嘘つきオメガの賞味期限〜スラムの薬師はスパダリ騎士団長に溺愛されて逃げられない〜

水凪しおん

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第12話「命を懸けた証明」

「クラ……ウ、ス……」
 ルカの意識は途切れ途切れだったが、クラウスの帰還だけは魂で感じ取っていた。
 クラウスは雪まみれの服も着替えず、ルカの枕元に駆け寄った。その顔は無精髭が伸び、やつれていたが、瞳の力強さは変わらない。
「遅くなってすまない。これを」
 クラウスはケースから『雪月花』を取り出した。部屋の照明を凌駕するほどの神々しい光が、ルカの青白い顔を照らす。
「すぐに調合する! 先生、手伝ってくれ!」
 クラウスの指示で、待機していた医師と屋敷の薬剤師たちが動き出す。
 だが、ルカは震える手を伸ばし、クラウスの袖を掴んだ。
「……俺が、やる」
「なに? 何を言ってるんだ、君は動けないだろう!」
「この花の……性質を一番理解してるのは、俺だ……。成分を壊さずに……薬にするには、微妙な魔力調整がいる……」
 ルカは荒い息の下から訴えた。
 これは自分の命だ。そしてクラウスが命がけで持ち帰ってくれた希望だ。他人任せにはできない。自分の手で、この愛の結晶を形にしたい。
 クラウスはルカの目を見て、その覚悟を悟った。
「……わかった。だが、私が支える。私の魔力を全部使ってくれ」
 クラウスはルカを抱き起こし、背中から自分の魔力を注ぎ込んだ。
 温かく、力強い奔流がルカの体内に流れ込んでくる。
 ルカはベッドの上に簡易的な調合台を設置させ、震える指先で『雪月花』の花弁を摘んだ。
 乳鉢ですり潰すと、星屑のような光の粒子が舞い上がる。
 そこに数種類の薬液を加え、慎重に、慎重に混ぜ合わせる。
 失敗は許されない。機会は一度きりだ。
「いける……いけるぞ……」
 ルカの額に汗が滲む。視界が霞むのをこらえ、クラウスの体温を背中に感じながら、ルカは全神経を指先に集中させた。
 クラウスは何も言わず、ただルカを信じて魔力を供給し続けた。二人の呼吸が重なり、一つの作業に没頭する。それはまるで、共同作業という名の愛の営みのようだった。
 最後の工程。蒸留した液体が、美しい虹色に輝いた瞬間。
「……できた」
 ルカの手の中に、小瓶に入った霊薬が完成した。
 部屋中から歓声が上がるのをよそに、ルカは力尽きてクラウスの胸に倒れ込んだ。
「よくやった……! 本当によくやった、ルカ!」
 クラウスは涙声でルカを抱きしめ、そして完成した薬をルカの口元へ運んだ。
「さあ、飲んでくれ。君と私の未来のために」
 ルカはコクりと頷き、薬を飲み干した。
 味は、驚くほど甘く、清涼だった。
 まるで、雨上がりの青空を飲み込んだような。
 喉を通った瞬間、温かい光が全身の血管を駆け巡った。
 心臓が力強く脈打ち、澱んでいた血が浄化されていくのがわかる。重かった手足に力が戻り、指先の冷たさが消えていく。
「……すごい」
 ルカは自分の手を見つめた。
 魔法のように、痛みが引いていく。
「効いているのか?」
 クラウスが心配そうに覗き込む。
 ルカは顔を上げ、満面の笑みを浮かべた。それは、出会ってから初めて見せる、何の憂いもない心からの笑顔だった。
「ああ。……聞こえるよ、体の声が。『まだ生きていい』って言ってる」
 クラウスはその言葉を聞いた瞬間、糸が切れたようにルカの肩に額を押し付け、男泣きした。
「よかった……本当によかった……」
 ルカは優しくクラウスの頭を撫でた。
 ごわごわした髪の手触り。泥と汗の匂い。そのすべてが愛おしい。
「ありがとう、クラウス。あんたが俺の『賞味期限』を消してくれたんだ」
「違う。君が自分でつかみ取ったんだ。……愛している、ルカ」
「俺もだよ。……大好きだ」
 二人は長いキスを交わした。
 それは、病室でのキスとは思えないほど情熱的で、生命力に溢れていた。
 窓の外、長く降り続いていた雨が上がり、雲の切れ間から眩しい陽光が差し込んできた。
 王都に久しぶりの晴れ間が訪れたのだ。
 それは二人の新たな門出を祝福する、天からの贈り物のようだった。

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