの夜の抱擁以来、自分の心が制御できなくなるのが怖かったからだ。
しかし、相手は王国の筆頭騎士団長だ。ルカのような小市民が逃げ回れる相手ではなかった。
ある嵐の夜、ルカが雨戸を閉めようと外に出た瞬間、待ち構えていたかのようにクラウスが現れた。
彼は傘もささず、ずぶ濡れで立っていた。
「……風邪を引くぞ。馬鹿なのか?」
ルカは驚きと呆れがないまぜになった声を出した。
「君が会ってくれないから、こうして待つしかなかったんだ」
クラウスの髪から滴り落ちる雨水が、その美貌をさらに痛々しく、かつ魅力的に見せていた。
「入れよ。タオルを貸してやる」
根負けしたルカは、クラウスを店に入れた。
タオルで濡れた髪を拭いてやりながら、ルカは心の中で悪態をついた。なぜ、この男を放っておけないのか。
「なぜ私を避ける? 私が何か、君の気に障ることをしたか?」
クラウスがルカの手首を掴み、問い詰めた。その瞳は真剣そのもので、ごまかしは通用しそうになかった。
「……あんたは公爵様で、俺はスラムの薬師だ。住む世界が違いすぎる。これ以上関わると、お互いのためにならない」
「身分など関係ないと言ったはずだ!」
クラウスが声を荒らげた。
「私は、君が必要なんだ。ルカ、君の才能も、その強がりな性格も、ふとした瞬間に見せる優しさも、すべてが愛おしい」
それは、明確な愛の告白だった。
ルカの胸が張り裂けそうになる。
こんなにも真っ直ぐに愛を向けられたことは、人生で初めてだった。
もし自分が普通のベータだったら。もし自分の寿命が人並みにあれば。
どんなに幸せだっただろうか。
けれど、現実は残酷だ。ルカはオメガであり、そしてもうすぐ壊れてしまう体だ。
クラウスのような光り輝く未来を持つ男を、自分の絶望に巻き込むわけにはいかない。
だから、ルカは最大の「嘘」をつくことにした。
表情から感情を消し去り、冷ややかな目でクラウスを見下ろす。
「……俺には、婚約者がいるんだ」
クラウスの動きが止まった。
「……なんだって?」
「遠い街に、病気の恋人がいる。俺が金を稼いでいるのは、その人の治療費のためだ。俺の心は、もうその人に捧げている。あんたが入る隙間なんて、1ミリもないんだよ」
すらすらと嘘が出てくる。自分でも驚くほど滑らかに。
「それに、俺は……ある病気を患っている」
これは半分真実だ。
「長くは生きられない。誰かと未来を誓うなんて、無責任なことはできないんだ。だから、俺のことは放っておいてくれ」
ルカは手首を掴むクラウスの手を、一本ずつ引き剥がした。
「あんたの同情も、好意も、俺には重荷なんだよ。迷惑なんだ」
決定的な拒絶の言葉。
クラウスの顔から血の気が引いていくのがわかった。
蒼い瞳が揺れ、傷つき、そして深い絶望の色を帯びていく。
「……そう、か。……知らなかったとはいえ、君を苦しめていたんだな」
クラウスの声が震えていた。
「すまなかった。……本当に、すまなかった」
クラウスは深々と頭を下げた。
その姿を見て、ルカは泣き叫びたい衝動に駆られた。
嘘だ、全部嘘だと言って、この男の胸に飛び込みたい。
けれど、ルカは拳を握りしめ、沈黙を守った。
クラウスはゆっくりと顔を上げ、濡れたままの体で扉へと向かった。
去り際、一度だけ振り返り、悲しげに微笑んだ。
「君の恋人が回復することを祈っているよ。……さようなら、ルカ」
扉が閉まり、ベルの音が虚しく響いた。
ルカはその場に崩れ落ちた。
「……う、あぁ……っ!」
嗚咽が漏れる。涙が溢れて止まらない。
自分で壊したのだ。唯一の光を、自分の手で突き放した。
外の嵐の音よりも激しく、ルカの心は泣いていた。
これでいい。これで正解なんだ。
彼には、もっとふさわしい美しいオメガが現れるはずだ。自分のような、薄汚れた嘘つきではなく。
ルカは冷たい床の上で体を丸め、いつまでも泣き続けた。
その夜、ルカは高熱を出して寝込んだ。
ストレスと抑制剤の副作用が重なり、体は悲鳴を上げていた。
夢の中で、クラウスが遠ざかっていく。手を伸ばしても届かない。
「賞味期限」が切れる音が、頭の中でカウントダウンのように響いていた。
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