「禍の刻印」で生贄にされた俺を、最強の銀狼王は「ようやく見つけた、俺の運命の番だ」と過保護なほど愛し尽くす

水凪しおん

文字の大きさ
7 / 15

第6話「悪夢の先にある光」

しおりを挟む
 満月が近づくにつれて、俺の心は期待と不安の間で揺れ動いていた。
 カイの番になることへの喜びと、未知の儀式への恐怖。
 そんな不安定な精神状態が、忘れていたはずの過去の記憶を呼び覚ましてしまったのかもしれない。

 その夜、俺は悪夢にうなされていた。
 夢の中の俺は、村の薄暗い小屋に一人でいた。扉の外から、村人たちの罵声が聞こえる。

「化け物!」「疫病神!」「お前のせいで村が滅ぶんだ!」

 次々と投げつけられる石が、粗末な木の壁に当たって、乾いた音を立てる。
 俺は耳を塞ぎ、部屋の隅で体を丸めて、ただひたすら嵐が過ぎ去るのを待っていた。
 怖い。寒い。誰も助けてくれない。孤独と絶望が、冷たい泥のように体中にまとわりついてくる。
 夢だと分かっているのに、体が動かない。声も出ない。
 あの頃の無力な自分が、そこにいた。

「アキ! しっかりしろ、アキ!」

 誰かが俺の名前を呼んでいる。体を強く揺さぶられ、俺ははっと目を開けた。
 そこはいつもの寝室で、俺はカイの腕の中に抱かれていた。
 彼の赤い瞳が、心配そうに俺の顔をのぞき込んでいる。

「……カイ?」
「すごい汗だ。……うなされていたぞ」

 カイはそう言うと、濡れた俺の前髪を優しくかき上げてくれた。
 彼の手に触れた瞬間、夢の中で感じていた凍えるような寒さが嘘のように消え、温かい安心感が全身を包み込んだ。

「……怖い、夢を、見てた」

 声が震える。村での記憶が、生々しく蘇ってきていた。
 俺は、あの孤独からまだ完全には抜け出せていないのだ。
 カイは何も言わず、ただ俺を強く抱きしめてくれた。彼の胸に顔をうずめると、力強い心臓の音が聞こえる。
 その規則正しいリズムが、俺のパニックに陥った心を少しずつ落ち着かせてくれた。

「もう大丈夫だ。俺がここにいる」

 背中を優しく撫でる大きな手。耳元で囁かれる低い声。その全てが、悪夢の名残を消し去っていく。
 俺は、まるで子供のように彼の胸にしがみついて、しばらくの間、ただその温もりを感じていた。

 落ち着きを取り戻した俺を見て、カイは体を少し離すと、俺の涙で濡れた頬を指で拭った。

「村の夢か」

 彼の言葉に、俺はこくりとうなずく。全てお見通しだった。

「……俺、まだ怖かったんだ。みんなに石を投げられて、汚いって言われて……。カイがそばにいてくれるのに、まだ、あの頃のことから逃げられてない」

 情けなくて、また涙が溢れてきた。
 こんな弱い心のままで、俺は本当にカイの番になる資格があるのだろうか。
 するとカイは、俺の両肩を掴み、その赤い瞳で真っ直ぐに俺を見つめた。

「アキ。お前がこれまで受けてきた仕打ちは、そう簡単に消えるものではないだろう。無理に忘れろとは言わない。だが、一つだけ覚えておけ」

 彼の瞳には、いつものような絶対的な支配者の力強さと、深い慈愛の色が浮かんでいた。

「お前を傷つけた過去の全てを、俺が塗り替えてやる。孤独も、絶望も、俺がお前の中から消し去ってやる。だから、お前はただ、俺だけを見ていればいい」

 力強い宣言。それは、彼の揺るぎない決意の表れだった。

「俺は、お前を愛している。お前の過去も、その傷も、全て含めて愛している。お前は、俺にとって世界で一番価値のある、尊い存在だ」

 その言葉は、まるで光の矢のように、俺の心の最も暗い部分にまで突き刺さった。
 今までずっと、自分は価値のない、汚れた存在だと思い込んできた。
 けれど、この人は、銀狼王であるカイは、俺を「尊い」と言ってくれた。
 ああ、俺は、この人に会うために生まれてきたのかもしれない。
 そう思った瞬間、俺の中から恐怖や不安といった感情が、すうっと消えていくのを感じた。
 代わりに、熱い想いが腹の底から湧き上がってくる。
 俺は、この人が好きだ。心の底から、愛している。
 この人の隣にいたい。この人の力になりたい。ただ守られるだけの存在ではなく、この人を支えられるような、強い存在になりたい。

「カイ……」

 俺は自らの意思で、カイの首に腕を回した。そして、彼の唇に、自分から唇を重ねた。
 最初はただ触れるだけだった口づけ。しかし、込み上げてくる愛情を抑えきれず、俺はもっと深く彼を求めたいと思った。
 カイの唇を食むように吸い付くと、彼は驚いたように一瞬体を硬直させたが、すぐに俺の意図を理解したのだろう。
 彼の舌が、俺の口内を優しく探るように入ってきた。
 初めての、深い口づけ。息をするのも忘れ、ただ夢中で互いを貪る。
 カイの腕が俺の腰を強く抱き寄せ、隙間なく体を密着させた。
 長い、長い口づけの後、どちらからともなく唇が離れた。互いの口からこぼれる熱い息が、部屋の静寂に響く。

「……アキ」

 カイが、驚きと喜びに満ちた声で俺の名前を呼んだ。

「俺、もう怖くない。……カイの番になりたい。早く、あなたの本当のものになりたい」

 俺は、彼の赤い瞳を真っ直ぐに見つめて言った。
 もう、迷いはなかった。悪夢が、俺に本当の気持ちを気づかせてくれたのだ。
 俺の言葉を聞いたカイは、一瞬息をのみ、そして、これまで見た中で最もどう猛で、最も美しい笑みを浮かべた。

「……ようやくその気になったか、俺のかわいい番」

 彼は俺をベッドに押し倒すと、狼のような鋭い光を宿した瞳で、俺を見下ろした。

「後悔しても、もう逃がしてやらんぞ」

 その声は、甘く、そして抗いようのない支配者の響きを持っていた。
 俺は恐怖を感じるどころか、その支配下に置かれることに、歓喜さえ覚えていた。

「逃げない。……あなたのそばに、ずっといたい」

 俺は彼の首に再び腕を回し、その体を強く引き寄せた。
 満月は、もうすぐそこまで迫っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

生贄傷物令息は竜人の寵愛で甘く蕩ける

てんつぶ
BL
「僕を食べてもらっても構わない。だからどうか――」 庶子として育ったカラヒは母の死後、引き取られた伯爵家でメイドにすら嗤われる下働き以下の生活を強いられていた。その上義兄からは火傷を負わされるほどの異常な執着を示される。 そんなある日、義母である伯爵夫人はカラヒを神竜の生贄に捧げると言いだして――? 「カラヒ。おれの番いは嫌か」 助けてくれた神竜・エヴィルはカラヒを愛を囁くものの、カラヒは彼の秘密を知ってしまった。 どうして初対面のカラヒを愛する「フリ」をするのか。 どうして竜が言葉を話せるのか。 所詮偽りの番いだとカラヒは分かってしまった。それでも――。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

【完結】異世界から来た鬼っ子を育てたら、ガッチリ男前に育って食べられた(性的に)

てんつぶ
BL
ある日、僕の住んでいるユノスの森に子供が一人で泣いていた。 言葉の通じないこのちいさな子と始まった共同生活。力の弱い僕を助けてくれる優しい子供はどんどん大きく育ち――― 大柄な鬼っ子(男前)×育ての親(平凡) 20201216 ランキング1位&応援ありがとうごございました!

何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない

てんつぶ
BL
 連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。  その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。  弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。  むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。  だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。  人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

処理中です...