リプレイスメント〜目覚めたら他国の侯爵令嬢になってました〜

ことりちゃん

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16. パチパチorバチバチ

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 動く階段で一階まで下りる。
 この中央棟から中庭へと出られる扉はここだけだ。しかも、開放されるのは昼休みの間だけらしい。

 中庭へと続くアプローチに出ると、色とりどりのハイドランジアが小道の両側に見事に咲き誇っていた。

(何もかも、ミハイル殿下のお手紙の通りだわ……)


~~~~~~~~~~

 雨月になると、中庭のハイドランジアがとても綺麗なんだ。
 花の色は薄いピンク色もあれば、青だったり紫だったり。どれも素敵だけど、僕のお気に入りは紫だよ。

 ハイドランジアを楽しみながらアプローチを進むと、目の前には乙女の噴水が見えてくるんだ。
 神話に出てくる水の女神をモチーフに彫られた像らしいけど、お顔は大魔法師サブリエがモデルなんだって。

 でもね、ハイドランジアも乙女の噴水も素敵だけれど、僕がこの中庭で一番気に入っているのはピアノなんだ。

 薄紫のピアノなんて、見たことないだろう?

~~~~~~~~~~


 殿下のお手紙は何度も読み返した。
 雨月に頂いたお手紙はもちろん四年分あるわけで、殿下は毎年、このハイドランジアが美しく咲き誇る様子を私に伝えてくれた。

 それに最初の年からずっと、花色は紫が一番好きだと仰っていた。

(まるで私のことを仰っているみたいで、恥ずかしくも嬉しかったのよね……)


 殿下のお手紙を思い起こしながらアプローチを進むと、目の前に乙女の彫刻が立つ噴水が見えて来た。
 乙女の掲げた水瓶から、透き通った水が溢れてはさらさらと流れ落ちている。

 大魔法師サブリエを模して彫られたというそのお顔は、変わり者でイタズラ好きというサブリエのイメージとは似てもにつかない、穏やかで上品な微笑みを讃えていた。

 噴水を通り過ぎてさらに奥へと進むと、耳に心地よいピアノの音が聞こえて来た。

 円形のステージの真ん中には、殿下一番のお気に入りだった薄紫のグランドピアノがドンと据えられていた。

 ピアノを弾いている人はいない。
 サブリエのポムポムピアノは基本、自動演奏なのだと聞いている。
 

「お、フェリハじゃん」

 ピアノに近づこうとした時、先週話した騎士科のケレムに声を掛けられた。

「ごきげんよう、ケレム先輩」
「なっ、先輩とかやめろ! いつも通り名前で呼べよ」

 頭を掻きながら、ケレムがめんどくさそうに言った。

(名前呼び……殿下以外の人なら簡単に呼べるのにね)

「わかったわ、ケレム」

 そうなのだ。
 結婚式の夜、つまり初夜の記憶がないのでどうなったかわからないが、私は殿下にお願いするつもりだった。

『ミハイル様とお呼びしたいです』と。

 13歳で婚約を結び、18歳で結婚した。
 その間、幾度となくお名前でお呼びしたかったけれど、その勇気もなければチャンスもなかったから。

 手紙でも常に呼び名は『殿下』。
 時間が、年月が経てば経つほど、お名前呼びに切り替えるというハードルは高くなっていった。

「それよりお前、なんでここに?」
「ちょっとピアノを弾きにね」

 私の答えに、「ふーん」なんて納得しかけたケレムだったが。

「ちょっ、待て待て待て! このピアノ弾くって言ってんの? お前が??」

 急にケレムが声を張ったので、中庭でランチを楽しんでいた他の生徒たちの視線が集まってしまった。

「そんなに大きな声を出さないでください」
「だってなぁ、他でもないお前だぞ? お前がピアノ得意じゃねぇってのは有名な話なんだぞ?」
「まぁ、そうなのですか?」

 他人事のように言う私に、ケレムは「おいおい」と呆れた声を出した。

「いいか? あのピアノはな、去年ミハイル殿下が卒業を前に大変ブラボーな演奏を披露されたんだよ。それから今日まで、誰一人として弾いてねーの。その意味わかるか?」

(なんですって?!)

 今、とても大切な情報を聞けた気がする。

「誰一人として……」
「ああ、そうだ。だからお前なんかがーーおいっ、やめとけって!!」

 止めようとするケレムを振り切り、私はサブリエのポムポムピアノに近づいた。

 私が近づくと自動演奏の音が徐々に小さくなっていき、やがて静かになった。

 実はこのピアノ、昼休みの時間なら誰でも自由に弾くことができる。
 にも関わらず、昨年ミハイル殿下が演奏されて以来誰一人として弾いていない、ということはどういうことか。

 お察しの通り、この薄紫のグランドピアノにはいかにもこの学園らしい魔法がかかっている。

 素敵な演奏には賞賛パチパチが贈られ、残念な演奏にはお仕置きバチバチが飛んでくるという、なんともサブリエらしい魔法が。


「やめとけ、絶対痛い目みるぞ!」

 ケレムが私のためを思って止めてくれるが、私は振り返るとニッコリと彼に微笑んだ。

 円形ステージの周囲には階段状に観客席が作られているため、中庭でランチをとっている生徒のほとんどがピアノの周りに集まっていると言っても過言ではなかった。

『ちょっと、エファンディ嬢出てきたんだけど??』
『うわ、マジで弾く気か!?』

 なんて、周囲のざわめきも耳に入ってくる。
 けれど私はミハイル殿下の足跡を辿りたいのだ。

(あ、今回は殿下の指の軌跡を辿りたいのだけれど)

 殿下が卒業前に何の曲を演奏されたのか、私はもちろん知っている。


~~~~~~~~~~

 卒業を前に中庭でピアノを弾いたんだ。
 君に聴かせてあげることは出来なかったけれど、このが届くといいな。

『祝福の歌』(変イ長調)

~~~~~~~~~~

 
 広く『祝福の歌』として世界的に知られるこのピアノ曲には、知る人ぞ知る副題がついている。

『あなたに逢いたい』

 だから殿下からこのお手紙をもらった時、私がどんなに嬉しかったか。

(今、私も同じ気持ちです)

 先程までざわついていた広場が、私が椅子に腰掛けたのを合図に静まり返った。

 ふと横を見ると、ケレムが心配そうにこちらを見ている。

(ふふ、彼、意外と優しいのね)

 私はふぅと息を吐くと、そっと鍵盤に指を乗せた。




ーーーーーーーーーー
今日も読みに来てくださってありがとうございます。
お気づきかと思いますが、このお話の中では六月を「雨月(あめつき)」と表現しております。
なんとなく異世界感を出したかっただけです(^_^;)

次はピアノを弾くところを書きます。
そろそろジェム皇太子にも動きが欲しいですねー。
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