Sub侯爵の愛しのDom様

東雲

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「ベルナール様」
「なっ、なに、かな?」
「資料がお手元から落ちていますよ」
「えっ、あっ……」

仕事中、聞こえた声に大袈裟なほど体が揺れた。
見れば足元に書類が一枚落ちていて、慌てて手を伸ばすも、それより早くメリアがしゃがみ込み、落ちたそれを拾ってくれた。

「どうぞ」
「……すまない。……ありがとう」

差し出されたそれに、そろそろと手を伸ばすも、どうしてもメリアの顔が見れず、視線は俯いたまま、手元から上げることができなかった。

(……どうしよう)

メリアの顔が見れない。視界に入るだけでドキドキと鳴る心臓と、声が聞こえるだけで熱くなる耳…初めて体験する落ちつかなさから、はぁ……と息を吐いた。





三日前、二人だけ取り残されたような薄暗い部屋の中、メリアから突然の告白を受けた。


「ベルナール様。ずっとずっと、貴方のことをお慕いしておりました」


少年らしさの残る低い声。その声で紡がれた言葉に、心臓が信じられないほど大きく跳ねた。
真っ直ぐこちらを見つめる金色から目を逸らすこともできず、ドクンドクンと痛いほど脈打つ心臓に、吐く息は震えた。

「は……え……?」

言葉の意味は分かる。だが自分が彼からその言葉を告げられる意味が分からず、頭が真っ白になった。

(ま……て……、えっと……え……?)

たった数分の間に目まぐるしく起こった出来事と、涙が零れるほどの感情の揺らぎに、思考が纏まらない。アレもコレも不思議で、聞ききたいことがたくさんあって、でも感情がそれに追いつけなくて、頭はずっと混乱しっぱなしだった。

「……ベルナール様」
「ひゃっ、は、はい……!」

ただ名前を呼ばれただけなのに、体がビクつく。だが手を握られたままでは体を引くこともできず、同時に、触れ合ったままでいることを急激に意識してしまい、カァッと頬が熱くなった。

「メ、メリアくん……、手、は、離し……」
「嫌です」
「!?」
「ああ、ベルナール様……、そんなお可愛らしい顔をしないでくださいませ」
「ぐぅ……っ」

可愛い顔などしてない──!

みっともない顔をしているだろうに、恍惚とした表情でこちらを見つめるメリアに、体温が上昇する。
君の方がよっぽど可愛らしいのに……そう言い返したかったが、今はそんなことを言っている場合ではなかった。

「メ、メリアく……」
「ベルナール様、貴方のことが好きです」
「ッ……」
「大好きです」
「メ、メリア……」
「愛しております」
「ひぅっ……」

愛の言葉が鼓膜を震わせるたび、ゾクリとしたものが体を駆け抜ける。
クラクラと脳が揺れるような感覚と、体が茹だるような火照り、異常なほど鼓動する心臓に、訳もなく泣きたくなる。
滲む涙を拭おうと、握られた手を振り解こうとするも、その細い指のどこにそんな力があるのかと思うほど手を掴むメリアの力は強く、ビクともしなかった。

「メリアくん……、は、離してくれ……っ」
「……僕に触れられるのは、お嫌ですか?」
「い、嫌じゃ、ないけど……」

嫌ではない。だが落ち着かないから離してほしい。
どうしてこんなにも胸が高鳴るのか、今の自分には、その答えを知る術が無かった。

「ベルナール様」
「……」
「……ベルナール様?」
「っ……、うぅ……」

名を呼ぶメリアの声に、なんと答えればいいのか分からず、赤く染まった顔を隠すように逸らしていたのだが、それを『いけない子』と咎めるような声の響きに、体が勝手に反応してしまう。

(なんで、こんな……!)

叱るような声音に、体が、本能が、悦んでいる。湧き上がる感情が信じられず、得体の知れないそれが恥ずかしいのか怖いのかすら分からず、ドクンドクンと脈打つ心臓に、喉の奥が「キュウ……」と鳴いた。

「ああ……ベルナール様、どうか泣かないでくださいませ」
「泣いて、ない……っ」

今にも雫が零れ落ちそうだが、なんとかギリギリの所で耐えていた。だがこれ以上は本当に泣いてしまいそうで、だからこそ手を離してほしくて、縋るような気持ちでメリアを見下ろせば、満月のような瞳がゆるりと弧を描いた。

「やっとこっちを見てくださいましたね」

嬉しそうに微笑むその顔はやはり愛らしく、強烈なGlareを発した雄と同一だとはとても思えなかった。だが握り締められた指先の力は強く、まるで何か衝動を堪えているかのようなその締め付けに、妙にドキドキしている自分がいた。
ああ、どうしてこんな……コクリと息を呑めば、メリアの瞳がふっと和らぎ、眉が下がった。

「ご安心ください。これ以上、触れるようなことは致しません。ですからどうか、そのように怖がらないでくださいませ」
「ぁ……」

怖がっている訳ではない。
ただ初めてのことに戸惑い、驚き、気が動転して、どうしていいか分からないだけ……そう言いたいのに、まともに声が出せなかった。
そうして言葉に詰まっている間に、メリアの額が握り締められた手の甲に寄せられ、彼の柔らかな髪の毛が指先を擽った。

「……一目惚れだったんです」

ポツリと呟かれた声は小さく、だが力強く、ふるりと肌が粟立った。

「一目で貴方を好きになりました。ずっとずっと、好きでした。きっと素敵な人なんだろうと、勝手な偶像を思い描いていました。……でも、貴方を近くに感じて、言葉を交わすようになって、それまで思い描いていた偶像は砕け散りました」
「っ……」

一瞬、『偶像』という言葉にビクリと心臓が竦んだが、直後のメリアの発言に言葉を失った。

「妄想の偶像が砕けるほど、ベルナール様はずっとずっと、ずっと素敵でした。何百倍も素敵で、お優しくて、可愛くて可愛くて可愛くて……本当に信じられないほど、好きで好きで堪らない気持ちになったんです」
「……え?」
「貴方の全部が好きです。愛しています。恋しくて愛しくて……本当に、気がれてしまいそうなほど、ベルナール様のことをお慕いしております」
「ッ……!」

瞬間、メリアの雰囲気が変わったが、Glareのオーラを映す瞳が見えない体勢のおかげで、なんとか逃げ出したいという気持ちは抑えることができた。
それでも寒気のようなものが繋いだ指先から伝わり、ひくりと喉が鳴った。

「メ、メリアく……」
「勿論、これが僕の一方的な想いであることは理解しています」

静かに悟るような声に、ハッと息を呑む。

「僕が貴方を好きだからといって、同じ想いを返してもらえることが当然だとは思っていません。……僕が勝手に、貴方を好きなだけだと、理解しています」
「……メ──」
「それに、初めてGlareを浴びたベルナール様にとって、今の僕は恐れの対象でしかないでしょう」
「っ、そ、そんな……」

そんなことはない、そんな思いからフルフルと首を横に振るも、なぜGlareを浴びたのが初めてだとメリアが知っているのか、という余計な疑問が割り込んできて、頭が上手く回らない。
そうしてまごついている間も、メリアの告白は続いた。

「ベルナール様、きっと僕は、貴方に対してDomの本能を抑えることができません。……きっと、貴方の全てを欲しがるはずです」

その直接的な言葉に、心臓がドクンと大きく跳ねた。

「でも僕は、本能を慰める為の相手が欲しいのではありません。欲を満たす為の相手が欲しいのでありません。誰彼構わず求めるような、己の本能を抑えることも知らない獣ではございません」



「性別など関係ありません。貴方だから欲しいのです。本能ではなく、愛した人だから……ベルナール様だから、欲しいのです」



力強い言葉に、血が沸騰するような熱さを覚える。
ああ、メリアの顔が見えていなくて良かった──きっと真っ赤になっているであろう自身の顔面と、込み上げる言葉にし難い感情に、小さく小さく、唸り声を漏らした。

「お返事は、すぐでなくて構いません。どうか少しでもいいので、僕のことを考えてください」

告白の最後を締め括るような優しく穏やかな声は、いつもの彼のそれで、頷く代わりに、ただ口を噤んだ。

(……どうしよう)

戸惑いと混乱、羞恥がい交ぜになる中、手の甲をふわりと擽る柔らかな毛先を見つめ、柔く唇を喰んだ。

この状況であっても尚、メリアの手の平で包まれたままの指先は、その体温に安心していた。
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