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10. お騒がせ令嬢、健在
しおりを挟む「先ほどは大変失礼いたしました」
正面にミハイル殿下の話を持ち出した男子生徒とその友人を座らせ、私は先程の非礼を詫びた。
「あ、いや、お気になさらず」
一人が気まずそうにする中、もう一人はジロジロと遠慮なく私を見つめてくる。
「なあ、お前本当にフェリハか?」
ミハイル殿下の話を持ち出した方の彼が親しげに聞いてきた。
「どちら様ですか?」
「あー、マジか。お前、ガチで記憶飛んでんの??」
(この人、フェリハの知り合いなのね)
荒っぽい言葉遣いに、短く刈られた焦茶色の髪。さらには制服の上からでもわかる鍛え上げられた身体を見て、彼が騎士科の学生だということはわかる。
「ごめんなさい。本当に分からないのです。あなた様のお名前を伺っても?」
私が尋ねると、彼はプッと吹き出した。
「まぁ、それが芝居だとしても関係ねぇか。俺はケレム。ケレム・クヌートだ。騎士科の四年で、お前とは一応幼馴染なんだけどな」
「……幼馴染??」
(まぁ、フェリハにそのような関係の男子が? 帰ったらナズに確認しなくっちゃ)
クヌート家といえば、ここトラレスの王国騎士団長を代々任されるような武に秀でた家門だ。
「久しぶりに話しかけてきたかと思いきや、髪型も化粧も全然違うし、もはや別人じゃねーか。おまけに名前も忘れられてるなんてな。俺、悲しくて泣きそー」
などと言いながら、友人に肩から体当たりしてはギャハハと笑い合っている。
こういう男同士のノリみたいなものに私はまったく縁がなく、何をどう返したらいいのかもわからない。仕方なく、そのまま黙っていると。
「おいおい、マジで別人だな。お前が静かに座ってるとか、天変地異レベルで怖いんだが?」
彼はまた友人とひとしきり笑った後、昔はこうだったとか思い出話まで語り始める始末。
「あの、ちょっと色々申し訳ないのですが、ミハイル殿下の話をして頂けます?」
昼休みも時間に限りがあるわけだし、このケレムとかいう幼馴染らしき彼のおふざけにいつまでも付き合っていられない。
「なんだよお前、冷てぇな。あんなに遊んでやったのに……」
ケレムが拗ねた風にこちらを見下ろすが、実際私はフェリハとは別人なのだから答えようもない。
ただ黙って、いや、少しばかり圧をかけながら彼を見つめ返していると。
「お前、まさか今度はミハイル殿下狙ってんの? ダメだぞ、ミハイル殿下は最近結婚なさったばかりだからな?」
「ええ、そんなことは誰よりも存じ上げておりますわ!!」
私のあまりの勢いに、二人は身体をのけ反らせた。
「……本当か? それになあ、ミハイル殿下のお妃となられた方は『月の女神』と称されるほどお美しい方なんだとよ」
「まぁ、そんな……」
(それほどでも)
「っていうか、なんでお前が照れてんのか知らねーけど、とにかくミハイル殿下はダメだからな?」
「当たり前です。そんなの要らぬ心配ですわ! で、殿下はいつトラレスにお見えになるのかしら??」
攻めの姿勢を崩さぬ私に、ケレムはそのオレンジ色の瞳を眇めた。
「はぁ。っていうかお前も毎年参加してんだろ? 一応侯爵令嬢なんだから。あ、そっか。今はまた記憶がないんだっけか。あーほら、王宮で開かれる星月夜のパーティだよ」
「あっ、そういえば!」
(そうよ、どうして忘れていたのかしら!?)
星月夜には夫婦揃ってトラレスのパーティーに参加する予定だと、挙式の直前にミハイル殿下が仰っていた。
「たぶん、だぞ?」
(じゃあ! その時、ミハイル殿下と一緒に、入れ替わったフェリハとも会えるのよね……??)
思っていたより早く解決の糸口が見えて、私は安心感からほぅと息を吐いていた。
「まだ決定事項じゃねーぞ?」
(星月夜といえば来月の七日だからあと三週間余り……)
「おーい、フェリハ!?」
呼ばれて顔を上げると、土属性を示すオレンジ色の瞳がすぐ目の前にあった。
(ち、近い!!)
こんな至近距離で異性に見つめられることなんて殿下の他にーーと思いかけて、脳裏に「義姉上」と呼ぶ声が掠めた。同時に、ぶわぁっと全身に鳥肌が立つ。
私は胸元の指輪をぎゅっと掴んで、しばらく目を閉じたまま俯いていた。
「お前、大丈夫か? まぁ、変なのは今に始まったことじゃねーけど」
声が遠のいたのでゆっくり目を開けると、ケレムが椅子に腰を戻したところだった。
その呆れたような口ぶりのわりに、ケレムは心配そうな顔をして私を見ている。
(彼も本物のフェリハを心配する一人なのかしら……)
でも、次に続いた言葉がいけなかった。
「まあ、憧れるのは自由だしな。実は俺もミハイル殿下のファンの一人なんだ。だから、お前がジェム殿下から鞍替えしたくなる気持ちもーー」
「失礼な!! 今も昔も、私は殿下一筋ですわ!!」
「お、おう」
「「「 まぁ!!」」」
そんな私の言葉に反応したのは、目の前のケレムだけではなかった。
(しまった……)
つい我を忘れて声を上げてしまったが、今更どうしようもない。
「ちょっと、今の聞きまして? エファンディ嬢、記憶が戻ったようですわね!」
「いや、だから初めから演技だってわかっていたじゃありませんか」
ランチルームのそこかしこで、また私をネタに話が広がっていく。
それでも唯一の救いと言うべきか、私が言う「殿下」とはもちろんミハイル殿下のことなのだが、周りが思う「殿下」はこの国の皇太子であるジェム皇太子なわけで。
学園生活最初の一週間。
私はすっかり「お騒がせ令嬢」の異名を引き継いでいた。
ーーーーーーーーーー
読みに来てくださってありがとうございます!
ここでストック切れなんですが、ぼちぼち上げていきますのでまた読みに来てください(^-^)/
たぶん30話超えるかなと思ってます。
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