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15. ミハイル殿下の足あと
しおりを挟む『あら? フェリハ様、どうして動かないのかしら?』
『もう記憶は戻ったんじゃなかった?』
背後から、もはやヒソヒソとは言えない話し声が聞こえてくる。
振り向かずとも、ランチルームにマリク達が入って来たのだとわかった。
(はぁ……やっぱりずっと快適ってわけにはいかないのね)
ここでの生活も残り三週間を切った。
私がフェリハとして、なりきり学園生活を満喫できるのもそう長くはない。
何度も言うが、私はミハイル殿下がここに在学中の四年間、一度も殿下にお会いすることができなかった。
殿下が卒業されてスミュルナに戻られてからも、結婚式を挙げるまでにお会いできたのはたったの三回だけ。おまけに、そのうちの一度だって二人きりにはなれなかった。
つまり私と殿下の交流は、ほぼ手紙のやり取りだけで成り立っていた。
婚約期間中ほとんど殿下には会えず、お声すら聞けなかったのに、どうして私がこんなにも殿下をお慕いしているのか。
想いを募らせ、拗らせている自覚はちゃんとある。
けれど仕方のないことだと思う。
だって、殿下直筆のお手紙はいつだって私を思いやる優しさで溢れていたし、殿下がユーモラスに綴られたこの学園での日常は、折れそうになる私の心を何度となく支えてくれたから。
(ミハイル殿下のお手紙がなかったら私はきっと……)
とにかく、なんとしても残りの期間で余すところなく殿下の足あとを辿りたい。いや、絶対に辿るのよ。
ちなみに今日はこの後、中庭に設置されたピアノを弾くことにしている。
『サブリエのポムポムピアノ』と言われるそれは、中庭の円形ステージにドンと据えられた薄紫のグランドピアノだ。
(早く行かなきゃ誰かに取られてしまうかも)
早々に本日のランチを完食すると、私は口元をナプキンでそっと拭った。
そうして立ちあがろうとした時だった。
人を小馬鹿にしたような、ディララの発言がランチルームに響いたのは。
『私、わかっちゃったかも! これって殿下の気を惹く作戦じゃない?!』
しぃん、と妙に静まり返るランチルーム。
何のことを言っているのかは、きっとここにいる全員がわかっている。
(ディララという令嬢は本当に皇太子妃候補なのかしら)
私は心から疑問に思った。
話し方も所作も、そこはかとなく幼稚で品位に欠けているからだ。
まぁ、それもこれも、私にジェム皇太子を取られたくない一心の行動と考えれば可愛げもあると言えないことも……
(って、私、そちらの殿下には全くもって、これっぽっちも興味ありませんので!)
不快ではあるが、一方でディララの拙い策に乗ってやるのも悪くないなと思う。
なぜなら本物のフェリハはジェム皇太子が大好きなのだ。となると、私が入れ変わってからの行動は、記憶喪失と思われていた時ならまだしも、今となっては説明がつかなくなっている。
まぁ、策に乗るなんて言っても私がすることは何もない。
ただ否定しない、それだけだ。
私がどんなにジェム皇太子を避けようが、これまでと違う行動を起こそうが、さっきのディララの発言がそれら全てを「殿下の気を惹くための作戦」ということにしてくれるのだから。
(むしろディララに感謝しなきゃね)
私が立ち上がると、たくさんの視線が集まるのがわかった。
それにいちいち応えるつもりはない。
私は振り向きもせずランチルームを出ると、そのまま中庭を目指した。
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