嘘つきオメガの賞味期限〜スラムの薬師はスパダリ騎士団長に溺愛されて逃げられない〜

水凪しおん

文字の大きさ
11 / 16

第10話「賞味期限の宣告」

 意識が戻ったとき、部屋の中は重苦しい沈黙に包まれていた。
 ルカはぼんやりとした頭で、ベッドの周りに数人の人影があるのを認識した。白衣を着た医師らしき老人と、そしてベッドの脇で石像のように固まっているクラウス。
 クラウスの顔色は、死人のように蒼白だった。
「……クラウス?」
 ルカが掠れた声で呼ぶと、クラウスが弾かれたように顔を上げた。その瞳には、今まで見たこともないほどの恐怖と動揺が浮かんでいた。
「ルカ! 気がついたか!」
 クラウスがルカの手を握りしめる。その手は氷のように冷たく、震えていた。
「私だ、わかるか? ここは私の部屋だ」
「ああ……わかるよ。ごめん、倒れちゃったみたいで」
 ルカは努めて明るく振る舞おうとしたが、医師の厳格な声がそれを遮った。
「無理をしてはいけません、ルカ様。あなたの体は、今、崖っぷちに立っている状態なのですから」
 医師は眼鏡の位置を直し、クラウスに向き直った。
「閣下、先ほどご説明した通りです。この患者の体内には、長期間にわたる劇薬の服用による毒素が蓄積されています。特に肝臓と心肺機能の低下が著しい。これは、通常のスラム街の栄養失調などではありません」
 医師の言葉が、死刑宣告のように響く。
「……ルカ、君が飲んでいたあの『抑制剤』のことか?」
 クラウスの声は震えていた。怒りではなく、深い悲しみの色を帯びて。
 ルカは観念して目を閉じた。
「……そうだよ。あれは、ただの抑制剤じゃない。オメガの機能を根こそぎ殺して、ベータに偽装するための毒薬だ」
「なぜ……なぜそんなものを飲み続けたんだ!」
「生きるためだよ!」
 ルカは叫んだ。
「スラムで男のオメガが生きていくのがどういうことか、あんたにわかるか!? レイプされて、売り飛ばされて、ボロ雑巾みたいに死ぬのがオチだ! 俺は自分の尊厳を守りたかった。そのためなら、寿命が縮んだって構わなかったんだ!」
 部屋に沈黙が落ちた。
 クラウスは痛ましげに顔を歪め、ルカを抱きしめた。
「すまない……。君がそこまで追い詰められていたとは知らずに……私は、のんきに愛を語っていたのか」
「……あんたのせいじゃない」
「それで、先生。治るのか? 金ならいくらでも出す。最高の薬を、最高の魔術師を呼んでもいい」
 クラウスは医師にすがりついた。
 医師は重く首を横に振った。
「残念ながら、現代の医学では……。解毒は可能ですが、すでに傷ついた臓器を修復するのは困難です。余命は、もってあと半年……早ければ数ヶ月でしょう」
 半年。
 その言葉が、ルカの胸に突き刺さった。予想はしていたが、改めて数字で突きつけられると、現実味が重くのしかかる。
 クラウスの手から力が抜けた。
 あの屈強な騎士団長が、子供のように無力に見えた。
「……そんな、嘘だろ……。やっと見つけたのに。やっと、私の腕の中にいるのに」
 クラウスの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
 それを見て、ルカの心も決壊した。
 自分が死ぬことよりも、クラウスをこんな顔にさせてしまったことが何よりも辛かった。
「ごめん……本当に、ごめん……」
 二人は抱き合い、泣いた。
 その夜、クラウスはルカのベッドの傍を離れなかった。
 ルカが眠りについた後も、ずっとその手を握り続けていた。
 深夜、ふと目を覚ましたルカは、クラウスが古びた書物を必死に読み漁っている姿を見た。
 机の上には、医学書や薬草図鑑、伝説や伝承の本が山積みにされている。
「……クラウス?」
「起こしてしまったか。すまない」
 クラウスの目は赤く充血していたが、そこには絶望ではなく、燃えるような執念の光が宿っていた。
「あきらめないぞ、ルカ。私は絶対に君を死なせない」
「でも、医者が……」
「医者がなんだ。運命がなんだ。私は神に逆らってでも君を守る」
 クラウスは一冊の本をルカに見せた。
「これを見てくれ。北の果て、万年雪に閉ざされた『銀の森』に咲くという幻の花、『雪月花(せつげつか)』の伝承だ」
 そこには、あらゆる毒を浄化し、生命力を活性化させる奇跡の霊薬の原料として、白く輝く花の絵が描かれていた。
「おとぎ話だよ、それは」
「いや、王家の書庫にある記録に、過去に一度だけ採取された記述があった。可能性はゼロじゃない」
 クラウスはルカの手を両手で包み込んだ。
「私が採ってくる。必ず見つけ出して、君を治してみせる」
「無理だ! あそこは魔物の巣窟だし、この時期は猛吹雪だぞ。死にに行くようなもんだ!」
 ルカは反対した。自分のためにクラウスを失うなんて耐えられない。
「君を失うくらいなら、死んだ方がマシだ」
 クラウスはきっぱりと言い放った。
 その表情は、かつてないほど真剣で、そして美しかった。
「待っていてくれ、ルカ。君の『賞味期限』なんてふざけた嘘、私が撤回させてやる」
 翌朝、クラウスは最小限の装備と、最も信頼できる数名の部下を連れて旅立った。
 引き止めるルカに、彼は満面の笑みで「行ってきますのキス」をねだった。
「必ず戻る。雨が止む頃には」
 そう言い残して去っていくクラウスの背中を見送りながら、ルカは初めて神に祈った。
 どうか、彼を守ってください。
 俺の命はどうなってもいいから、あの優しい人を、無事に帰してください、と。

あなたにおすすめの小説

【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話

降魔 鬼灯
BL
 ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。  両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。  しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。  コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。  

偽りベータの宮廷薬師は、氷の宰相に匂いを嗅がれ溺愛される

水凪しおん
BL
「お前の匂いがないと、私は息ができない」 宮廷薬師のルチアーノは、オメガであることを隠し、自作の抑制薬でベータと偽って生きてきた。 しかしある日、冷徹無比と恐れられる「氷の宰相」アレクセイにその秘密がバレてしまう。 処刑を覚悟したルチアーノだったが、アレクセイが求めたのは、ルチアーノの身体から香る「匂い」だった!? 強すぎる能力ゆえに感覚過敏に苦しむ宰相と、彼の唯一の安らぎとなった薬師。 秘密の共有から始まる、契約と執着のオメガバース・ロマンス!

追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜

あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。 行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。 異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?

『アルファ拒食症』のオメガですが、運命の番に出会いました

小池 月
BL
 大学一年の半田壱兎<はんだ いちと>は男性オメガ。壱兎は生涯ひとりを貫くことを決めた『アルファ拒食症』のバース性診断をうけている。  壱兎は過去に、オメガであるために男子の輪に入れず、女子からは異端として避けられ、孤独を経験している。  加えてベータ男子からの性的からかいを受けて不登校も経験した。そんな経緯から徹底してオメガ性を抑えベータとして生きる『アルファ拒食症』の道を選んだ。  大学に入り壱兎は初めてアルファと出会う。  そのアルファ男性が、壱兎とは違う学部の相川弘夢<あいかわ ひろむ>だった。壱兎と弘夢はすぐに仲良くなるが、弘夢のアルファフェロモンの影響で壱兎に発情期が来てしまう。そこから壱兎のオメガ性との向き合い、弘夢との関係への向き合いが始まるーー。 ☆BLです。全年齢対応作品です☆

オメガだと隠して地味なベータとして生きてきた俺が、なぜか学園最強で傲慢な次期公爵様と『運命の番』になって、強制的にペアを組まされる羽目に

水凪しおん
BL
この世界では、性は三つに分かたれる。支配者たるアルファ、それに庇護されるオメガ、そして大多数を占めるベータ。 誇り高き魔法使いユキは、オメガという性を隠し、ベータとして魔法学園の門をくぐった。誰にも見下されず、己の力だけで認められるために。 しかし彼の平穏は、一人の男との最悪の出会いによって打ち砕かれる。 学園の頂点に君臨する、傲慢不遜なアルファ――カイ・フォン・エーレンベルク。 反発しあう二人が模擬戦で激突したその瞬間、伝説の証『運命の印』が彼らの首筋に発現する。 それは、決して抗うことのできない魂の繋がり、『運命の番』の証だった。 「お前は俺の所有物だ」 傲慢に告げるカイと、それに激しく反発するユキ。 強制的にペアを組まされた学園対抗トーナメント『双星杯』を舞台に、二人の歯車は軋みを上げながらも回り出す。 孤独を隠す最強のアルファと、運命に抗う気高きオメガ。 これは、反発しあう二つの魂がやがて唯一無二のパートナーとなり、世界の理をも変える絆を結ぶまでの、愛と戦いの物語。

貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない

こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。

完結·氷の侯爵はおっさん騎士を溺愛したい〜枯れおじの呪いを解くには恋が必要らしいです~

BL
少年だったルイを庇って呪いを受けた騎士ディオン。 それから年月が経ち、ルイは青年に、ディオンはおっさん騎士になっていた。 魔法を使うと呪いが進むディオン。その呪いを解呪しようと試行錯誤なルイ。 そんなとき、ひょんなことから恋をすれば呪いが解けるのでは、となりルイがディオンに恋をさせようと様々な奇行を始める。 二人は呪いを解くことができるのか、そして二人の関係は―――――― ※完結まで毎日投稿します ※小説家になろう、Nolaノベルにも投稿しています

『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―

なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。 ――はずだった。 目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。 時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。 愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。 これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。 「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、 年上αの騎士と本物の愛を掴みます。 全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。