美味しい食卓

マニアックパンダ

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純粋培養

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 僕の日常に最近ハリが出てきた。
 これまでの毎日といったら、職場と家の往復だった。そこに感情はない。
 ただ、歩き電車に乗り、仕事をして家に帰るだけだった。
 
 ある日コンビニに寄った際にいつものようにレジを済ませた際だった、アルバイトの女の子が「いつも遅くまでご苦労様です」って言ってくれたんだ。名も知らぬ女の子がだ。就職してからというもの女性と会話なんて業務連絡以外でした事がなかった。いや、正直に言うと学生時代も会話らしい会話なんてした覚えはない。一方的に言葉を投げつけられる事は多々あったけど。
 その日から僕は必ずコンビニに寄る事にした、これまでは気分だったけどね。通う内にわかった、その子は週3で夜9時から24時に手伝いに来るだけの子で、周りからは「けいちゃん」と呼ばれている事だ、本名はわからない。
 会う度に「今日も遅いですね、頑張ってください」などと僕だけに声をかけてくれる。僕は嬉しいんだけど恥ずかしくてちゃんと返事を出来ないんだけど、毎回言葉をかけてくれるんだ。

 職場でもやる気が出てきたし、何より仕事に行く気になったんだ。だって仕事に行く=帰宅時にコンビニ前を通る、だからね。
「お前最近妙にウキウキしてね」なんて同僚から言われるようにもなってきた。「彼女か?」とか「女が出来たのか?」とか言われるけど、そういうのじゃないんだ、ただまあ「恋」をされてるのかな?なんて思う事もあるけれどね。でもまだそんなに会話したわけじゃないからなんとも言えないけど。

「タガワさん、今日もお疲れ様です」
 にこりと笑ってくれるけいちゃん。あれ?僕名前言ったっけ?あっ、前にカードで支払った時に知ったのかな?名前を言われるだけで、こんなにドキドキするなんて恥ずかしいな。
 
 僕はこれまで恋人が出来た事なんてない。恥ずかしいけど26歳で女性との経験は一度もない、手を握ったのも小学生の運動会だけだ。いいなって思う子はいたんだけど、なかなか想いを伝えられなくて、相手も僕に気があるはずなのに声を掛けてこないからいつも恋人になる前に消滅しちゃうんだ。
 けいちゃんは可愛いっていうよりも普通という言葉が似あう女の子だ。特徴が特にない。年齢は僕と同じか少し下かな。本当はもっと年下がいいんだけど、せっかく好意を向けてくれてるんだから、妥協はある程度必要だよね。

 けいちゃんがどんな場所に住んでいるのかと思って、一度ついて行ったら小さな古いアパートに付いたんだ、きっと苦しい生活をしてるんだろうなって思ったよ。ここが2人の愛の巣になるのかな。
気になるから色々調べてみたら、ちょうど一部屋空いてるらしいんだ、だからこれは運命だって思って契約しちゃったよ。

 引っ越して近くのスーパーに買い出しに出かけたら、偶然白いワンピース姿のけいちゃんと会ったよ。そこでさりげなくアパートに引っ越してきたって言ったら嬉しそうにしてたよ。何度も「一人暮らし?」って確認してきたのは可愛かったな。きっと僕が結婚してたり同棲してたりとか疑っちゃったんだろうね。僕が頷いたら「よかった」って喜んでたよ。

 今日いつものようにコンビニに寄ったら、「家に行っていいですか?」ってコッソリ言われたよ。周りの誰もいなかったからついに勇気を出したみたい。突然男の家に押し掛けるなんて少々はしたないとは思うけど、僕の魅力がそうさせるのかななんて思うから、しょうがないから許してあげたよ。「誰にも言わないで下さいね」なんて恥ずかしがってたんだ、可愛いよね。

 ドアが2回鳴った、来たみたいだ。あんまり甘いところを見せてもいけないかなって思って「開いてるよ」って言ったんだ。そしたら当たり前だけどいつものコンビニの制服じゃなくて白いワンピースを着てた。部屋に入ってって促したら靴のまま入って来た、帰国子女なのかな?それとも好きな人の部屋に入る事に緊張してるのかな?でも僕は怒らないよ、気持ちはわかってあげれるからね。だから大きく手を広げて受け止めてあげようと思ったんだ。
 満面の笑みのけいちゃんはどうしてあんなに大きな金槌を振りかぶってるんだろう?照れ隠しにもほどがあると思うんだ・・・・・・





『丁寧に育てられ、一度も交尾した事のない肉は美味しかったわ』
『もう少し時間が掛かるかと思ったけど、自分からわざわざ来てくれるなんて賢い事よね』

 冷蔵庫を見つめながら白いワンピース姿の女は自らの唇を撫でる。

「そういえばどうして最後手を広げたのかしら?不思議ね、まぁ肉の考える事なんてわかるわけないか』
 小さく呟くと冷蔵庫をそっと閉めた。
 そこには凡庸な顔の男が二へラと笑ったまま固まっていた。
 
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