嘘つきオメガの賞味期限〜スラムの薬師はスパダリ騎士団長に溺愛されて逃げられない〜

水凪しおん

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第7話「砕かれた仮面と暴走」

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「ク、クラウス・フォン・ベルンシュタインだと!?」
 ボスが悲鳴のような声を上げた。
「なぜここがわかった!」
「私の愛しい人を奪った罪、万死に値する」
 クラウスは問いには答えず、ただ冷酷に剣を振るった。
 その動きは速すぎて目に見えない。
 瞬く間に部下たちが吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
 クラウスは単身でアジトに乗り込んできたのだ。その圧倒的な武力は、まさに王国の英雄そのものだった。
「ひ、ひぃぃ!」
 ボスは腰を抜かして後ずさった。
 クラウスはボスを一瞥もしない。彼の視線は、鎖に繋がれ、荒い息を吐くルカだけに注がれていた。
「ルカ!」
 クラウスが駆け寄り、鎖を一刀両断にする。
 ルカの体が崩れ落ちるのを、クラウスがしっかりと受け止めた。
「遅くなってすまない! 無事か!?」
「クラ……ウ、ス……?」
 ルカは涙に濡れた瞳でクラウスを見上げた。幻覚ではない。本物のクラウスだ。
 彼に触れられた瞬間、ルカの中の何かが決壊した。
 安心感と同時に、抑えきれない発情の波が襲いかかる。
「あ、ぁ……っ! だめ、離れ……!」
 ルカはクラウスを突き飛ばそうとしたが、力が全く入らない。
 それどころか、ルカの体から発せられるフェロモンは、爆発的に濃くなっていた。
「……っ!」
 クラウスが息を呑む。
 至近距離で浴びたルカのフェロモンは、アルファの本能を強烈に刺激する猛毒だった。
「ルカ、君は……オメガだったのか?」
 クラウスの瞳が驚愕に見開かれる。
 隠していた秘密が、最悪の形で暴かれた。
「ちが……これは、薬で……!」
 ルカは弁解しようとしたが、言葉にならない。
 熱い吐息が漏れ、体は勝手にクラウスの体温を求めてすり寄ってしまう。
 クラウスの腕が震えた。
 彼の瞳の色が、理性的な蒼から、欲望に濁った暗い色へと揺らいでいく。
「いい匂いだ……。頭がおかしくなりそうだ」
 クラウスがうめくように言った。
 彼は必死に理性を保とうとしていたが、目の前で運命の番(つがい)が無防備に発情しているのだ。アルファの本能が暴走寸前だった。
「いけない……ここで君を抱くわけには……」
 クラウスはルカを抱きかかえ、出口へと走った。
 だが、その背中を、生き残っていたボスの部下が狙っていた。
 クロスボウの矢が放たれる。
「危ない!」
 ルカが叫ぶより早く、クラウスは体を捻って矢を避けた。
 だが、その拍子にルカの懐に入れていた最後の抑制剤の瓶が落ち、石畳の上で砕け散った。
 パリン、という硬質な音。
 それは、ルカの理性の最後の砦が崩れる音でもあった。
「あ……」
 薬の予備はもうない。
 そして、部屋中に充満するフェロモンと、クラウスの匂い。
 完全に逃げ場を失った二人は、お互いの本能の引力に抗えなくなっていた。
 クラウスはルカを抱えたまま、近くの空き部屋へと逃げ込んだ。追っ手を防ぐために重い扉を閉め、閂(かんぬき)をかける。
 暗闇の中、二人だけの密室。
「はぁ……はぁ……ルカ……」
 クラウスがルカを壁に押し付ける。その瞳はもう、騎士のそれではなかった。飢えた獣の目だ。
「嘘つきだな、君は。……婚約者なんていないんだろう?」
 クラウスの指が、ルカの汗ばんだ首筋を這う。
「嘘だと言ってくれ。君は私のものだと、言ってくれ」
「……クラウス……」
 ルカはもう嘘をつけなかった。
「……欲し、い……あんたが、欲しい……」
 その一言が、引き金だった。
 クラウスが荒々しくルカの唇を塞ぐ。
 雷鳴が轟く中、二人の理性のタガは完全に外れた。
 外では敵の足音が響いている。絶体絶命の状況下で、しかし二人の世界にはお互いしか存在しなかった。
 雨音だけが、二人の交わりを隠すように激しく降り注いでいた。
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