「禍の刻印」で生贄にされた俺を、最強の銀狼王は「ようやく見つけた、俺の運命の番だ」と過保護なほど愛し尽くす

水凪しおん

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第5話「溶かされていく心」

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 次の満月までの日々は、まるで夢のように穏やかに過ぎていった。
 カイは宣言通り、俺の心が完全に解き放たれるように、あらゆる愛情を注いでくれた。
 それは、決して性急なものではなく、まるで薄氷を溶かす陽だまりのように、じんわりと心に染み渡る優しさだった。

 彼は俺に、たくさんの「初めて」を教えてくれた。
 二人で馬に乗り、森の中を駆け抜けた。風を切って走る爽快感も、すぐ後ろから抱きしめてくれるカイの体温も、全てが初めての経験だった。
 彼は森の動物たちや、珍しい植物の名前を一つ一つ丁寧に教えてくれた。彼が名前を呼ぶと、どう猛なはずの熊や狼までもが、まるで忠実な使い魔のように大人しく頭を垂れるのには驚いた。
 この森の全てが、彼の支配下にあるのだと改めて実感した。

 城の厨房に二人で立ち、お菓子を作ったこともあった。
 俺が不格好な形のクッキーを焼いてしまっても、カイは「お前が作ったものなら何でも美味い」と言って、幸せそうに全部食べてくれた。
 彼の指についた小麦粉を俺が指で拭ってやると、彼は驚いたように目を見開き、それから照れたように顔をそむけた。
 絶対的な支配者である彼が見せるそんな些細な仕草が、俺の胸をくすぐった。

 夜には、書斎の暖炉の前で、二人で寄り添って本を読んだ。
 カイは俺が文字を読めないことを知ると、子供向けの絵本から始めて、根気強く文字を教えてくれた。
 彼の低い声で語られる物語はどれも面白くて、俺はあっという間に本の世界に夢中になった。
 疲れて俺がうとうとと舟を漕ぎ始めると、彼はいつの間にか俺を抱き上げて寝室まで運んでくれていた。
 カイの腕の中は、いつも温かくて安心できる場所だった。

 そんな日々を過ごすうちに、俺はカイに触れられることへの抵抗感を、少しずつ失っていった。
 最初は、手を繋がれるだけで心臓が飛び出しそうだった。髪を撫でられるだけで体が強張った。
 けれど、彼がくれる口づけが、ただ唇に触れるだけの優しいものから、少しずつ深さを増していくにつれて、俺の体も変わっていった。
 カイの唇が触れるたびに、背筋が甘く痺れるようになった。彼の腕に抱きしめられると、もっと強く抱きしめてほしいと願うようになった。
 彼がくれる愛情が、俺の体に眠っていた未知の感覚を、一つ、また一つと呼び覚ましていく。

 ある晩、俺はカイの寝室にいた。いつからか、俺たちは同じベッドで眠るのが当たり前になっていた。
 ただ隣で眠るだけ。それ以上は何もないけれど、彼の体温を感じながら眠りにつくのは、何よりも心が安らぐ時間だった。
 その夜、俺はなかなか寝付けずに、隣で眠るカイの寝顔をじっと見つめていた。
 月明かりに照らされた彼の顔は、普段の威厳が嘘のように、どこか幼く、無防備に見えた。
 流れるような銀の髪に、そっと指を伸ばしてみる。絹のように滑らかな感触が、指先から伝わってきた。

「……眠れないのか」

 突然、閉じられていたはずの赤い瞳が開かれ、俺はびくりと手を引っ込めた。

「ご、ごめんなさい! 起こしちゃった……?」
「いや。元より、お前が隣にいると意識が向いて、深くは眠れない」

 カイはそう言うと、体を起こし、俺の方に向き直った。
 そして、俺が彼の髪に触れていた手を掴むと、その指先に一つずつ口づけを落としていく。

「っ……!」

 その仕草に、心臓が大きく跳ねた。彼の唇が触れるたびに、まるで電気が走ったかのように体が震える。

「お前は、俺に触れられるのは嫌か」

 赤い瞳が、不安げに揺れている。
 俺は慌てて首を横に振った。

「嫌じゃ、ない。……むしろ、もっと触ってほしい、って思う」

 最後の方は、蚊の鳴くような声になってしまった。恥ずかしくて顔が上げられない。
 けれど、それは紛れもない本心だった。
 俺の言葉を聞いたカイは、嬉しそうに目を細めると、俺の体をゆっくりと引き寄せた。

「……そうか」

 彼の大きな手が、俺の寝間着の裾からそろりと中に入り込んできた。
 素肌に直接触れる彼の手のひらは、驚くほど熱かった。

「ひゃ……!」

 思わず声が漏れる。彼の手は俺の背中をゆっくりと撫で、やがて左の肩甲骨、聖なる刻印のある場所でぴたりと止まった。

「ここは、お前が俺のものであるという証だ」

 囁きながら、彼は刻印の上を親指で優しくなぞる。
 ぞくぞくと、体の芯から快感にも似た痺れが駆け上がってきた。
 俺はたまらず、カイの胸に顔をうずめる。

「カイ……っ」
「大丈夫だ、アキ。何もしない。……今はまだ」

 彼はそう言うと、俺の体を優しく抱きしめた。
 彼の腕の中で、俺は高鳴る鼓動を必死に落ち着かせようとした。
 怖い、という気持ちはもうなかった。
 ただ、彼に触れられる心地よさと、これから起こることへの期待と不安が入り混じった、甘い痺れだけが全身を駆け巡っていた。
 カイがくれる愛情は、確実に俺の心を、そして体を溶かしていく。
 彼に全てを委ねたい。彼のものに、なりたい。
 その想いは、日を追うごとに強く、確かなものになっていった。
 契約の儀を行う、次の満月は、もうすぐそこまで迫っていた。
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