6 / 15
第5話「溶かされていく心」
しおりを挟む
次の満月までの日々は、まるで夢のように穏やかに過ぎていった。
カイは宣言通り、俺の心が完全に解き放たれるように、あらゆる愛情を注いでくれた。
それは、決して性急なものではなく、まるで薄氷を溶かす陽だまりのように、じんわりと心に染み渡る優しさだった。
彼は俺に、たくさんの「初めて」を教えてくれた。
二人で馬に乗り、森の中を駆け抜けた。風を切って走る爽快感も、すぐ後ろから抱きしめてくれるカイの体温も、全てが初めての経験だった。
彼は森の動物たちや、珍しい植物の名前を一つ一つ丁寧に教えてくれた。彼が名前を呼ぶと、どう猛なはずの熊や狼までもが、まるで忠実な使い魔のように大人しく頭を垂れるのには驚いた。
この森の全てが、彼の支配下にあるのだと改めて実感した。
城の厨房に二人で立ち、お菓子を作ったこともあった。
俺が不格好な形のクッキーを焼いてしまっても、カイは「お前が作ったものなら何でも美味い」と言って、幸せそうに全部食べてくれた。
彼の指についた小麦粉を俺が指で拭ってやると、彼は驚いたように目を見開き、それから照れたように顔をそむけた。
絶対的な支配者である彼が見せるそんな些細な仕草が、俺の胸をくすぐった。
夜には、書斎の暖炉の前で、二人で寄り添って本を読んだ。
カイは俺が文字を読めないことを知ると、子供向けの絵本から始めて、根気強く文字を教えてくれた。
彼の低い声で語られる物語はどれも面白くて、俺はあっという間に本の世界に夢中になった。
疲れて俺がうとうとと舟を漕ぎ始めると、彼はいつの間にか俺を抱き上げて寝室まで運んでくれていた。
カイの腕の中は、いつも温かくて安心できる場所だった。
そんな日々を過ごすうちに、俺はカイに触れられることへの抵抗感を、少しずつ失っていった。
最初は、手を繋がれるだけで心臓が飛び出しそうだった。髪を撫でられるだけで体が強張った。
けれど、彼がくれる口づけが、ただ唇に触れるだけの優しいものから、少しずつ深さを増していくにつれて、俺の体も変わっていった。
カイの唇が触れるたびに、背筋が甘く痺れるようになった。彼の腕に抱きしめられると、もっと強く抱きしめてほしいと願うようになった。
彼がくれる愛情が、俺の体に眠っていた未知の感覚を、一つ、また一つと呼び覚ましていく。
ある晩、俺はカイの寝室にいた。いつからか、俺たちは同じベッドで眠るのが当たり前になっていた。
ただ隣で眠るだけ。それ以上は何もないけれど、彼の体温を感じながら眠りにつくのは、何よりも心が安らぐ時間だった。
その夜、俺はなかなか寝付けずに、隣で眠るカイの寝顔をじっと見つめていた。
月明かりに照らされた彼の顔は、普段の威厳が嘘のように、どこか幼く、無防備に見えた。
流れるような銀の髪に、そっと指を伸ばしてみる。絹のように滑らかな感触が、指先から伝わってきた。
「……眠れないのか」
突然、閉じられていたはずの赤い瞳が開かれ、俺はびくりと手を引っ込めた。
「ご、ごめんなさい! 起こしちゃった……?」
「いや。元より、お前が隣にいると意識が向いて、深くは眠れない」
カイはそう言うと、体を起こし、俺の方に向き直った。
そして、俺が彼の髪に触れていた手を掴むと、その指先に一つずつ口づけを落としていく。
「っ……!」
その仕草に、心臓が大きく跳ねた。彼の唇が触れるたびに、まるで電気が走ったかのように体が震える。
「お前は、俺に触れられるのは嫌か」
赤い瞳が、不安げに揺れている。
俺は慌てて首を横に振った。
「嫌じゃ、ない。……むしろ、もっと触ってほしい、って思う」
最後の方は、蚊の鳴くような声になってしまった。恥ずかしくて顔が上げられない。
けれど、それは紛れもない本心だった。
俺の言葉を聞いたカイは、嬉しそうに目を細めると、俺の体をゆっくりと引き寄せた。
「……そうか」
彼の大きな手が、俺の寝間着の裾からそろりと中に入り込んできた。
素肌に直接触れる彼の手のひらは、驚くほど熱かった。
「ひゃ……!」
思わず声が漏れる。彼の手は俺の背中をゆっくりと撫で、やがて左の肩甲骨、聖なる刻印のある場所でぴたりと止まった。
「ここは、お前が俺のものであるという証だ」
囁きながら、彼は刻印の上を親指で優しくなぞる。
ぞくぞくと、体の芯から快感にも似た痺れが駆け上がってきた。
俺はたまらず、カイの胸に顔をうずめる。
「カイ……っ」
「大丈夫だ、アキ。何もしない。……今はまだ」
彼はそう言うと、俺の体を優しく抱きしめた。
彼の腕の中で、俺は高鳴る鼓動を必死に落ち着かせようとした。
怖い、という気持ちはもうなかった。
ただ、彼に触れられる心地よさと、これから起こることへの期待と不安が入り混じった、甘い痺れだけが全身を駆け巡っていた。
カイがくれる愛情は、確実に俺の心を、そして体を溶かしていく。
彼に全てを委ねたい。彼のものに、なりたい。
その想いは、日を追うごとに強く、確かなものになっていった。
契約の儀を行う、次の満月は、もうすぐそこまで迫っていた。
カイは宣言通り、俺の心が完全に解き放たれるように、あらゆる愛情を注いでくれた。
それは、決して性急なものではなく、まるで薄氷を溶かす陽だまりのように、じんわりと心に染み渡る優しさだった。
彼は俺に、たくさんの「初めて」を教えてくれた。
二人で馬に乗り、森の中を駆け抜けた。風を切って走る爽快感も、すぐ後ろから抱きしめてくれるカイの体温も、全てが初めての経験だった。
彼は森の動物たちや、珍しい植物の名前を一つ一つ丁寧に教えてくれた。彼が名前を呼ぶと、どう猛なはずの熊や狼までもが、まるで忠実な使い魔のように大人しく頭を垂れるのには驚いた。
この森の全てが、彼の支配下にあるのだと改めて実感した。
城の厨房に二人で立ち、お菓子を作ったこともあった。
俺が不格好な形のクッキーを焼いてしまっても、カイは「お前が作ったものなら何でも美味い」と言って、幸せそうに全部食べてくれた。
彼の指についた小麦粉を俺が指で拭ってやると、彼は驚いたように目を見開き、それから照れたように顔をそむけた。
絶対的な支配者である彼が見せるそんな些細な仕草が、俺の胸をくすぐった。
夜には、書斎の暖炉の前で、二人で寄り添って本を読んだ。
カイは俺が文字を読めないことを知ると、子供向けの絵本から始めて、根気強く文字を教えてくれた。
彼の低い声で語られる物語はどれも面白くて、俺はあっという間に本の世界に夢中になった。
疲れて俺がうとうとと舟を漕ぎ始めると、彼はいつの間にか俺を抱き上げて寝室まで運んでくれていた。
カイの腕の中は、いつも温かくて安心できる場所だった。
そんな日々を過ごすうちに、俺はカイに触れられることへの抵抗感を、少しずつ失っていった。
最初は、手を繋がれるだけで心臓が飛び出しそうだった。髪を撫でられるだけで体が強張った。
けれど、彼がくれる口づけが、ただ唇に触れるだけの優しいものから、少しずつ深さを増していくにつれて、俺の体も変わっていった。
カイの唇が触れるたびに、背筋が甘く痺れるようになった。彼の腕に抱きしめられると、もっと強く抱きしめてほしいと願うようになった。
彼がくれる愛情が、俺の体に眠っていた未知の感覚を、一つ、また一つと呼び覚ましていく。
ある晩、俺はカイの寝室にいた。いつからか、俺たちは同じベッドで眠るのが当たり前になっていた。
ただ隣で眠るだけ。それ以上は何もないけれど、彼の体温を感じながら眠りにつくのは、何よりも心が安らぐ時間だった。
その夜、俺はなかなか寝付けずに、隣で眠るカイの寝顔をじっと見つめていた。
月明かりに照らされた彼の顔は、普段の威厳が嘘のように、どこか幼く、無防備に見えた。
流れるような銀の髪に、そっと指を伸ばしてみる。絹のように滑らかな感触が、指先から伝わってきた。
「……眠れないのか」
突然、閉じられていたはずの赤い瞳が開かれ、俺はびくりと手を引っ込めた。
「ご、ごめんなさい! 起こしちゃった……?」
「いや。元より、お前が隣にいると意識が向いて、深くは眠れない」
カイはそう言うと、体を起こし、俺の方に向き直った。
そして、俺が彼の髪に触れていた手を掴むと、その指先に一つずつ口づけを落としていく。
「っ……!」
その仕草に、心臓が大きく跳ねた。彼の唇が触れるたびに、まるで電気が走ったかのように体が震える。
「お前は、俺に触れられるのは嫌か」
赤い瞳が、不安げに揺れている。
俺は慌てて首を横に振った。
「嫌じゃ、ない。……むしろ、もっと触ってほしい、って思う」
最後の方は、蚊の鳴くような声になってしまった。恥ずかしくて顔が上げられない。
けれど、それは紛れもない本心だった。
俺の言葉を聞いたカイは、嬉しそうに目を細めると、俺の体をゆっくりと引き寄せた。
「……そうか」
彼の大きな手が、俺の寝間着の裾からそろりと中に入り込んできた。
素肌に直接触れる彼の手のひらは、驚くほど熱かった。
「ひゃ……!」
思わず声が漏れる。彼の手は俺の背中をゆっくりと撫で、やがて左の肩甲骨、聖なる刻印のある場所でぴたりと止まった。
「ここは、お前が俺のものであるという証だ」
囁きながら、彼は刻印の上を親指で優しくなぞる。
ぞくぞくと、体の芯から快感にも似た痺れが駆け上がってきた。
俺はたまらず、カイの胸に顔をうずめる。
「カイ……っ」
「大丈夫だ、アキ。何もしない。……今はまだ」
彼はそう言うと、俺の体を優しく抱きしめた。
彼の腕の中で、俺は高鳴る鼓動を必死に落ち着かせようとした。
怖い、という気持ちはもうなかった。
ただ、彼に触れられる心地よさと、これから起こることへの期待と不安が入り混じった、甘い痺れだけが全身を駆け巡っていた。
カイがくれる愛情は、確実に俺の心を、そして体を溶かしていく。
彼に全てを委ねたい。彼のものに、なりたい。
その想いは、日を追うごとに強く、確かなものになっていった。
契約の儀を行う、次の満月は、もうすぐそこまで迫っていた。
114
あなたにおすすめの小説
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
生贄傷物令息は竜人の寵愛で甘く蕩ける
てんつぶ
BL
「僕を食べてもらっても構わない。だからどうか――」
庶子として育ったカラヒは母の死後、引き取られた伯爵家でメイドにすら嗤われる下働き以下の生活を強いられていた。その上義兄からは火傷を負わされるほどの異常な執着を示される。
そんなある日、義母である伯爵夫人はカラヒを神竜の生贄に捧げると言いだして――?
「カラヒ。おれの番いは嫌か」
助けてくれた神竜・エヴィルはカラヒを愛を囁くものの、カラヒは彼の秘密を知ってしまった。
どうして初対面のカラヒを愛する「フリ」をするのか。
どうして竜が言葉を話せるのか。
所詮偽りの番いだとカラヒは分かってしまった。それでも――。
【完結】異世界から来た鬼っ子を育てたら、ガッチリ男前に育って食べられた(性的に)
てんつぶ
BL
ある日、僕の住んでいるユノスの森に子供が一人で泣いていた。
言葉の通じないこのちいさな子と始まった共同生活。力の弱い僕を助けてくれる優しい子供はどんどん大きく育ち―――
大柄な鬼っ子(男前)×育ての親(平凡)
20201216 ランキング1位&応援ありがとうごございました!
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――
竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】
ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる