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第5話「降り止まぬ雨と渇き」
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クラウスとの別れから一ヶ月が過ぎた。
王都は相変わらず雨季の真っ只中で、灰色の空が続いている。
『月の雫薬局』は静まり返っていた。以前のような活気はない。ルカが店を開ける時間を減らしたからだ。
体調が悪化していた。
微熱が下がらず、倦怠感が常に付きまとう。抑制剤の量を増やしても、時折襲ってくる火照りを抑えきれなくなっていた。
これは「番(つがい)の不在」による失調だ、とルカは薄々気づいていた。
運命の番に出会ってしまい、それを拒絶し続けているオメガの体は、バランスを崩して衰弱していくという伝承がある。
(まさかな……。そんなおとぎ話みたいなこと)
ルカは自嘲しながら、震える手で薬を調合する。
だが、クラウスの残り香を探してしまう自分がいることは否定できなかった。
店に残された高価な家具や、修理された屋根。それらを見るたびに、胸が締め付けられる。
クラウスはあれ以来、一度も現れなかった。
噂では、騎士団の任務に没頭し、危険な魔獣討伐の最前線に立ち続けているという。
「死に急いでるのかよ、あの馬鹿……」
ルカは新聞記事に載ったクラウスの写真──以前より少し痩せ、鋭くなった顔つき──を指でなぞった。
自分の嘘が、彼を追い詰めているのかもしれない。
罪悪感がルカの心を蝕む。
そんなある日、ルカの店に見慣れない男たちが現れた。
身なりは良いが、目つきの鋭い男たち。商人のようだが、その背後には暴力の匂いがした。
「ここが、『月の雫薬局』かね?」
「……今日はもう閉店だ」
ルカは警戒心を露わにして言った。
「そう邪険にするな。いい取引の話を持ってきたんだ」
男の一人が、カウンターに革袋を置いた。中には大量の金貨が入っている音がした。
「あんた、すごい薬を作れるそうじゃないか。特に、どんな強力な発情も抑え込む『魔法の薬』を」
ルカの背筋が凍った。
なぜ、そのことを知っている?
「……何の話だ? うちはただの風邪薬屋だ」
「とぼけるなよ。あんたが自分用に作ってるアレだ。裏ルートで少し流したろ? その効果が絶大だと、一部の貴族の間で話題になってるんだよ」
以前、材料費に困って試作品を闇市場に流したことがあった。それが仇となったか。
「それを独占販売させてほしい。金ならいくらでも出す。レシピをよこせ」
「断る。あれは売り物じゃない」
「強情だな。……それとも、あんた自身がオメガだってことをバラされたくないか?」
男がニヤリと笑った。
ルカは息を呑んだ。
「……帰れ!」
ルカは隠し持っていた護身用の短剣を構えた。
だが、男たちは動じない。
「乱暴はよそうぜ。まあいい、今日は挨拶だけだ。考えておいてくれよ。……断れば、どうなるかわかってるよな?」
男たちは捨て台詞を残して去っていった。
ルカは短剣を取り落とし、カウンターに手をついた。
最悪だ。
秘密が漏れている。これ以上ここに居れば、間違いなく危険だ。
逃げなければならない。
だが、体は鉛のように重く、逃亡資金もない。
何より、この街を離れることは、クラウスとの繋がりを完全に断つことを意味していた。
(助けて、クラウス……)
心の中で名前を呼んでしまい、ルカは唇を噛んだ。
自分から突き放したくせに、都合が良すぎる。
雨音が激しくなる。
ルカは店を閉め、暗闇の中で膝を抱えた。
孤独と恐怖。そして渇き。
クラウスに会いたい。その腕に抱かれたい。
死が近づいているのなら、最後にあ一度だけ、あの温もりに触れたい。
けれど、それは決して許されない願いだった。
王都は相変わらず雨季の真っ只中で、灰色の空が続いている。
『月の雫薬局』は静まり返っていた。以前のような活気はない。ルカが店を開ける時間を減らしたからだ。
体調が悪化していた。
微熱が下がらず、倦怠感が常に付きまとう。抑制剤の量を増やしても、時折襲ってくる火照りを抑えきれなくなっていた。
これは「番(つがい)の不在」による失調だ、とルカは薄々気づいていた。
運命の番に出会ってしまい、それを拒絶し続けているオメガの体は、バランスを崩して衰弱していくという伝承がある。
(まさかな……。そんなおとぎ話みたいなこと)
ルカは自嘲しながら、震える手で薬を調合する。
だが、クラウスの残り香を探してしまう自分がいることは否定できなかった。
店に残された高価な家具や、修理された屋根。それらを見るたびに、胸が締め付けられる。
クラウスはあれ以来、一度も現れなかった。
噂では、騎士団の任務に没頭し、危険な魔獣討伐の最前線に立ち続けているという。
「死に急いでるのかよ、あの馬鹿……」
ルカは新聞記事に載ったクラウスの写真──以前より少し痩せ、鋭くなった顔つき──を指でなぞった。
自分の嘘が、彼を追い詰めているのかもしれない。
罪悪感がルカの心を蝕む。
そんなある日、ルカの店に見慣れない男たちが現れた。
身なりは良いが、目つきの鋭い男たち。商人のようだが、その背後には暴力の匂いがした。
「ここが、『月の雫薬局』かね?」
「……今日はもう閉店だ」
ルカは警戒心を露わにして言った。
「そう邪険にするな。いい取引の話を持ってきたんだ」
男の一人が、カウンターに革袋を置いた。中には大量の金貨が入っている音がした。
「あんた、すごい薬を作れるそうじゃないか。特に、どんな強力な発情も抑え込む『魔法の薬』を」
ルカの背筋が凍った。
なぜ、そのことを知っている?
「……何の話だ? うちはただの風邪薬屋だ」
「とぼけるなよ。あんたが自分用に作ってるアレだ。裏ルートで少し流したろ? その効果が絶大だと、一部の貴族の間で話題になってるんだよ」
以前、材料費に困って試作品を闇市場に流したことがあった。それが仇となったか。
「それを独占販売させてほしい。金ならいくらでも出す。レシピをよこせ」
「断る。あれは売り物じゃない」
「強情だな。……それとも、あんた自身がオメガだってことをバラされたくないか?」
男がニヤリと笑った。
ルカは息を呑んだ。
「……帰れ!」
ルカは隠し持っていた護身用の短剣を構えた。
だが、男たちは動じない。
「乱暴はよそうぜ。まあいい、今日は挨拶だけだ。考えておいてくれよ。……断れば、どうなるかわかってるよな?」
男たちは捨て台詞を残して去っていった。
ルカは短剣を取り落とし、カウンターに手をついた。
最悪だ。
秘密が漏れている。これ以上ここに居れば、間違いなく危険だ。
逃げなければならない。
だが、体は鉛のように重く、逃亡資金もない。
何より、この街を離れることは、クラウスとの繋がりを完全に断つことを意味していた。
(助けて、クラウス……)
心の中で名前を呼んでしまい、ルカは唇を噛んだ。
自分から突き放したくせに、都合が良すぎる。
雨音が激しくなる。
ルカは店を閉め、暗闇の中で膝を抱えた。
孤独と恐怖。そして渇き。
クラウスに会いたい。その腕に抱かれたい。
死が近づいているのなら、最後にあ一度だけ、あの温もりに触れたい。
けれど、それは決して許されない願いだった。
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