嘘つきオメガの賞味期限〜スラムの薬師はスパダリ騎士団長に溺愛されて逃げられない〜

水凪しおん

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第8話「嵐の中の契り」

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 雷鳴が轟き、石造りの建物を揺らす。その振動さえも、今の二人には遠い世界の出来事のように感じられた。
 薄暗い部屋の中、充満するのは甘く熟れた果実のようなオメガの香りと、それを包み込み支配しようとする針葉樹のようなアルファの香りだけだ。
 ルカは背中を冷たい壁に押し付けられ、目の前の男の熱に浮かされていた。
 視界が揺れる。涙で滲んだ視界の先に、クラウスの瞳が青い炎のように燃え上がっているのが見える。そこにはもう、理性的な騎士団長の面影はなかった。ただ愛する番を求め、食らい尽くそうとする雄の本能だけが剥き出しになっていた。
「ルカ……もう逃がさない」
 クラウスの低く掠れた声が鼓膜を震わせる。
 その言葉は宣告であり、同時に懇願でもあった。
 ルカの唇が塞がれる。今まで知っていた優しいキスとは違う、貪るような口づけ。息継ぎの暇さえ与えられず、ルカは溺れる魚のように喘いだ。
「んっ……く、ぁ……!」
 熱い。体の芯が溶けていくようだ。
 薬によって強制的に引き出された発情熱は、ルカの思考回路を焼き切っていた。
 怖い、と思う理性はとうに消え失せていた。
 ただ、この圧倒的な強者に抱かれたい、彼の一部になりたいというオメガの本能が、津波のように押し寄せてくる。
「クラウス……、クラウス……っ」
 名前を呼ぶだけで、快楽が背筋を駆け上がる。
 クラウスの大きな手が、ルカのシャツの中に滑り込む。無数の傷跡が残る薬師の肌を、その熱い掌が愛おしげに、そして独占欲を込めて撫で回した。
「君がオメガだったなんて……。なぜ隠していた? なぜ私を頼らなかった?」
 問いかけながらも、クラウスの手は止まらない。
 ルカの首筋、鎖骨、そして胸元へと、吸い付くようなキスが落とされる。
「あっ、あ……!」
「君の匂いで、頭がおかしくなりそうだ。ずっと、君をこうしたいと思っていた」
 クラウスがルカの腰を引き寄せ、下腹部を強く押し付ける。
 硬い熱が触れ合い、ルカは小さく悲鳴を上げた。
 限界だった。
「して……クラウス、お願い……もう、だめ……」
 ルカは自分からクラウスの背中に腕を回し、しがみついた。
 その瞬間、クラウスの中の最後のタガが外れた。
「愛している、ルカ。君のすべてを私にくれ」
 嵐のような愛撫がルカを襲う。
 痛みと快楽が混然一体となり、ルカは声にならない声を上げ続けた。
 今まで誰にも触れさせなかった体。嘘と薬で守り続けてきた秘密の砦が、クラウスの愛によって内側からこじ開けられていく。
 外では、騎士団の増援部隊が到着したのか、剣戟の音や怒号が微かに聞こえてくる。
 だが、そんなものはもうどうでもよかった。
 世界が滅びようとも、今この瞬間、ルカの世界にはクラウスしかいなかった。
 絶頂の余韻の中で、クラウスがルカのうなじに顔を埋める。
 そこには、オメガにとって最も重要で、最も無防備な場所――「腺」がある。
「ルカ、印をつけるぞ。いいか?」
 番の証、噛み痕(マーキング)。
 それを刻めば、二人の魂は永遠に結ばれ、他の誰とも番うことはできなくなる。
 ルカの脳裏に、自らが定めた「賞味期限」のことが過った。
 もう長くはない命だ。そんな自分が、未来ある公爵家の当主を縛り付けていいはずがない。
 拒絶しなければ。
 けれど、口から出たのは、正反対の言葉だった。
「……いいよ。俺を、あんたのものにしてくれ」
 死ぬ前のほんの一時でもいい。この人のものになりたい。
 そのエゴが、理性を凌駕した。
「ありがとう……愛している」
 クラウスの鋭い犬歯が、ルカのうなじに突き立てられる。
「あぁっ……!!」
 鋭い痛みと共に、熱い何かが体の中に注ぎ込まれる感覚。
 それは血液の中にクラウスの存在が溶け込み、細胞の一つ一つまで書き換えられていくような、強烈な快楽と充足感だった。
 魂が震える。
 孤独だった魂が、片割れを見つけて歓喜の声を上げている。
 ルカは意識が白く染まる中で、強くクラウスを抱きしめ返した。
 もう戻れない。
 雨音はいつしか遠ざかり、二人の荒い呼吸音だけが、部屋の中に響き続けていた。
 それは、嘘で塗り固められたルカの人生が終わり、真実の愛が始まった瞬間だった。
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