Sub侯爵の愛しのDom様

東雲

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十五歳になると、貴族の子が入学することを義務付けられている学園へと入学した。
通学と入寮が選べ、侯爵邸からなら通学も可能だったが、これまで母の目を避けるよう、ひっそりと過ごしてきたことを知っている父に「羽を伸ばしてきなさい」と勧められ、寮に入ることになった。
九歳以降、同年代の子とまともに交流を持つことすらできなかった自分にとって、学園生活は新鮮で、久しぶりに思いきり呼吸ができたような解放感を味わった。
家族関係は相変わらず……というよりも、父と弟が自分を擁護する形で母と対立している冷戦状態が続いていたが、幸い、他家には家人の不仲は漏れていないようで、好奇の目に晒されることも、妙な勘繰りを受ける事もなかった。

初めて多くの同年代の子達と過ごすのは楽しく、それでいて多くの学びもあった。
社交や交流は勿論だが、ダイナミクスに関して、皆があまり気にしていないということを知れたのが驚きだった。
思春期なのだ。まったく気にしていない訳ではなかったし、その手の話題に触れる事もあったが、特別視していないというか……普通なのだ。
基本的に、ダイナミクス性は他人にあまりひけらかすものではない。かと言って、絶対に黙っていなければいけないという訳でもない。個々人の判断で、誰にどう告げるかは委ねられ、あえてダイナミクス性を明かすことで、婚約者やパートナーを見つける場合もあるのだ。
必ずしもDomとSubが結ばれるということもないし、Dom同士、Sub同士、どちらかがNormalという関係もままあるようだが、それでもDomとSubで結ばれた方が、良好な関係を築けるということもあり、自ずとダイナミクス性を持つもの同士で婚約することが多いのだそうだ。
拒絶する母の剣幕や冷たい眼差ししか知らなかったということもあるが、母と世間の反応の乖離に、自分の中にあった『いけないこと』という罪悪感は和らぎ、束の間の安堵を覚えた。
──だが入学から約半年後、新たな問題が起きてしまった。



「また、母上から……」

寮に入ると、家に帰れるのは基本的に年に二回の長期休みのみとなる。そんな休みを間近に控えた頃から、九歳以降没交渉だった母から度々手紙が届くようになったのだ。
その中身は、お茶会という名の、多くのご令嬢達との見合いの場を設けるから出席しなさいという命令文だった。
ただのお茶会や婚約者を探すための顔合わせであれば、特に気にしなかった。だが母が招待する予定の令嬢達は、皆“Sub”だったのだ。

(どうしよう……どうして、こんなことに……)

寮の自室、ベッドに腰掛けたまま頭を抱えながら、こうなってしまった自身の容姿を恨んだ。
学問やマナーを一通り学び終えると、文武両道を目指し、剣や馬術も嗜むようになった。同年代よりも高い背丈に加え、稽古で鍛えた肉体は厚く、我ながら逞しく育ったと思っていた。
父譲りの凛々しい眉と、母譲りのやや吊り目気味の瞳は鋭く、「黙っていると怖い」とマルクにもよく言われた。高位貴族よろしく整った顔立ちは先祖代々の遺伝で、立ち居振る舞いは高位貴族らしくあれ、という教師の教えの元、堂々としていることを求められた。
決して高圧的にならないように心掛けているし、何より性格的に偉そうにするなど無理だ。そのように振る舞っているつもりもない。
それでも、この見た目と、努力の甲斐あっての好成績、侯爵家の長男という肩書きが目を惹き、いつ頃からか、Domと勘違いされるようになったのだ。

(ダイナミクス性に、見た目は関係ないはずなのに……)

学園に入学してから、男女問わず、よく声を掛けられた。最初の頃は同級ということもあり、単純に交流関係が広がることを喜んでいた。だが段々と、そこに淡い情のようなものが含まれていることに気づき、慌てた。なんせ声を掛けてくる生徒の大半が、Subと公言している者達だったからだ。
なぜ、どうして、という動揺が止まらず、だが相談できるような相手もなく、ただひたすらに困惑した。そうして行き着いた答えが『そう見えてしまう自分の容姿』だった。
マナー違反だろうに、面と向かって聞かれたこともある。そのたびに否定するのだが、なぜか信じてもらえない。それに拍車を掛けているのが、母の行動だ。
生徒達の親から見合いの釣書が山のように侯爵家に届いているらしく、その大半がSubの令嬢であったことから、母は私のダイナミクス性を隠したまま、Sub性の婚約者を作ろうと、嬉々として他家の茶会に参加しているらしい──そんな便りが父とマルクから届き、血の気が引いた。

性を偽るなど、上手くいくはずがないと分かりきっている。
それなのに、母は当然のように性別を偽って生きろと自分に押し付けてくる。まるで、そうすることが正しいことであるかのように。

(……気持ち悪い)

それらしく振る舞うだけでどうにかなる問題ではない。それを母は何も理解していない。
いや、理解していないというより、性別を偽り、その先で息子がどれだけ苦労しようとも、母にとっては関係ない……きっとどうでもいいことなのだろう。

(……侯爵家の跡継ぎが、Subであることが、母にとっては許せないんだ)

この六年間で、学んだのだ。
母の暴言は、Subに対する差別ではない。自分が……アルマンディン侯爵家の跡継ぎである自身の息子が、Subであることが許せないのだ、と。

(……私が、Subなのが、嫌なんだ)

性別を偽ったまま生きろと、押し付けるくらいには──久方ぶりに感じた胸の苦しさに、グッと息が詰まった。
それと同時に、今まで努力してきた成果が、裏目に出てしまったような虚しさと後悔に襲われ、体を丸めた。

ダイナミクス性に関係なく、ただ侯爵家の跡継ぎとして恥ずかしくない自分で在りたかった。ただそれだけだ。
Domだと思われたかった訳じゃない。母の自己満足を満たす為に、努力してきたんじゃない。

「……ッ!」

憤りにも似た悔しさと、どうあっても逃れることができない性の苦しみに、きつく噛み締めた唇からは、血の味がした。
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