天使様の愛し子

東雲

文字の大きさ
上 下
111 / 140
プティ・フレールの愛し子

90

しおりを挟む
「だぅ~」
「ぷあ! あ!」
「まだいっぱいあるから、順番に食べようね」

柔らかな木漏れ日が降りそそぐ双樹の下、赤ん坊達と戯れながら、この日ものんびりとした時間を過ごしていた。
周りでむにむにと団子状になりながら、「あ~」と大きく開けている赤子達を微笑ましく思いながら、真っ赤な舌の上にフォルセの果実をコロリと転がす。

「あ~ん」
「あ~ぶ」

はぷりと果実を頬張る愛らしい姿に目を細め、ふっと一息吐くと、傍らに立つエルダに視線を送った。

「…エルダ、今日はイヴもルカもいないし、一緒に座ってよう?」
「ありがとうございます。ですが今は、アドニス様のお側にいるのが私の務めです。このままでいることをお許し下さい」
「…ん。分かった」

(やっぱりダメかぁ…)

予想できていたことだが、柔らかな微笑みでハッキリと断られてしまい、残念な気持ちを滲ませながら、大人しく引き下がった。
今日はイヴァニエとルカーシュカの都合が合わず、エルダと二人でフレールの庭へと来ていた。赤ん坊達以外は誰もいないのだし、エルダものんびり過ごしてくれていいのに…と思って声を掛けてみたのだが、返ってきたのはいつもと同じ返事だった。

(エルダは真面目さんだぁ)

定期的にフレールの庭へと赴くようになってから三月みつきが経ち、暖かな庭で過ごすことにも随分と慣れてきた。
今でも変わらず、予定さえ合えばイヴァニエとルカーシュカが同行してくれて、皆で過ごす心地の良い時間を満喫していたが、それも毎回必ずという訳ではなく、今日のように二人の予定が合わないということも稀にあった。
朝の挨拶に来てくれたイヴァニエとルカーシュカと、軽い抱擁と唇が触れるだけの口づけを交わすと、互いに「いってらっしゃい」と相手を見送ったのはほんの少し前のことだ。

(…ちゅーもいっぱいするようになったなぁ)

少しの気恥ずかしさを混ぜた嬉しさに、もじりと体を揺らせば、膝の上に座る赤子が不思議そうにこちらを見上げた。

「う?」
「ふふ…なんでもないよ」

ふっくらとしたすべらかな肌を撫でれば、楽しそうに笑う声が返ってくる。暖かな陽射しが、まるで全身に染み渡るような幸福感に、へにゃりと笑った。
ポカポカとした陽気の中、幸せな気持ちに浸りながら、エルダや赤子達とまったり過ごす…ともすれば眠気を誘うような穏やかさに、赤ん坊達は可愛らしいあくびを零し、それにつられるように、ふあ…と吐息が漏れた。

「アドニス様、お眠いですか? お休みになられますか?」
「んーん…大丈夫」
「…昨日は、きちんとお休みになれましたか? 無理をされているのでは…」
「だ、大丈夫だよ…! ちゃんと…いっぱい、寝たよ…!」
「ならば良いのですが…お体が辛い時は、お休みして大丈夫ですからね?」
「ん…」

まだ疑わしげな表情を浮かべたエルダに、コクリと頷いている間に、直前までの僅かな眠気はどこかへ飛んでいってしまった。

(…えっちなことした後の心配をされるのって、恥ずかしいかも…)

昨日はイヴァニエの元へと向かい、いつものように今朝方戻ってきたのだが、エルダは出迎えの時はいつも心配そうで、その純粋な気遣いが嬉しくも恥ずかしく、頬が熱くなった。



イヴァニエとルカーシュカと初めて性的な交わりを持ったあの日から、肌を撫でられる行為は続いていた。
それはとても淡い繋がり方で、唇や指先で優しく優しく愛撫される感触は気持ち良くて、恥ずかしいけれども好きな行為として、素直に認識できるようになった。
それと比例するように、普段のなんでもない時でも抱擁や口づけを交わす回数は増え、頬や目元、こめかみに、日に幾度もキスを受けるようになっていた。
優しい口づけの感触は擽ったくて、嬉しくて、気持ち良くて…堪らず笑みが零れてしまう愛しさに、最近では二人からのキスをほんのりと心待ちにしている自分がいた。

(…恥ずかしくて、ちゃんとお返しできてないけど…)

「大好きだよ」と言われているような口づけに、いつも心はふわふわと浮き立つが、どうしても照れが先に立ってしまい、まともに反応できないままでいた。
心臓の柔いところをそっと擽るような淡い恥じらいは落ち着かなくて、それでも嬉しくて、つい縮こまってしまうも、胸の内では少しずつ、自分も同じように口づけを贈りたいという気持ちが膨らんでいた。

(……いつか、自分からもできるようになりたいな…)

「大好き」の想いを込めて、せめて頬に触れられるくらいにはなりたい。
胸に抱いた密かな願望は、喜びにも似ていて、ソワソワと跳ねるような感情に柔く唇を喰んだ───と、そこまで考えて、はたとあることに気づき、エルダを見遣った。

(……そういえば、赤ちゃんの時のエルダには、自分からキスしてる…?)

赤ん坊の姿の時は、基本的には自身の腕の中に収まっているエルダだが、そのふわふわとした毛先は魅力的で、つい吸い寄せられるように甘やかな香りのする頭部に口づけをしていた。
甘える様子が可愛くて、小さな手でしがみついてくる姿が愛しくて、込み上げる感情のままキスをしていたが、ほとんど無意識の内の行為だったことに気づき、今更ながらに驚く。
とはいえ、それは赤ん坊の姿の時限定で、普段は手を繋いだり、軽く抱擁を交わすだけだということにも同時に気づき、首を捻った。

(…あれ? もしかして…エルダともちゅーした方がいい…?)

イヴァニエとルカーシュカとは、恋仲になったことで深い口づけを交わし、素肌を晒すようになった。それ以外にも、抱擁や啄むようなキスといったふれあいがどんどんと増えている。

翻ってエルダはどうだろう?
恋仲…と呼べるかは分からないが、それでも『特別な好き』としてお互い認識しているし、抱き締めたり、手を繋いだりと、自然と触れ合うことは多い───が、イヴァニエやルカーシュカのそれとは明らかに距離感が違う。
最近になって、ようやく風の日アイレだけは一緒のベッドで寝てくれるようになったが、それも同じベッドでくっついて眠っているだけで、それ以上のことは何もない。
改めて考えて、もしやエルダとの接触だけ極端に少ないのでは? と気づいてしまった。

(…どうしよう…)

気づいた途端、知らず知らずの内にエルダに悪いことをしてしまっていたのでは…と不安になり、慌てて傍らに佇むエルダを見上げた。

「エ、エルダ…!」
「はい。どうなさいました?」
「あの…、エルダも、ちゅーしたい…?」
「………申し訳ございません、アドニス様。どういった経緯で今のお言葉を頂いたのか、お伺いしても…?」
「あ…えっと…えぇっと…」

困惑をそのまま顔に浮かべたエルダに、ハッとする。自分の頭の中でぐるぐると考え込んでいたことをなんの脈絡もなく口にされたら、戸惑いもするだろう。
慌てて頭の中を整理すると、ポッと湧いた心配事について、一からエルダに説明するのだった。



「……アドニス様のお気持ちは分かりました」

話しをするのを口実に、エルダには隣に座ってもらった。
赤ん坊達にも少しだけ時間をもらい、フォルセの果実を与える手を止めると、突然芽生えた心配事についてエルダに伝えた。

「前に聞いた時は、お口にちゅーはいいって言ってたけど…今は? 今も、いい…?」
「……それは…その、いいと言いますか…」
「…お口にちゅーするの、嫌?」
「いえ! …っ、……いいえ、嫌という訳ではなくて……その…」
「…照れちゃう?」
「……そう、ですね」
「そっかぁ…自分と一緒だね」

エルダも唇へのキスは照れるらしい。同じ感覚を共有していることが嬉しくて、ふへりと笑えば、エルダがなんとも言えない顔で眉を下げた。

「…?」
「…気遣って下さり、ありがとうございます。ですが、私は今こうしてアドニス様のお側で過ごしていられるだけで、とても満ち足りておりますので、そのお気持ちだけで充分でございますよ」
「…そう…」

寸前までの表情は消え、ふわりと微笑んだその顔は、いつものエルダの笑顔で、安心していいはずなのに、なぜか妙な引っ掛かりを覚えた。

(ヤじゃないけど、ちゅーはいいんだ…)

エルダは満ち足りていると言ってくれたが、そうは言ってもイヴァニエやルカーシュカに比べて、何かが足りないと思う気がしてならないのだ。
その『何か』を言葉に表すのが難しくて、むぅ…と考え込んでいると、エルダのフッと笑う声が聞こえた。

「アドニス様、本当に、私は充分アドニス様からの情を頂いております。そのように難しいお顔をなさらないで下さいませ」
「…でも、イヴやルカみたいに、えっちなことしないから、くっついている時間が短いよ…?」
「その分、こうして毎日、朝のお目覚めから、夜のお休みまで、アドニス様のお側におりますよ」
「でも、最近は、イヴもルカも、一緒にいるよ? エルダだけじゃないよ?」
「それは…そうですが…」
「ちゅーしたり、えっちしたりしない分、エルダもなんかしよう?」
「………アドニス様、その発言は少々、危ういものがございますので…」
「…他の人には言わないよ」

やんわりと嗜められ、唇を尖らす。
最近はこうして『他の天使達の前では言ったらいけないこと』を、皆から教えてもらい、優しく注意を受けているのだが、正直に言うと、どこからがダメでどこまでがいいのか、なかなか判断するのが難しい。
それでも、『えっち』に関することは全般的に言ってはいけないことだと分かってきたので、注意されても「他の人には言わない」と付け加えることで、注意される回数も減ってきた。
そうは言っても、今の発言の何がいけなかったのかまではよく分からないのだが…

(ちゅーやえっち以外で、イヴやルカと一緒にしないこと…)

うんうんと唸るように考え込むも、パッと思いつく案が無い。
性的な行為は含まず、触れる時間を増やしつつ、それでいてエルダが恥ずかしくないように…となると、なかなかどうして難しい。

(くっつく……一緒に寝る時にギュッてする…? でも苦しいだろうし…)

「う~」と漏れる声に気づかないほど考え込んでいると、膝の上で大人しく成り行きを見守っていた赤子が、小さな手を伸ばしてきた。

「う? あぅ?」
「大丈夫だよ。ちょっと考え事してるだけ…」

そこまで言いかけて、はたと気づく。

(…赤ちゃんのエルダなら、何ができるかな?)

なんとなく、今の姿のエルダとできることばかり考えていたが、赤ん坊の姿であってもエルダはエルダだ。
ぷくぷくとしたまろい頬をジッと見つめ、指先で柔らかな肉をふにふにと堪能しながら、もう一度考えを巡らす。

(赤ちゃんのエルダ…抱っこ…はいつもしてるし……皆と同じように遊ぶのは違うし……いつものエルダとはできないこと…───!)

普段の生活のサイクルを思い返し、考え込むこと数秒、パッと思いついた案に顔を上げると、エルダに向き直った。

「エルダ、一緒にお風呂に入ろう!」
「えっ!?」

思いついた勢いのまま言葉にすれば、エルダの肩が大袈裟なくらい跳ねた。

「赤ちゃんの姿で、一緒にお風呂に入ろう? それなら、一緒に入っても、いいでしょう?」

初めての時はきちんと入ることができず、失敗に終わっていた入浴行為。だが今の部屋を自室として与えられた後から、何度か湯浴みを経験していた。
部屋同様、様変わりした浴室は以前ほどの広さはないが、寝室と同じように天井から空が見える仕様になったことで、開放感のある空間になった。
温かな湯に浸かる感覚は気持ち良く、まだ数える程度しか入ったことはないが、好きな行為として、少しずつ日常の中に取り入れ始めたばかりだ。

その湯浴みだが、エルダは絶対に一緒に入ってくれないのだ。
自分の体を洗う過程で濡れるのだから、一緒に入ってもいいのに…と誘ってみるのだが、頑なに「アドニス様のお体を清める為にお供しているだけですから」といつも拒まれてしまう。
要は自分の世話をしなければいけないから、一緒に入れないということなのだろう。
ならば赤ん坊のエルダなら、その必要はない。なんなら自分が赤ちゃんエルダのお世話がしたい。

(いつもはできないことだし、裸でくっつけるし、エルダも甘えられる…!)

キスや性行為とは違うが、触れ合う距離感としてはこれ以上ないほど同等だと思う。
考えれば考えるほど心が浮き立つ案に、ふすふすと鼻を鳴らした。

「いつもはダメだけど…赤ちゃんの姿なら、いいでしょう?」
「い、いえ……そういう問題では…」
「ね? いつもエルダがお世話してくれるから、自分もエルダのお世話したい。一緒にお風呂に入って、エルダの体、洗ってあげる」
「ッ…!」
「抱っこして、お風呂にも入れるよ? くっついてられるよ? …ダメ?」

身を乗り出すようにエルダに問い掛ければ、ギシ…と軋む音が聞こえそうなほどの鈍い動作で、エルダが顔を背けた。

「……その…」
「うん」
「そういう、ことは…あまり…」
「……嫌?」
「い、嫌…では、ありませんが…」
「…赤ちゃんの姿でも、お風呂、恥ずかしい?」

少年の姿のままよりは、羞恥心も和らぐのでは…と思ったのだが、関係なかっただろうか?

(お腹ぽっこりしてるエルダも、可愛いと思うんだけどな…)

いつかの雨に濡れた赤子達の裸を思い出しながら、首を傾げる。
もちもち、ぷにぷにとした真白い肌と、ぷりんとした臀部。ぽっこりと膨らんだ腹や、むにむにとした手足は柔らかく、恐らくだが赤子のエルダも同じ体型だろうことは安易に想像できた。

「ダメ? ダメなら……エルダがヤなら、しないよ?」
「えぅー?」

体を傾けるように、逸れてしまったエルダの顔を覗き込めば、膝の上の赤子も一緒になって体を傾け、エルダを見上げた。

「………か、考えさせて、下さい…」
「…! うん…!」

(いけませんって、言われなかった…!)

呟くような声はやけに切羽詰まっていたが、表情を見る限り、嫌がられている訳ではなさそうなことにホッと安堵の息を吐く。
同時にパァッと広がった喜びに、つい元気よく返事をしてしまい、慌てて口元を手で押さえた。

(…考えて、やっぱりダメですって言われたら、諦めよう)

無理強いをするつもりはない…そう思いつつも、一緒に入浴できるかもしれないと考えるだけで、早くもワクワクしている自分がいた。

「あ! あ!」
「ふふ…嬉しいね」
「ふひぃ」

自分の気持ちが伝わったかのように、膝の上で楽しそうに体を上下に揺らす赤ん坊の頭を撫でれば、満面の笑みが返ってきた。

「…まだ考え中ですよ」
「考えてくれるだけでも嬉しいから、いいの」
「……もう…、貴方様は…」

堪らず零れたような小さな声に、ふとエルダを見れば、困ったようにこちらを見つめる翠と目が合った。
その表情は、いつものエルダの顔とは少しだけ違って見えて、不思議な違和感にパチリと目を瞬いた。

「…? エルダ?」
「…いえ、良いお返事ができるように、少しだけお時間を下さいませ」
「! うん!」

そう言って笑った微笑みは、いつものエルダのそれで、ほんのりと色づいた耳の愛しさに頬が緩んだ。


エルダとも、今よりもっと距離が縮まったら嬉しいな───そんな気持ちを込め、互いに微笑み合った視界の端、見覚えのある青い小鳥が、こちらに向かって飛んでくるのが見えた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【R18 】必ずイカせる! 異世界性活

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:887pt お気に入り:2,538

重婚なんてお断り! 絶対に双子の王子を見分けてみせます!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:795pt お気に入り:44

孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

BL / 連載中 24h.ポイント:60,993pt お気に入り:3,684

できそこない

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:249

極悪チャイルドマーケット殲滅戦!四人四様の催眠術のかかり方!

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:1,292pt お気に入り:35

全スキル自動攻撃【オートスキル】で無双 ~自動狩りで楽々レベルアップ~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:284pt お気に入り:1,235

処理中です...