天使様の愛し子

東雲

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プティ・フレールの愛し子

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エルダと初めての口づけを交わし、互いに改めて想いを確かめ合ってから、エルダとは正式に『恋仲』となった。
部屋の中に閉じ籠っていた頃から、ずっと側にいてくれた、大切で大事な、大好きな子。
そんなエルダと『恋人』という新しい関係になれたことは、ほんの少しだけ気恥ずかしかったが、それ以上の嬉しさが溢れ、喜びで胸がときめいた。
イヴァニエとルカーシュカはこうなることが分かっていたのか、特に改めて言葉を交わすこともなく、極々自然に三人と愛を育むようになった。

そうして新しい関係となってから早数日───エルダと過ごす毎日にはなんの変化もなく、今まで通りの穏やかな日々が過ぎていた。




「アドニス様、お召し替えを致しましょう」
「うん」

朝起きて、エルダと赤ん坊達に挨拶をすると、エルダの手を借りて着替えをする。それから蜂蜜を溶かしたミルクを飲んで、エルダが寝室を整えてくれている間は赤子達と遊んで…と、驚くほどその関係性も、日々のルーティーンも、何一つ変わらなかった。

エルダ曰く、特異体質によって変わるのは体の大きさだけでなく、その時の姿形で精神面もかなり変わるのだそうだ。
告白時に聞いた通り、赤子の姿の時は他の赤ん坊達同様、甘えることこそ至福で、可愛がってもらえるのならそれだけで充分なのだそうだ。
従者として側にいる時は、今までと変わらず『お世話がしたい』『お役に立ちたい』という気持ちが強く、好意はあれど、それ以上を求める気持ちは薄いという。
そして大人の…大天使の姿の時は、恋慕の情が色濃く、肉体的な触れ合いを欲する気持ちが強いとのことだった。

『大天使の姿の時の私には、あまりお気を許されない方がよろしいかと思います』

少年の姿でそう告げるエルダの頬はほんのりと色づき、僅かな羞恥が纏う空気から伝わった。
自分のことなのに、まるで他人事のように話すエルダが不思議だったが、エルダ自身、違う姿の時に、それぞれ異なる自身の感情を客観的に感じ取るのは恥ずかしいらしい。
ただ、姿形が違えば感情や欲求が異なるという点については当然だと思っているらしく、感情や行動が変化すること自体は、自分を象る一部であると考えている様だった。

『すべて、私が望んだことですから』

愛されたい、尽くしたい、愛したい───どの感情もすべて手放したくないと願い、望んだ結果だと、そう言って微笑んだ。


そんなこんなで、エルダと恋仲になったことで何か変わるかと思った日常だが、本当に驚くほど何も変わらず、同じ日々を過ごしていた。
風の日アイレも相変わらず赤子の姿になることが多く、大人の姿のエルダとはあれから一度しか会っていない。それもこちらから頼んで、改めてしっかりとその姿を見せてもらい、触れるだけの淡い口づけを交わしただけで少年の姿に戻ってしまった。
もっと大人の姿でいてくれてもいいのに…と思うも、きっと自分から頼み込むことではなく、大きくなるのも小さくなるのも、すべて本人の意思に任せ、エルダの気持ちを一番に優先させることでお互い納得した。


新たに始まった変わらぬ日々だが、その中で、傍目には変わらない変化があった。
というのも、エルダから「一人で行動するのはやめてほしい」と懇願されてしまったのだ。
イヴァニエやルカーシュカの様に、一人でも行動できるようにならなければ…そう思っていたのだが、エルダにとって側を離れるのは大変な苦痛らしく、ハッキリと「嫌です」と言われてしまった。

「アドニス様の自立されたいというお気持ちは理解しております。…きっと、そうされた方がいいのだろうということも、分かっております。アドニス様がご自身で考え、抱いたお気持ちをなにより尊重すべきということは、理解しているのですが……それでも、嫌なんです」

言葉を探し、選び、自分の気持ちを否定しないように、と気をつけながら、その上で「私が嫌なんです」と弱々しく話すエルダからは、心の底から嫌だという気持ちが伝わり、なぜか少しだけ感心してしまった。

(エルダがこんなにハッキリ嫌って言うの、珍しいなぁ…)

「おぉ…」と嬉しさのような感情が芽生えながら、エルダの話を聞く。
心配だから側を離れたくないという気持ちと、純粋にただ側を離れたくないという気持ち、その両方が混じり合い、居ても立っても居られないほど不安になるのだという。
もし側を離れている間に何かあったら、不測の事態が起こったら、傷つき、恐れ、泣かれるようなことがあったら───そんな『もしも』を考えるだけで、心配で心配でどうにかなってしまいそうなんです…と懇願されて、否と言えるはずがなかった。

「ずっとお側に控えているのは煩わしいかと思われますが…」と言われたが、その言葉だけは全力で否定した。
自分とて、エルダと常に行動を共にするのが当たり前になっていて、いないと不安になってしまう。だがそれではいけないだろうと思い、一人でも行動できるようにと一念発起したのだが、それがエルダにとって苦痛になってしまうのなら、頑張らなくてもいいかな…と思ってしまうのが正直な気持ちだった。

「一人でお外歩けないままだけど、大丈夫かな…?」
「ええ、大丈夫です。従者をつれて歩いてはいけないなどという決まりもございませんし、なんの問題もございません」
「…でも、お留守番くらいはできるようになりたい…」
「……それはもう少しお外に慣れてから、少しずつ練習しましょう?」
「うん」

そんな会話があって、傍目には今まで通りと変わらないが、今までとは異なり、きちんと話し合った上で行動を共にする様になった。

(エルダも、一緒にいる為に、今の姿でいてくれるんだもんね)

エルダは天使の、少年の姿になれるからこそ、従者として自分の側にいられるのだという。
使使───まるで言葉遊びのようだが、特異体質という能力があるからこそ許されることであり、従者として側に控えている間は、大天使として振る舞うことができない。エルダが基本的に少年の姿でいるのは、そういった制約があるかららしいのだ。
制限があっても、尚側にいたいと思ってくれた気持ちが嬉しく、だからこそエルダの願いは叶えてあげたかった。

「また、お願いがあったら、お話ししてね?」
「…ありがとうございます。……アドニス様」
「うん?」
「アドニス様は、今もまだ、赤ん坊の私とお風呂に入りたいですか?」
「!」

エルダと話し合う時は、必ず繋ぐ両手。彼の手を握ったまま、問われた質問にピッと背筋を伸ばした。

(エルダとお風呂……)

それは大天使のエルダの姿を見る前に、自分から彼に願ったことだった。
あの時は「赤ちゃんの姿でも恥ずかしいのかな?」と思っていたが、今のエルダは大天使であり、本来の彼のあるべき姿は大人のそれだ。
もしや、あの時答えに詰まっていたのは、そのことを気にしていたからだろうか───そんなことを考えながら、自分の気持ちを胸の中で確認した。

(…大っきいエルダも知ってるけど……赤ちゃんのエルダは、赤ちゃんのエルダだし…)

不思議なことに、エルダが姿によって感情や思考が異なるのと同じく、自分もエルダの見た目によって抱く情は変化し、尚且つそれぞれの姿のエルダを個々として認識している節があった。

同じだけど、違うエルダ。
『好き』という大きな感情は変わらないが、それぞれに対して望む触れ合い方は異なり、それらの思考が混ざることが無いのだ。
大人のエルダとキスをしたからといって、少年のエルダに対して照れることがないように、不思議なくらい別個体として、だが同一人物として、好きなのだ。

(……赤ちゃんのエルダとは、一緒にお風呂入りたい…)

───そしてお世話がしたい。
大天使としてのエルダの姿を見た後でも変わらぬ希望に、「うんうん」と頷くと、繋いだ柔らかな指先にキュッと力を込めた。

「…入る。赤ちゃんのエルダと、お風呂入りたい」

僅かな期待を混ぜ、両手を握ったままエルダの瞳をジッと見つめ返せば、優しい翠が困った様に微笑んだ。

「……分かりました」
「!」
「今すぐではありませんよ。…私の覚悟が決まるまで、もう少しだけお待ち下さい」
「うん! 待ってる!」

返ってきた了承の返事に、パァッと喜びが溢れた。
どれだけ先の話になってもいいのだ。ただエルダと今以上に近しくなれることが嬉しくて、にへりと口元が緩んだ。

「ありがとう、エルダ」
「…お礼を申し上げるのは、私の方なのですが…」
「うん?」
「…いいえ。…私も、ありがとうございます」

そう言って手を握り返すエルダと互いに笑い合うと、未来の楽しみに思いを馳せた。



そんな平穏な毎日だが、フレールの庭での一件以来、フォルセの果実としての役目は果たせずにいた。
あの後、イヴァニエとルカーシュカから、庭で会った大天使のことを聞いた。
カロンという名の彼は、やはり興味本位であの日あの場所を訪れたらしく、そこに悪意がなかったことは自分も分かっていた。
彼から預かってきたという謝罪の言葉も受け取り、自分も過剰に反応してしまったことに対して謝罪の言葉を送った。
何もなかったのだ。もう怖くないはず───そう思うのに、フレールの庭に向かおうとすると足が竦み、どうしても扉の向こう側へと踏み込むことができなかった。
カロンの件は、バルドル神から皆に通達され、他の天使達も周知することとなった。
同じようなことは、もう起こらないはず…そう分かっているのに、カロンと邂逅した瞬間の痛いほどの心臓の鼓動や、乱れた呼吸。勝手に震える体と、ただ「怖い」と喚き続ける魂を思い出してしまい、明るく穏やかな庭を前にしても、気持ちが怖気付いてしまった。

ずっと弱いままの自分が情けなくて、なんとか気力を振り絞ってフレールの庭へと向かおうとしたのだが、それはエルダとイヴァニエ、ルカーシュカによって止められた。


「アドニス様、ご無理はなさらないで下さい」
「いけません、アニー。そんなフラフラの状態でどこへ行くのです」
「アニー、大丈夫だと思えるまで、無理はしないでくれ」

三人掛かりで転移扉から遠ざけられ、自分の気持ちが落ち着くまで、もう大丈夫だと思えるまで、フォルセの果実としての務めは休んでいいと言われた。

「でも…みんなのご飯…」
「空腹を満たすものではありませんから、大丈夫ですよ。プティ達も、アニーに無理をして頑張ってほしくないはずです」
「……お休み、していいの…?」
「いいよ。今の状態じゃ、庭にいても落ち着かないだろう?」
「…いつまで、お休みしていいの…?」
「決められた期限はございません。アドニス様が、もう大丈夫と、ご自身の意思でまたフレールの庭に行きたいと思える様になる日まで、お休みして下さい」
「……うん」

ああ、また甘やかされている───そう思うのだが、ここで強がったところできっと彼らには全部お見通しで、ぐずぐずになったところをまた甘やかされるだけなのだろう。

(……早く、お務めに戻れる様に、頑張らなきゃ…)

「アニー、頑張ろうとしなくていいんだぞ」
「あゎ…」

ふんす、と心の中でこっそり気合いを入れたのだが、なぜか即座にバレた。

「だ…だって、頑張らないと…お務めできないよ…?」
「そうだな。でも、これは無理して頑張ることじゃないんだよ」
「…?」
「今までと同じ形に戻すことが理想なのですよ、アニー。無理に意気込んで、為さなければいけない務めとしてフレールの庭へと向かうのではなく、アニーが自然とフレールの庭へ行きたいと思える様になることが、一番大切なのです」
「…自分が、行きたい…」
「アドニス様は、フレールの庭で皆と一緒にお過ごしになるお時間がお好きですよね?」
「うん…」
「今は怖いという気持ちが、好きという気持ちよりも大きくなってしまっているのだと思います。でも少しずつ恐怖心が溶けていけば、自然とまた、あの庭で過ごしたいと思えるようになるはずです。急がなくても、頑張らなくても良いのです。ゆっくり時間をかけて、アドニス様がご自身の望むこととして、そう願われることが大事なのです」
「……うん」

無理をして頑張ることではない。
三人の慈しみに満ちた言葉は、すんなりと胸の内に収まった。
それでも少し、ほんの少しだけ『頑張ろう』という気持ちは湧いてしまうもので、それを隠しつつ、こっくりと頷けば、イヴァニエとルカーシュカから両頬に口づけを受けた。

「ん…」
「……アニー、頑張ろう、と思っているでしょう?」
「へっ!? な、なんで……あ…」
「ふ…、本当に分かりやすいな、アニーは」
「アドニス様、ご無理はいけませんよ?」
「んぅ…」

クスクスと笑う三人にキュッと唇を結びつつも、皆が自分の身を案じてくれている想いに、ほわりと胸が温まった。

(…頑張らないけど……頑張ろう)

自ら望み、フレールの庭に行きたいと願う気持ちこそ、大事なのだろう。
きっといつも通り、いつもと変わらぬ毎日を過ごしていれば、いつか恐怖心も和らぐはず───そう思うだけでも、少しだけ胸が軽くなった。


それからフォルセの果実としての役目は、一時的に休むことになった。その影響を誰より受けるのは、他でもない赤ん坊達だ。
自分のせいで彼らの成長を妨げてしまうことが申し訳なく、懸命に謝罪するも、赤子達は「いいよー」「また遊びに行こうね~」ときゃらきゃらと笑っていた。

「…大きくなれないよ?」
「えぅ」
「んにゃ」
「…いいの?」

「いいよ」という感情が返ってくることに目を丸くしながらも、愛しい子達の負担にならなかったことに心底安堵した。
そうしてフレールの庭へと向かうことが無くなり、その分、イヴァニエやルカーシュカの離宮へと遊びに行く時間が増えた。
庭へ行く代わりだと思っているのか、いつ頃からか赤子達も同行するようになり、二人の離宮でも赤子達と戯れる時間が増えた。
隣にあるというエルダの部屋にも行ってみたかったのだが、エルダ曰く「今はお見せできる状態ではございませんので…」とやんわりと断られてしまった。
いつか招いてくれるとのことだったが、エルダの言う“見せられない状態”と言うのが逆に気になった。

(この部屋も、エルダが作ってくれたんだけど…おんなじ部屋じゃないのかな?)

楽しみがまた一つ増えたこと、変わらぬ日常が変わらず続いていくことに、いつしかカロンとの邂逅によって生まれた恐怖心は萎み、気づけば小さな小さな、ほんの少しだけ怖かった過去の出来事へと変わっていた。


そうして日々が過ぎていくほど、徐々に「フレールの庭へ行きたい」という想いが自然と湧き、そわそわと落ち着かない感覚に体が揺れた。
その気持ちを三人に伝えた翌日。皆が揃った部屋の中で、久方ぶりに淡い桃色の花弁が舞う扉の前に立った。

「大丈夫ですか? アニー」
「大丈夫…!」
「じゃあ、行こうか」
「うん…!」

初めて目の前の扉をくぐった時の様に、両隣にはイヴァニエとルカーシュカがいて、背後からはエルダが見守ってくれている。
その安心感に助けられながら、少しだけドキドキする胸を押さえ、ゆっくりとドアを開けば、甘やかな花の香りがふわりと鼻腔を擽った。

「…!」

ああ、この匂い───たった数日離れていただけなのに、泣きたくなるほどの懐かしさに、キュウッと胸が鳴いた。
それと同時に溢れたのは、やっとこの暖かな庭に帰ってこれたという喜びで、足が竦んで動けなかったいつかの日が嘘のように、体は望んで扉の向こう側へと踏み出していた。
暖かな陽射しも、桜色に淡く色づく大地も、悠々とそこに立つ双樹も、何も変わらない。それが無性に嬉しくて、気づけば頬が緩んでいた。

「…怖くないな?」
「うん…!」
「嬉しいですね、アニー」
「うん! 嬉しい…!」
「良うございました、アドニス様」
「…エルダも、イヴも、ルカも…ゆっくりでいいよって言って、見守ってくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
「恐れ入ります」
「アニーの喜ぶ顔が見れて、私も嬉しいです」

向けられた穏やかな微笑みに、嬉しさが込み上げる。ふわふわと浮き立つ気持ちに誘われるように歩き出した足取りは軽く、花弁一枚分だけ残っていた微かな不安も、柔らかに吹く風に乗って、どこかに消えてしまった。

「あ~!」
「うあ、あー!」
「みんな…!」

イヴァニエとルカーシュカに手を引かれ、双樹の元へと向かって歩き出せば、どこからともなく赤ん坊達が現れ、楽しそうに周囲を飛び回った。

「…遅くなっちゃって、ごめんね。今日からまた、みんなのために、頑張るね」
「ぷあ~」
「あっば!」
「ふふ…うん。ありがとう」

「がんばって」という声と混じって聞こえる「遊ぼうね」という声。
赤ん坊達にとって、フォルセの果実を食べることは、遊ぶことと同義のようだ。
ほんわかと気の緩む赤子達の声に、クスクスと笑い声を零しながら、あの日、逃げ出してしまった場所へと腰を下ろした。

イヴァニエとルカーシュカ、エルダと赤ん坊達がいる庭はとても賑やかで、ようやく戻ってこれた愛しい日常に胸は弾み、喜びが溢れ続けた。

カロンとの邂逅から十七日───怖くて逃げ出した日の記憶は、ささやかな過去になり、フォルセの果実として、再びその役目を担う日が帰ってきた。





「…お外に出るの?」
「はい」

フレールの庭へと再び出入りするようになってから十日後のこと、エルダから唐突な誘いを受けた。

「…どこか、行くの?」
「いいえ、バルコニーに出るだけですよ。アドニス様に、お見せしたいものがあるのです」

(…見せたいもの?)

なんだろう、と首を傾げつつ、バルコニーへと目を向ければ、外へと続く大きな窓は開け放たれ、薄絹のカーテンがふわふわと揺れていた。
フレールの庭や、ルカーシュカ達の離宮へ遊びに行くようになってから、バルコニーに出る機会はめっきり減っていた。
結界が張られたことで、姿姿
未だに天使達の姿に怯えてしまう体は、何もなくともそこに彼らがいるだけで強張ってしまい、なかなか外に出ることができなかった。現状、バルコニーに出るのは夜空が見たくなった時か、赤ん坊達に誘われ、エルダに付き添ってもらう時だけだった。

「何か、あるの?」
「さぁ、どうでしょう」

どこか悪戯っぽく笑うエルダの手を取り、彼に手を引かれるまま、ほてほてとその後をついていく。
安息日と決めた月の日モネである今日は、朝からまったりと過ごしていた。
赤子達と共に過ごしていたはずなのだが、急な眠気にウトウトと横になっている間にその姿は見えなくなっており、寝惚け眼でぽんやりと辺りを見回している所に、エルダから声を掛けられたのだ。
まだ少しぼぅっとする頭で、とってとってと歩を進め───はたとあることに気づき、足を止めた。

「あれ…? イヴと、ルカは…?」

眠りに落ちてしまう前、隣にいたはずの二人の姿が見えない。くるりと部屋の中を見渡すも、どこにも彼らの気配はなく、エルダを見つめれば、淡い微笑みが返ってきた。

「お二人とも、お外でアドニス様をお待ちです」
「…外に?」

「なぜ?」と思いながらも、エルダの後について再び歩き出す。

「イヴとルカを、見せたいの?」
「ふふ、違いますよ」
「? じゃあ、なに…」
「アドニス様、ここからは目を瞑って下さいませ」
「…目を?」

先ほどから分からないことだらけだ…そう思いつつ、言われるがまま、キュッと目を瞑った。

「はい」
「御手を離されませんように……ゆっくり歩きましょう」
「うん」
「開けていいですよと言うまで、閉じていて下さいね?」
「うん」

(なんだろう? 何があるのかな?)

瞼の裏側を見つめながら、エルダの温かな手の感触を頼りに、ソロソロと足を動かす。
何も聞かされていないが、例え目を瞑った状態でも、エルダに対する信頼と安心は厚く、緊張も不安もない。
それよりも、この先に何があるのだろうというワクワクとした高揚感から、堪らず笑みが零れた。

「ふふ」
「…楽しいですか?」
「うん」
「…良うございました。……さぁ、窓の前まで着きましたよ」

辿り着いた外と中との境界線。
サァッと肌を撫でる風と、香る空気に、大きく開かれた窓の正面に立っているのだろうと視覚以外で感じ取る。

「アドニス様。どうぞ、お進み下さい」

先を歩くエルダの手にいざなわれるまま、知らない何かを期待するように、目に見えぬ境界線をゆっくりと跨いだ。
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