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番外編
ロスヴィータとノア①
「ロジーはどうしたんだ?」
愛娘のロスヴィータがテーブルについていない。
晩餐はできるだけ家族全員揃ってから、というのがこのツィマーマン公爵家のルールだったが、今宵はロスヴィータの席が空いている。
「食欲がないのですって。ロジーの大好きなあの方が、とうとう婚約されるのだとか」
そう話すのは、ロスヴィータの母親つまり公爵夫人である。
「姉上のお慕いするあの方が、結納品を買いそろえていると各所で噂になっております」
そう続けたのは、ロスヴィータの5つ下の弟フランツだった。彼は今年、姉の想い人であるノア・カウフマンが卒業した後の学院に入学したため、残念ながらまだその姿を目にしたことがなかった。
「フンッ。彼奴もようやく身の程を知ったと言うことか」
家族想いの父親として社交界では有名なツィマーマン公爵だったが、実は娘に言っていないことがある。
「しかしロジーは一体いつになったら彼奴のことを諦めるんだ……」
「そうですわね。誰に似たのか、一途なのですわ」
そう言って夫人が公爵に目線を向けると、公爵は気まずげに咳払いをした。
「んん。まぁ、アレだ。やはりつまらん男だったなぁ、たった一度で諦めるとは」
「あなた」
「根性が足らんのだ、根性が。私ならば何度突っぱねられようともーー」
「あなた!」
夫人が公爵を窘めるように声を掛けたが、フランツの耳にはすでに届いてしまったようだ。
「たった一度? 突っぱねられるとは??」
フランツの問いに公爵は自分の失言に気づくも、時すでに遅し。
夫人は額に手を添えると大きなため息をもらした。
フランツは手に持っていたグラスをテーブルに戻すと、改めて公爵に問うた。
「父上、まさかとは思いますが、もしかしてあの方の求婚を断ったのですか?」
「……」
公爵は口をつぐんだまま、ただフランツの言葉を聞き流した。その目線はフランツを捉えることはなく、所在なさげに窓の外へと向けられる。
「父上?」
「……」
「姉上はそのことをご存知なのですか?」
「……」
「父上? って、姉上が知ってるはずないか。もし知ってたらあの姉上のことだ、大変な騒ぎになってたはずだ」
公爵がだんまりを決め込んでいるので、フランツの問いは後半独り言になってしまった。
法務大臣という国の要職にあり、普段は冷静且つ公正不偏な立場を貫く父親をフランツはとても尊敬している。いや、尊敬していた、今この瞬間までは。
「最悪じゃないか」
努めて平静を装っていたフランツだったが、思わず本音がこぼれ出た、すると。
「なっ、何が最悪だというんだ!」
何かのスイッチが入ったのか、固く口を閉ざしていた公爵が急に息巻いて反論を始めた。
「考えてもみろ、フランツ! あんなチャラチャラした優男にうちの可愛いロジーをやれるわけがないだろう!!」
公爵は顔だけでなく、近年後退しつつある額までも真っ赤にしながら続ける。
「あんな胡散臭い笑顔を貼り付けた男はな、絶対に腹黒だと相場が決まっとるんだ! 何が悲しくてそんな男にロジーをやらんといかんのだ!」
自分は何も間違っとらん、と言い切る公爵。
そのままフンッと鼻息を荒く吐き出してはまたソッポを向いてしまった。
そんな公爵の様子に、夫人はハァと大きなため息をつく。そうして、諦めたように口を開いた。
「もう3年になりますわね。あの方がロジーを娶りたいと求婚状を持参なさったのは」
夫人の言葉に、フランツはすぐに母のほうへと向き直った。
「3年も前なのですか? ですがその頃すでに姉上はあの方をお慕いしていましたよね?」
「ええ」
「ではなぜ?」
フランツは信じられないと言わんばかりに首を横に振る。
「あの日は誰も居なかったの」
「え、どういうことです?」
「あの方にはきちんと先触れも頂いたようだけれど、私たちには一切知らされなかった。旦那様はあえてその日を指定したらしいの。私たち3人が外出する日をね」
「……定例茶会」
「ええ、そうよ。だから私たちが知る由もなかったの。結局、私がそのことを知ったのは、すでに数か月も経ってからのことだったの」
夫人はそこまで話して一旦夫である公爵のほうへ視線を向けた。
公爵はまだ不貞腐れた顔をして、窓の外を見ている。
「後から聞いたのだけれど、あの方はロジーの好きなお花に、ロジーの好きなピンクトルマリンの指輪、それ以外にもロジーの好きそうなたくさんの贈り物を携えていらっしゃったそうよ。誠意を持って求婚にいらしたのよ、それなのに……」
「僕らに内緒で追い返したのですね」
フランツが父親にチラリと視線を向けながら問う。
「なぁにが誠意だ! 誠意というものはな、何度も通って初めて相手に伝わるものなんだぞ! それがお前、たった一度で諦めるなどーー」
「あなた」
「私はだな、ただ彼奴のような親の金で地位を得たくせに偉そうにしている若造に現実をーー」
「あなた!」
公爵の言いっぷりに、フランツはなんとなく父親がどんなことを言ってノア・カウフマンを追い返したのかを察してしまった。
「……はぁ。父上、あなたは姉上の気持ちを一体なんだと思っているのですか?」
「フン、私は父親として当然のことをしたまでだ。一時の気の迷いに人生を狂わされてはならんのだ。燃え上がる気持ちは一瞬だ。結婚とはまた別の話なのだ、お前にはまだわからんだろうがな」
公爵が偉そうに顎を上げながら言い放つ。が、そこへ横から物言いがついた。
「聞き捨てなりませんね。それはもしかしてあなたご自身のことをおっしゃっていますの?」
「え? いや、違う違う!!」
「あなたのあの暑苦しいまでのアプローチ、何度断っても止まなかった求愛は全て一時の気の迷いだったと、そうおっしゃりたいのですか?」
「バ、バカを言うな! 私のお前への気持ちは本物だ! 一時の気の迷いなどではない!!」
愛する妻に圧倒され、公爵は急に大人しくなった。
「ならばなぜロジーの気持ちを汲んでやらなかったのです? せっかくあの方があの子を求めてくださったのに」
「そうですよ! どうして姉上の想いを一時の気の迷いだなどと決めつけるのですか!」
息子と妻、二人から詰め寄られ公爵はさすがにたじろいでしまった。
ぐぬぬと唸りながら、公爵は言葉を探すかのように視線を床の上に這わせている。
「私は、私はただ、ロジーには幸せになってほしい一心で……」
なんとか絞り出したその言葉に、フランツが畳み掛けるように被せた。
「その一心で、姉上が心からお慕いしているあの方からの求婚を揉み消したと?」
言いながらフランツは、父親である公爵を軽蔑の目で見据えた。
普段は和やかに談笑などしながら心地よい雰囲気に包まれているこのダイニングルームだったが、今は窒息しそうなほどの重苦しい空気に包まれている。
公爵家の親子三人と、給仕のために控えている数人の使用人。
誰かの息遣いが聞こえそうなほど、室内が静まり返った時だった。
「それ、どういうことですの?」
いつから聞いていたのか、ダイニングのドアを少しだけ開けて、ロスヴィータがひょっこりと顔を覗かせていた。
愛娘のロスヴィータがテーブルについていない。
晩餐はできるだけ家族全員揃ってから、というのがこのツィマーマン公爵家のルールだったが、今宵はロスヴィータの席が空いている。
「食欲がないのですって。ロジーの大好きなあの方が、とうとう婚約されるのだとか」
そう話すのは、ロスヴィータの母親つまり公爵夫人である。
「姉上のお慕いするあの方が、結納品を買いそろえていると各所で噂になっております」
そう続けたのは、ロスヴィータの5つ下の弟フランツだった。彼は今年、姉の想い人であるノア・カウフマンが卒業した後の学院に入学したため、残念ながらまだその姿を目にしたことがなかった。
「フンッ。彼奴もようやく身の程を知ったと言うことか」
家族想いの父親として社交界では有名なツィマーマン公爵だったが、実は娘に言っていないことがある。
「しかしロジーは一体いつになったら彼奴のことを諦めるんだ……」
「そうですわね。誰に似たのか、一途なのですわ」
そう言って夫人が公爵に目線を向けると、公爵は気まずげに咳払いをした。
「んん。まぁ、アレだ。やはりつまらん男だったなぁ、たった一度で諦めるとは」
「あなた」
「根性が足らんのだ、根性が。私ならば何度突っぱねられようともーー」
「あなた!」
夫人が公爵を窘めるように声を掛けたが、フランツの耳にはすでに届いてしまったようだ。
「たった一度? 突っぱねられるとは??」
フランツの問いに公爵は自分の失言に気づくも、時すでに遅し。
夫人は額に手を添えると大きなため息をもらした。
フランツは手に持っていたグラスをテーブルに戻すと、改めて公爵に問うた。
「父上、まさかとは思いますが、もしかしてあの方の求婚を断ったのですか?」
「……」
公爵は口をつぐんだまま、ただフランツの言葉を聞き流した。その目線はフランツを捉えることはなく、所在なさげに窓の外へと向けられる。
「父上?」
「……」
「姉上はそのことをご存知なのですか?」
「……」
「父上? って、姉上が知ってるはずないか。もし知ってたらあの姉上のことだ、大変な騒ぎになってたはずだ」
公爵がだんまりを決め込んでいるので、フランツの問いは後半独り言になってしまった。
法務大臣という国の要職にあり、普段は冷静且つ公正不偏な立場を貫く父親をフランツはとても尊敬している。いや、尊敬していた、今この瞬間までは。
「最悪じゃないか」
努めて平静を装っていたフランツだったが、思わず本音がこぼれ出た、すると。
「なっ、何が最悪だというんだ!」
何かのスイッチが入ったのか、固く口を閉ざしていた公爵が急に息巻いて反論を始めた。
「考えてもみろ、フランツ! あんなチャラチャラした優男にうちの可愛いロジーをやれるわけがないだろう!!」
公爵は顔だけでなく、近年後退しつつある額までも真っ赤にしながら続ける。
「あんな胡散臭い笑顔を貼り付けた男はな、絶対に腹黒だと相場が決まっとるんだ! 何が悲しくてそんな男にロジーをやらんといかんのだ!」
自分は何も間違っとらん、と言い切る公爵。
そのままフンッと鼻息を荒く吐き出してはまたソッポを向いてしまった。
そんな公爵の様子に、夫人はハァと大きなため息をつく。そうして、諦めたように口を開いた。
「もう3年になりますわね。あの方がロジーを娶りたいと求婚状を持参なさったのは」
夫人の言葉に、フランツはすぐに母のほうへと向き直った。
「3年も前なのですか? ですがその頃すでに姉上はあの方をお慕いしていましたよね?」
「ええ」
「ではなぜ?」
フランツは信じられないと言わんばかりに首を横に振る。
「あの日は誰も居なかったの」
「え、どういうことです?」
「あの方にはきちんと先触れも頂いたようだけれど、私たちには一切知らされなかった。旦那様はあえてその日を指定したらしいの。私たち3人が外出する日をね」
「……定例茶会」
「ええ、そうよ。だから私たちが知る由もなかったの。結局、私がそのことを知ったのは、すでに数か月も経ってからのことだったの」
夫人はそこまで話して一旦夫である公爵のほうへ視線を向けた。
公爵はまだ不貞腐れた顔をして、窓の外を見ている。
「後から聞いたのだけれど、あの方はロジーの好きなお花に、ロジーの好きなピンクトルマリンの指輪、それ以外にもロジーの好きそうなたくさんの贈り物を携えていらっしゃったそうよ。誠意を持って求婚にいらしたのよ、それなのに……」
「僕らに内緒で追い返したのですね」
フランツが父親にチラリと視線を向けながら問う。
「なぁにが誠意だ! 誠意というものはな、何度も通って初めて相手に伝わるものなんだぞ! それがお前、たった一度で諦めるなどーー」
「あなた」
「私はだな、ただ彼奴のような親の金で地位を得たくせに偉そうにしている若造に現実をーー」
「あなた!」
公爵の言いっぷりに、フランツはなんとなく父親がどんなことを言ってノア・カウフマンを追い返したのかを察してしまった。
「……はぁ。父上、あなたは姉上の気持ちを一体なんだと思っているのですか?」
「フン、私は父親として当然のことをしたまでだ。一時の気の迷いに人生を狂わされてはならんのだ。燃え上がる気持ちは一瞬だ。結婚とはまた別の話なのだ、お前にはまだわからんだろうがな」
公爵が偉そうに顎を上げながら言い放つ。が、そこへ横から物言いがついた。
「聞き捨てなりませんね。それはもしかしてあなたご自身のことをおっしゃっていますの?」
「え? いや、違う違う!!」
「あなたのあの暑苦しいまでのアプローチ、何度断っても止まなかった求愛は全て一時の気の迷いだったと、そうおっしゃりたいのですか?」
「バ、バカを言うな! 私のお前への気持ちは本物だ! 一時の気の迷いなどではない!!」
愛する妻に圧倒され、公爵は急に大人しくなった。
「ならばなぜロジーの気持ちを汲んでやらなかったのです? せっかくあの方があの子を求めてくださったのに」
「そうですよ! どうして姉上の想いを一時の気の迷いだなどと決めつけるのですか!」
息子と妻、二人から詰め寄られ公爵はさすがにたじろいでしまった。
ぐぬぬと唸りながら、公爵は言葉を探すかのように視線を床の上に這わせている。
「私は、私はただ、ロジーには幸せになってほしい一心で……」
なんとか絞り出したその言葉に、フランツが畳み掛けるように被せた。
「その一心で、姉上が心からお慕いしているあの方からの求婚を揉み消したと?」
言いながらフランツは、父親である公爵を軽蔑の目で見据えた。
普段は和やかに談笑などしながら心地よい雰囲気に包まれているこのダイニングルームだったが、今は窒息しそうなほどの重苦しい空気に包まれている。
公爵家の親子三人と、給仕のために控えている数人の使用人。
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※小説なろう、エブリスタに記載してます